力:パワー-Ⅱ
「これ以上、俺を引っかき回さないでくれ!」
ジョージが悲痛な叫びと共に振るった太刀。鈍い輝きを放つ刃がキングの首に深々と突き刺さっていた。火はまだ鎮火していない。それどころか、強い風が吹いて炎が再び勢いを増した。
キングの小柄な身体が、血の大羽根ごとぐらりと
「殺したかったんだろ? やれよ、ジョージ。これが君の選択なんだろ」
「ああ……ああ……」
ジョージの武器は、元々魔術師が所有していたものだ。現在はその形を、
「最後に頼みがある。ルーカス達を解放しろ」
「ガキどもはとっくにおっさんの胃袋だぞ、死神!」
動揺のあまり、血を分け与えてくるキングの触手に目を落としてしまったジョージ。そんな彼の代わりに
「クロエが、俺の事を『誰?』って言ったんだ……もう止めてくれ。俺はとっくに人間じゃなくなってるんだよ」
「僕が死んでもジョージ。最後は君がヨシュアを討たなくてはならない」
「……ヨシュアは特別顧客を
「あの男を甘く見るな!」
瞬間、キングの首がついに皮一枚となって横に倒れた。形を維持出来なくなった触手が、
「馬鹿野郎! お前が死んでどうするんだよ、キング!」
胴体から首が落ちぬよう抱きかかえたカインを
(レイラ! お願いだから止めてよ!)
(今しかチャンスはないの。ヨシュアを殺す)
キングが意識を失ってしまった事により、それまでコントロールされていたプルトの周波数が突如、集落全体に
周辺では、
(行くな、レイラ! キングの馬鹿が意識を失った。会話がダダ漏れだ!)
「撤退だ! ブラックダイアモンド奪取を最優先にする! 目標はビルの直ぐ近くにいるぞ!」
ジョージが怒号を上げると、背後に
「死ね! カイン!」
……!
カインの顔面が破壊される10センチ手前。火花を散らして惨劇を防いだのはキングの大鎌であった。
キングの手が、微かに動いては何かをたぐり寄せる。
引き揚げてゆく二人の後ろから現れたのは、大波となった
時空は二人を見送った後、すぐさま姿を変えていった。巨大な立方体の鏡だ。ぐるりと回転したそれから出てきたのは、レイラとプルトであった。
意識を取り戻したキングが、大鎌にすがって手をかざしていた。プルトがすかさず身体を支えに入る。
分身の眼球が青白い光を放ちながら、急速に時空の鏡を封印していった。同時に噴き上がっていた血も、時を巻き戻すかの如くキングの体内へと
「カイン!」
「レイラ!」
堪らず抱擁する二人を横目に、目から血を
「今回は……ここまでだ」
そのまま大の字に倒れたキング。彼は静寂の満月をただじっと見つめていた。
◆
州都市部にある高層ビルの屋上。全ての始まりと言える研究所では、ヨシュアが各国の特別顧客を相手に取引を持ちかけていた。
大型モニターを使った一斉会議。それが世に広く出回るのは、30年先の話である。その原型と呼べる代物を作ったのは、偶像だという事を知る者は殆どいない。
周到に隠された部屋の隅では、革ベルトで全身を拘束されたアンナが必死の抵抗を続けていた。
「……以上です、皆さん。それでも私を称号者から
「ここまで見せられたら信じる以外にないだろう。ただ、君の都合による破壊は
「オリヴァーの訴えを真に受けるおつもりですか。彼の一方的な主観を? 現に父は私を殺害しようとしました。ソビエトの訴えも同等です。貴方方は何回、コミンテルンに出し抜かれたら気がつくんですか」
確かにここ最近は、元称号者でしかないオリヴァーの独断が目立っていた。肝心の称号者ヨシュアを会合にすら呼ばない。そして、何かと言えばソビエトを贔屓にしていたのもまた事実であった。それを面白く思わない者が多数を占める現実は無視をして。
