第21話 私は後ろで、前は君
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昼休み終了のチャイムと共に、本を閉じる。今日は残り現代国語と体育だ。現国は授業というよりご褒美だけど、月曜6限の体育は地獄の1歩手前。とはいえ、月曜1限が体育でも同じことを言うと思うし、結局体育がなくなれば万事解決なのに……。
なんて考えながら、教室に戻る。司書さんのお手伝いをして、それを水上さんに手伝ってもらい、そのあと読書。授業以外でひとことも話さずに帰った日と比べたら、今日の私はマジでよく話したほうだと思う。
まぁ、だからなんだって話だけど、と思っているうちに教室に着く。後ろのドアから入ると、なにやら教室前方で誰かが飲み物をこぼしたらしく、「拭いて!」だの「きたねぇな~」だの、皆が口々につぶやいている。
その輪を遠巻きに眺めていると、こぼしたとおぼしき人が「ごめんねぇ~」と涙声で皆に謝る声がした。そりゃ、泣きたくもなるわな。机から現国の教科書を取り出し、左に寄せて準備しておく。ついでに、手に触れた何かを取り出すと、見事にそれはクシャクシャになっていた。
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私は今日、とてつもなくツイてない。気を抜けばこぼれそうになる涙を必死で抑えて、誰かが渡してくれた雑巾で床を拭く。こぼしてしまったイチゴオレは、500ミリの紙パックに半分以上残っていた。
「大丈夫だよ、誰だってこぼすことくらい、あるし」
飛び散ったイチゴオレの水滴をティッシュで拭きながら、委員長が言ってくれた。
情けないやら、申し訳ないやらで、さらに涙があふれてくる。いや、涙が出る理由はきっと、こぼしたことだけじゃない。
昼休み、部室棟の自販機で菓子パンを買っていた私の前に現れた水上さんは、どうやら部長を探しているようだった。
「水上さん、部活入ってたんだね」
「うん。家庭科部」
「へー! 料理とか裁縫とか?」
「裁縫が多いかな。編み物とか」
つつがない会話、ただの世間話を交わしながら、私は菓子パンの自販機の横にある、紙パック飲料の自販機にお金を入れる。500ミリのカフェオレやイチゴオレが90円で飲めるから、こっちは人気な自販機。もちろん、部活の時間帯は、だけど。
「編み物、いいなぁ。楽しそう」
と、ひとりごととも返答とも取れる言葉をつぶやきながら、私は200ミリのフルーツオレを選ぶと、ほどなくして滑らかな動きでアームがフルーツオレをつかみ、がこんと取り出し口に運ぶ。500ミリのものより割高になるけど、飲み切れる自信がない私はいつも200ミリのものしか選ばないのです。エコ! ……エコかな?
私がフルーツオレを買っている間に、水上さんはスマホをぽちぽちと触りながら、「あ、休みなんだ」なんて、ぽつりとこぼす。そのとき、私はひらめいた。
おつりの10円をお財布に入れて、そこから100円玉をつまみ出す。自販機に投入して、500ミリのイチゴオレをポチリ。がたんと、さっきより重い音で取り出し口に落ちてきたそれを、水上さんに差し出した。
「今日、部活休みだった。……なに」
「ええと……お詫び」
「なにそれ。なんの」
淡々とした言い方に、心の奥がきゅっとなる。でも、イチゴオレを差し出す手は引っこめない。同じクラスだとしても、私と水上さんがふたりで話せる機会なんて、きっと今しかないと思うから。
「図書委員の、こと」
口にすると、水上さんは目を細めた。「なにそれ」と、スマホをスカートのポケットに入れて、水上さんは突き放すように言う。
「じゃんけんで負けたのは私。小川が謝る必要ない」
「そうだけど、でも」
食い下がる私に、水上さんは去り際、追い打ちをかけるようにつぶやいた。
「自己満足の謝罪なんて、いらない」
頭の中で、その言葉だけが唯一、ずっしりとした重みをともなっている。メロンパンにかぶりついても、フルーツオレにストローを刺しても、委員長に話しかけられても、食べ終わったメロンパンの袋をゴミ箱に捨てても、昼休みが終わろうとしても。
そして、飲み切れないとわかっている500ミリのイチゴオレに、ストローを刺して、ひとくち飲んでみる。甘い。本物のいちごより遥かに甘いそれを、机の左端に置いた。椅子に座ったまま、体を右に傾けて、机の中の現国の教科書を探す。あった。
あっ、と思ったときには遅かった。私の左ひじは見事にイチゴオレの紙パックを倒して、床に淡いピンク色ともグレーともとれる色の水たまりを広げていく。
「あら、何事ですか。小川さん、こぼしたの?」
現国の中島先生の声で、見つめていた床から私は顔を上げた。
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