第22話 読めるのは、言葉だけ
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現代国語の授業は、ただ黒板を板書すればいい。そう思っていた時期が、私にもありました……去年までそう思ってました。中島先生は、そんなに甘くない。
「さっきどこまで指しましたっけ。工藤くんまで? 次は小山くんお願いします」
ノートの隅に、縦線を2本と、横線を2本。ハッシュタグみたいにナナメになってしまったが、まぁよし。マルとバツを交互に書きこんでいく。
月曜日の午後、次に体育を控えた現国の授業は、私含め誰もが憂鬱なようで、中島先生は片っ端から生徒に発言を求めている。この調子だと、月曜日じゃなくても、次に体育を控えてなくても、普通に憂鬱だ。まだ名前順に指名されるだけ、予測ができてマシかもしれない。
私VS私のマルバツゲームは、私によるマル陣営の勝利で終わった。一通り指して満足したのか、中島先生は私たちに背を向け、カツカツとチョークで板書している。
その小さくやせ細った、いかにもご老人といった背中を見ていると、嫌でも目に飛び込んでくる背中が、もうひとつある。小川さんの背中だ。
さっきの教室前方でのゴタゴタは、話を聞いたところ小川さんが原因のようだった。彼女のちょっとドジな一面はなんとなく知ってるけど、それにしては中島先生への返答の声色が沈んでいるように感じて、私は心の中で深く頷く。
授業前に飲み物こぼしたら、たしかに死にたくなるよね、と。今回はまだノートや制服に被害がないからいいものの、これが他人の持ち物に飛び散りでもしようものなら、私はクラスが変わるまで図書室にひきこもるだろう。
……今日の放課後、図書室で会えたらお菓子でも渡そうかな。
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相良さんが教科書を読みあげている。その上手くもなければ下手でもない朗読をぼんやりと聞き流しながら、私は教科書を盾に現実逃避していた。
優しい中島先生は、授業を5分遅れで始めた。理由は言うまでもなく、私のイチゴオレの片づけ。おかげで授業に間に合うことはなかったけど、クラスのみんなに私のイチゴオレ事件が知られることになってしまった。
教室の時計を見る。残り20分で現国が終わる。そうすれば嫌でも6時間目になって、嫌でも体育が始まる。お腹、ちょっと痛くなってきた。
もう体育をサボって、そのまま部活もサボっちゃって、明日になるまでぐっすり寝てようかな……。そう考えれば考えるほどに、ずるずるとネガティブなほうに心が傾いていく。
自己満足。教科書の隅、シャープペンで書いた文字はなんとも頼りなさげで、「自己満足」という言葉とは裏腹に見える。水上さんに言われた「自己満足の謝罪」は、私が見ないふりをしていた心の奥のモヤモヤを的確に言い表していた。
相良さんの声が止まる。同時に、教室内を教科書片手に歩き回っていた中島先生が、急ぎ足で教壇に戻る。
「眠そうな人もいますが、あと20分、頑張りましょうね」
と、私たちにくぎを刺して、チョーク片手に黒板と向かい合う中島先生。その背中を眺めると同時に、机の下でスマホを用意する。「ごめん! 今日は疲れたので休みます」と送ると、すぐに「まじ? お大事に!」と返信が来た。レナちゃん、授業中なのにずっとスマホ見てるのかな……?
カツカツと、チョークの音だけが教室という空間を支配している。なんて言うと、小説っぽいかな。授業では間違えて、テストでも間違えて、運動神経がいいわけでもなくて、部活にも顔を出さなかったら。
一体、私は何者なんだろう、と思う。パラパラと意味もなくめくったページの先には、当たり前だけど答えなんてなかった。
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