ヨシュアは手を叩くと演技がかった仕草で、革靴を鳴らしてみせた。
「そこでヨーロッパ連合である、皆さんにご提案です。米帝の天然ガスと石油を開放いたしましょう。そもそも歴史ある国々が何故、東側の顔色を
大型スクリーンに映る特別顧客達が一斉に黙りこくった。ヨシュアが先に答えを口にしてしまったからである。
「米帝の資源だけでは
「でしたら、奪いに行けば宜しいのでは」
「――戦争を始めるつもりか?」
「イラクは元々、貴方方ヨーロッパ連合の持ち物だったのではないですか? 例のならず者を
もったいぶった口調のヨシュアが大型スクリーンに背を向けた。彼のプレゼンテーションには一種独特の魅力があった。
「プルトが人間界に降りてきています。これが何を意味するかお分かりですね?」
欲望という
「ヨシュア君、実を言うとね。まだヴァチカンは、君の称号
「そうでしょうとも。良いですか、皆さん。これは東側による反乱だ。我々は、冷戦終結に向け最大限の努力をした。長い時間をかけて彼らに機会を与え続けてきました」
「確かに。それでなくとも、コミンテルンが勝手に作った
「さて、ここまで聞いてどうですか? 中華連邦のご意見は」
「こちらは総書記が交代したばかりでね。偶然だが、君らと気の合いそうな男なんだ。判断は貴方方、西側諸国に
ヨシュアは手を再び叩くと、大型モニターに向かってニヤリと笑いかけた。
「どうやら皆さん、意見が一致したようですね。早急に冷戦を終結させる会談の手配をいたします。真に
会談を終えたヨシュアがアンナに歩み寄る。満足げな彼とは対照的に、
「どういう事なの? ヨシュア」
「お前が憐れんでいた男など、
「嘘よ……貴方は特異体質じゃないわ」
「遺伝を引き継ぐだけが全てだと思うなよ。
「お前が男なら良かったのにな、アンナ」
「どういうこと?」
「別に。言葉通りだけど。さて、お友達のマシュー君に働いて貰うとするか」
急に首を動かしたせいで、アンナの顔がナイフで切れてしまった。しかし彼女は、そんな事などどうでも良いといった口調で語気を強めた。
「マシューにも何かしたの?」
「お前、本当に頭悪いんだな。マシューは最初からあの化け物より、同じ人間の私に好意を抱いてたじゃないか。当然の反応だろ?」
アンナは今更ながらに愕然としていた。マシューが、死神としてのキングには触れようとしなかった事実に。彼の心は、ハイスクールでキングの手を振り払ってしまった時のままなのだ。表面上、受け入れたフリをしてきただけ。
気落ちするアンナを
「これでブラックダイアモンドは、二体とも私の独占になる。あの出来損ないが死ぬ日も近い」
◆
ジョージ達の去った集落では、レイラがキングの頬を打っていた。ヨシュア殺害という
「この状況では、あのクズの首を取る事が最優先事項だったはずよ。私にはそれが出来た。なのに、何であんなおっさんに首を差し出してんのよ! 馬鹿じゃないの?」
「馬鹿なのは君だって同じだろ、レイラ」
「一緒にしないでくれる? ふざけんじゃないわよ!」
間に立ってオロオロとしていたプルトが
「兄ちゃんみたいに出来れば、ボクも一緒に動けたんだけど。でもそれをしたらレイラの身体が……」
「あの
「だからそれは!」
「魔術師は部分的に能力を譲渡して、接触を可能にしてた。肩を叩く時だけ。同時に能力の回収も行う。そんな離れ業は彼にしか出来ないよ」
頬を押さえて、
「レイラ、君は妊娠してる。プルトが接触を
カインが目を見開いて、横に立っているレイラを見つめていた。視線に気づいたレイラが、決まり悪そうに自らの身体を抱きすくめる。
「……コマンドの子よ」
「嘘は止めろよ! カインの子供だろ?」
