七夕の願いごと
平 遊
七夕の願いごと
「ねぇ、タク」
自宅近くの公園に設置された、大きな笹に短冊を掛けながら、幼馴染みのマキが首を傾げる。
「そう言えばさ。なんで七夕って、短冊にお願いごと書くんだろうね?誰がお願い、叶えてくれるんだろ?」
少し時間が遅くなってしまったからか、公園にいるのはマキと俺だけ。
なんだよ、気にすんの、そこかよ。
なんて思いはおくびにも出さず、俺は以前に調べて得ていた情報をマキに教えてやる。
「七夕の織姫って、機織りが上手だろ?だから、『織姫様みたいに、機織りが上手になりますように』みたいな感じで、『○○が上手になりますように』って願掛けするようになったらしいぞ」
「えっ?!」
マキが、何故かびっくりしたように目を見開いて俺を見て。
今、笹に掛けたばかりの短冊を取り外して体の後ろに隠す。
なにやってんだ、マキ?
「全然、知らなかった…」
「まぁ、所説あるだろうけど、スマホで調べたところによると、そんな感じだ」
マキは一体、どんな願いごとを書いたんだろうな
マキが隠している短冊が気になりつつ。
気のせいか、少し顔が赤くなっているマキに、俺は続ける。
「それからな。願う相手は、織姫らしいぞ。ただ、その願いを叶えるのは、自分自身だそうだ」
「はっ?!」
「そりゃそうだろ。いくら織姫だって、魔法が使える訳でもあるまいし。何かが上手くなりたいって思うんなら、自分で努力する他無いからな」
「…おっしゃるとおりで」
マキは、なんとも言えない顔をして、体の後ろに隠していた短冊を俺に見えないように自分の目の前に持ち直して、そこに書かれているであろう願い事をじっと見つめている。
「叶えるのは、自分…」
「ああ」
一応、七夕プチ情報だけは得ていたものの、かく言う俺だって、短冊に書いた願いごとは、本来の願いごととはとんでもなくかけ離れたもの。
『マキと付き合えますように』
別に、いいだろ。
七夕ってのは、織姫と彦星夫妻が、一年に一回だけ逢うことを許された、ロマンチックな日なんだから。
結婚後に遊び呆けて神の怒りを買い、天の川を挟んで引き離されてしまった彼らは、一年でたった一日だけ逢うことが許されたこの日のために、一生懸命に働くようになったんだ。
だからきっと、同じように
マキと俺は、保育園の時から高校生になった今でもよく一緒にはいるけれども、あまりに長い時間を一緒に過ごして共に大きくなってきたからか、『ただの幼馴染み』から一歩踏み出す機会を逸し続けたまま今に至っている。
至って、しまっている。
だけど。
今日は。
今日こそは。
強い決意を胸に静かに深呼吸をして、いざ!と口を開きかけたちょうどその時。
同時にマキの声が聞こえた。
「彦星様は?」
「えっ?」
「彦星様は、お願い聞いてくれないの?彦星様は何してるの?」
マジか。
今それ、気になる?
なんだか、出鼻を挫かれた気分。
だけど、マキが真剣な顔をして俺を見ていたから、つい俺も真剣に考えてみた。
確かに。
言われてみりゃ、彦星の奴は、一体何してんだ?
考えたところで分かる訳もなく、スマホで調べては見たものの、チラ見した中では彦星が願いを聞いてくれるか否かの答えは見つからず。
だから俺は、俺なりの考えをマキに伝えることにした。
「見守って、応援してくれるんじゃないか?織姫と一緒に」
「…一緒に、ね」
「ああ。無事逢う事ができたら、かもしれないけど」
俺の言葉にマキは何やら考えていたようだが、すぐに鞄から新しい短冊を取り出すと、
「ちょっとだけ、背中貸して」
と言って、俺の背中を台に、短冊に何やら書いている様子。
「書けた。見て、タク」
言葉とともに、俺の目の前に差し出されたマキの短冊に書かれていた願いごとは。
『織姫様と彦星様が幸せな一日を過ごせますように』
…マジか。
予想外の願いごとに、思わず俺の胸がキュッとなる。
だが、そんな俺にマキはニッと笑って言った。
「二人が幸せじゃないと、応援してもらえないような気がしてさ」
「…えっ?何を?誰を?」
俺の言葉に答える事無く、今書いたばかりの短冊を笹に掛けると、マキは先に書いて笹から取り外した短冊を裏返しにして、そっと俺に差し出す。
「はい、これ」
「ん?見ていいのか?」
「うん。見て」
マキから短冊を受け取り、そこに書かれた願いごとを見た俺は。
…マジ、か。
「マキ、短冊もう一枚持ってるか?」
「うん。あるけど?」
「くれ」
マキから新しい短冊を受け取り、ついでにペンと背中も借りて、俺もマキと同じ願い事を書く。
『織姫と彦星が幸せな一日を過ごせますように』
…我ながら、下心満載な願い事だ。
けど。
こんなことくらいで応援してもらえるんなら、そりゃ願いたくもなるだろ?
でもまぁ、応援してもらわなくても、多分もう、俺の願いは叶うけど。
だからこれは、お礼ってことで。
書き終えてすぐに、先に笹に掛けた短冊と交換し、取外したばかりの短冊を裏返してマキに手渡す。
「マキ、これ」
「えっ?」
俺の短冊を受け取ったマキは、そこに書かれた願いごとを見たとたん、目を大きく見開いて俺を見た。
そして、目にうっすらと光るものを滲ませながら、弾けるような笑顔を見せる。
「織姫様と彦星様が、応援してくれたのかな」
「そうかもな」
「二人も今頃、幸せな時間を過ごしてるかな」
「ああ、きっと今頃、空の上から笑って俺達の事見てるさ」
お互いに交換する形になった短冊を手に、俺たちは久し振りに手を繋いだ。
マキと手を繋いだのなんて、小さな子供の頃以来だ、
恋心に気付いてからは、触れる事さえできなくなっていた。
いつだってマキは、俺の近くにいたというのに。
既に陽が沈んで群青に染まり始めた空にかかる天の川。
その川を渡って、一年ぶりの逢瀬を果たしたであろう織姫と彦星に想いを馳せる。
七夕の日の願いごと。
叶うかどうかは、自分の努力次第。
だけど。
俺の願いごとを叶えてくれたのは、いつもそばにいてくれたマキだった。
ありがとな、マキ。
心の中で呟くと。
「私の願いごと叶えてくれて、ありがとね、タク」
マキが俺の隣で呟く。
『タクの彼女になれますように』
俺の手の中にある短冊に書かれた、マキの願いごと。
込み上げてきた嬉しさを胸に、俺は繋いだマキの手を、ギュッと強く握りしめた。
【終】
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