第32話 君の隣は、見知らぬ誰か

相良日夏さがらひなつ#32】


 夕方のホームセンターは、学校帰りの親子連れやお年寄りでにぎわっていた。さすがホームセンター。日用品に限らず、お菓子とか文房具も安いし、品ぞろえも多い。そのうちスーパーとか文房具屋が合体して、ホームセンターになりそう……さすがにそれはないな。


 ゆるゆるとお年寄りに合わせたスピード感のエスカレーターに乗って、2階へ。


 広々としたダイニングキッチンとか、やけに天井が高い家とかの広告ポスターを見ながら、エスカレーターがぐおんぐおん動くのを体で感じる。びっくりするくらいスピード遅いな、このエスカレーター……。


 ようやく2階に着いた私を、たくさんの激安お菓子が出迎えてくれた。圧倒的に安い! これは最後にして、とにかく先にノートを見つけちゃおう。


 やけに大げさなリアクションの洗剤のCM、座椅子を念入りに選ぶご老人たち、カートいっぱいにお菓子やら何やらを乗せているご夫婦、世界のきれいな景色を流すテレビ、その角を曲がって、文房具コーナー。ノートの5冊セットを手に持って、ついでにペンのコーナーを物色する。


 桜色のボールペンを手にして、さらさらと試し書き。うん、悪くない。これも買うとしよう、カゴが欲しいところだな。私はカゴを探すべく、その場を離れた。


小川真愛おがわまい#32】


「へぇ、結構安いんだね。文房具」


 と、レナちゃん。私たち3人は今、学校近くのホームセンターの2階、文房具コーナーで絶賛たむろ中だった。私が忘れてたせいなんだけど……。


 肝心のコピー用紙の種類、それをメモしてくるのを忘れた私たちは、もれなく部室のたちばなちゃんの連絡待ち。新入生の対応に追われているのか、3分経った今もたちばなちゃんの返信はなくて、絶賛困り中……。


 奥のペットコーナーにふらふらと吸い寄せられていきそうなミキミキ、文房具を真剣に選び始めるレナちゃん、コピー用紙の前でスマホを握りしめて返信を待つ私。


「お、来たよ返信。えーっと、このシリーズの……これ、かな」


 レナちゃんが数あるコピー用紙の中から1つを選んで、それをどさどさとカゴに放り込む。今年は人数が増えたぶん、本当に大変そう。文化祭までに間に合うのかな。


「連絡、来たの? 部活のには届いてないけどぉ」


たちばなと解釈不一致で揉めてるからでしょ、あたし宛てに来たわ」


「あ、そうなんだ……」


「しょげないの、真愛まい。橘はそういう子なんだから。よし、買い物終わり」


 話しながら、文房具コーナーを後にする。レナちゃんがカゴを持って、その後ろを私とミキミキが続く。ホッチキスの替え芯は残念ながらなかったので、別の日に買いに行かなきゃいけない。レジに並ぼうとした私の袖を、ミキミキがくいくいと引っ張った。


「邪魔になるから、あっちで待ってよぉ」


「そうだね。わ、お菓子安い!」


 私たちの目の前に広がるのは、激安お菓子の山、山! ここぞとばかりに段ボールに詰まったチョコ、おせんべい、グミにポテチ。在庫一斉処分の力強い文字が、すごく魅力的に見える。それはミキミキも同じみたいで、普段は眠そうな目も今ばかりは輝いている……気がする。


「これ、おいしいやつだよぉ。買って、部室で食べようかなぁ」


「橘ちゃんに怒られそう……でも、おいしいよね」


「あ、これ食べたことある?」


「ないない、おいしいの? そっちのは食べたことある」


「めちゃウマだから、私がマイマイに買ってしんぜよう」


 ……なんて、ミキミキとお菓子の山を前に話していたとき。お菓子の山の向こうで、うちの制服を着た子が駆けていく姿。あれは、たぶん……。たぶんどころじゃない、相良さんだ!


「マイマイ? 知り合い?」


「ちょっと、行ってくる。 先に部室に戻ってて!」


 彼女の背を追って、私は走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る