キングの胸ぐらを掴んだレイラが、目に涙を浮かべて訴えた。どうしてこの愚かな茶番に付き合ってくれないのだと。その瞳には悲しい
「最初、どちらの子か分からなかったのは事実だわ。そういう女なの、私。トロイのトップを狙ってた。カインを
「話が滅茶苦茶だよ、レイラ! 君はどうでも良い男の為に片目を
「滅茶苦茶だからどうだってのよ! アンタに言われたくないわ!」
「もういい、分かった。キングがジョージにした事も、同じ意味だったんだろ。理屈じゃどうにもならない時があるんだよ。俺だってそうだったんだから」
カインの言葉で我に返った二人が、俯いて押し黙った。褐色肌がレイラの身体をそっと抱き寄せる。身を固くしていた彼女の声が徐々に
「ごめん、レイラ。心配をかけて。皆にも済まない事をした」
「謝る必要なんてない。私が独断でした事なんだから。生きてて……心を壊されないで本当に良かった」
「人間ってさ。こういう時、愛してるって言うんじゃないの?」
プルトの何気ない一言で、二人がみるみるうちに赤面していった。とはいえ、集落は州警察の死体だらけでお世辞にも愛を
その時、傭兵の治療を終えたキングが、マントから魔術師のシルクハットを取り出した。宙を浮いて、戦闘の
「これって結婚式みたいだ。知ってた? 兄ちゃんってさ。人間の結婚式を眺めるのが好きだったんだよ」
「魔術師らしいや。人間くさい死神だったよね」
「死神は
満月に照らされた薔薇の
「ずっとなんて言わない。俺達にそんな約束は出来ないから。けれど、今日だけで良いんだ。二人で生きたい。結婚してくれないか、レイラ」
「えらい
「折角だからボクのドレス、着る?」
気恥ずかしさでいっぱいになったレイラが、プルトに向かって口をパクパクとさせていた。微笑んだプルトはパラソルを開くと、繊細な刺繍があしらわれたウエディングベールとブーケをプレゼントした。
「立会人は、お前にお願いするよ。キング」
「二人とも指輪はどうする? 僕が作ると、どうしても偶像の遺伝子が入った指輪になっちゃうんだけど」
「全てが
「え、ボク?! やり方なんて知らないよ」
キング、レイラ、カインの三人は顔を見合わせると「誰も知らないよ」と声を出して笑った。
運良く生き残れたとしても自分達の親が末路。それがアダムの子だ。その日を生きるのすら精一杯な彼らにとって、恋愛など夢のまた夢。
大多数が
カインは改めてレイラの手を取った。
見よう見まねで行われた即席の結婚式。二人は「共に今日を生きる」と誓い合い、唇を重ねた。
「はい。それじゃあ、レイラ。ウエディングブーケを投げて」
「ええ?! 何でそんな事しなくちゃいけないのよ」
「いいから」
「んもう……本当はそれしか知らないんでしょ。プルト」
終始、頬を赤らめていたレイラがキングにブーケを押しつけた。カインも拳で肩を叩く。
「次はアンタの番よ、キング。アンナと絶対に結婚しなさいよね」
「……うん。早く会いたい。ありがとう、二人とも」
「あれっ? キングってジョージと結婚したいんじゃないの?」
「えっ?」
「ボク、ずっとそうなんだと思ってた。だって、カインが同じ意味って言ってたから」
真顔で驚いているプルトに三人の顔が
「大事って気持ちは同じだけど、僕がジョージに感じてるのは友情だよ。初めての友達だったんだ」
「それって、ボクがレイラに思ってる事と一緒だ! 友達!」
気分の良くなったプルトが人間界で覚えた歌を歌い始めた。どれも古い曲だが、ボーイソプラノに乗せた
冷戦崩壊が起きたのは、それから三日後の事であった。
-つづく-
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