死神の罪悪感-Ⅱ

。しかし、過去を改ざんするためには大きな代償が伴います」


 廃劇場の舞台上で真実を告げる魔術師。過去を改ざんする能力を発動させるためには、自らの身体を代償としなければならない。もはやお馴染みとなった、軽薄で芝居がかった口調が消えている。その低い声色こわいろには切実な願いが込められていた。


 身体の殆どを失った魔術師。そんな彼を照らしだすスポットライトが、残酷な真実を突きつけていた。


「ヨシュアは君の能力を知っているの?」


「概要は知っています。能力の開示は抑止力となりましたから。しかし――」


 魔術師はキングに背中を向けると、後ろ手を組んだ。そこにはもう存在していない腕で。


「ヨシュアは死神を利用することしか考えていません。いや、この世の全てといった方が正しいか。彼はとなってまだ1年です。最初はどんな人間でも権力と野望の区別がつかない。得た力を確かめようと暴走しがちだ」


「そこで本来ならば権力の恐ろしさを知り、自己保身を考えるようになる。けれども、兄は違う」


「いかにも。彼がになって最初に交わした取引。その見返りがアンナの身体でした。応じてしまった私も私だ」


 魔術師に当たっていたスポットライトが消え、劇場全体に明かりが灯った。背中を向けたままの彼とキングの間に沈黙が流れる。顔があったはずの暗闇がゆっくりと下を向いた。


「……人間に恋をした死神は愚かですか? キング」


 目を借りたいと言われた時から分かっていた筈だ。魔術師が、アンナに好意を寄せているなんて事は。けれども、キングはうつむいて押し黙るしかなかった。


「私は、アンナにこの姿を見られたくなかった。彼女には心の目がありますから。人間を散々取引に使い、彼女の身体をも使った。そんな私がどう映るのか、知るのが怖かった」


「――それがだよ、魔術師」


 魔術師に歩み寄ったキングは、彼の肩を掴んだ。振り向いた燕尾服えんびふくに手を差し伸べる。彼はその生い立ちから、成人男性との接触を苦手としていた。叔父であるフランツが相手でも身体を硬直させてしまったほどだ。


 キングは、トロイとの戦闘でごく自然に魔術師へ抱きついていた事を思い出していた。


 ありがとう、魔術師。


 キングは魔術師の胸に頭を預けると、そのまま抱きついた。


「魔術師、君の能力は僕が引き受けるよ」


「ありがとうございます、キング。しかし、くれぐれも注意してください。この力は強大です。改ざんする過去が大きいほど、その代償もまた大きい」


「ヨシュアを産まれなかった事にする。それでこの命を使い果たせるなら安いものさ」


「申し上げにくいのですが……それは不可能です、キング」


「どうして?」


「皮肉な話ですが、貴方の存在がそれを不可能にしています。人間が二足歩行を始めた瞬間。最近ですと車が誕生した瞬間。人類史の大きな分岐点を死神は改ざん出来ません。そしてキング。貴方の存在はそれらと同種の分岐点なのです」


「そんな……」


「ヨシュアが産まれなければ、貴方も産まれませんでした。彼が死神の遺伝子を引き継げなかったから、キング。貴方が産まれた」


 背負わされた運命の重さに眩暈めまいを覚えたキング。そんな彼に、魔術師がシルクハットをそっと被せた。おどけた口調で話を繋ぐ。


「さあ、湿っぽい話はここまでにしましょう。私は貴方に未来を見ているのですよ?キング。死神が夢を見てる。おかしな話ですがね。貴方には感謝しかありません」


 魔術師は慈愛のこもった口調で言い終えると、その身体からまばゆい光を放ち始めた。二人の身体を巨大な光が包み込む。光は劇場いっぱいに広がった後、閃光せんこうとなってキングの心臓に吸収されていった。


 魔術師は身体が崩れ落ちるその刹那せつな、残った全ての力を振り絞ってキングを抱きしめた。

 




 ◆





 ……ここは一体、どこだ?

 鼻血が止まらない。


 目がかすんで見えなくなってきた。


 急がなければ。

 このままだと俺は失血死する。


 クロエを救えないまま、死んでしまう。


 そんな事……絶対に俺は受け入れない。

 




「ああ……魔術師……魔術師!」


 舞台の上では、キングが倒れた魔術師を抱きかかえていた。身体を揺らし、濁流のように押し寄せる悲しみに慟哭どうこくする。それは彼にとって初めての経験だった。


 あまりにも命の軽い世界で彼は生きてきた。生き抜くことが世界の全てだった。両親を殺した時もさして心が痛まなかった。けれども、そんなキングを揺さぶったのは他でもない魔術師だ。結果、彼は生来の優しさを開花させ真の成長を遂げた。


「……首をねてください、キング。それで終わりです」


「出来るわけないだろう!」


「死神は自殺が出来ないのです。お願いです、確実に終わらせてください。これは死神界のことわりです」


 キングはより一層強く魔術師を抱きしめると、殆ど悲鳴に近い声を上げた。


ことわりなんかどうでもいいよ! 最期くらい見届けさせて、魔術師!」


「ハハ……本当に困ったお方ですな、キング。貴方という人は」


「喉が渇いてんだ。死ぬんなら、その血をくれないか」


 突如、舞台に現れた異質の存在。その桁外れの異質さに、キングは最初誰だか分からなかった。ボロ雑巾のような声の主を呆然と見つめる事しかできない。


 舞台を暗闇がひときわ大きく包み込む。そこには、魔術師の仕込み刀をもったジョージが立っていた。


「――……ジョージ?」


 キングが名前を言い終わらないうちに振り下ろされた刀。その太刀筋はあまりに非情であった。眼前を鈍い光がよぎってゆく。魔術師の首――ぽっかりと空いた何かが、舞台の袖に転げ落ちていった。やたらと軽くて虚しい音が劇場の中を響き渡る。


 ジョージは魔術師の仮面を拾い上げると、自らの顔にそれをつけた。


「ああ……身体が軽い。生き延びた。俺は生き延びたぞ、クロエ!」


「ジョージ?」


「ああ? ……俺は知ってるぞ。全部知ってる。お前はキングだろう?」


 魔術師の身体が刀で切られた部分から、瓦解がかいして砂と化してゆく。砂粒はジョージの足下へ磁石のように引き寄せられると、それまでの乾きを癒やすかの如く吸い上げられていった。


 キングの掌から魔術師がどんどん消えてゆく。まだ、最期の言葉を言っていないのに。


 魔術師、君は愚かなんかじゃない。

 アンナを愛した君は、決して愚かなんかじゃない。


 声にならない言葉が虚しく砂の上を彷徨さまよう。ぼんやりと砂粒を見つめながら小刻みに肩を震わせるキング。そんな彼に、ジョージがためらいの欠片もない一太刀を浴びせた。


「お前さえ現れなければ、俺はこれ以上失わずに済んだんだ! 死んで償え、キング!」


 ……!


 乾いた金属音が響き渡る。すんでのところを大鎌が受け止めていた。涙で頬を濡らしたキングがジョージを睨みつける。大鎌で刀をぎ払った彼はゆっくりと立ち上がった。


「誰かのせいにしていれば満足か。そんなんじゃジョージ、君は永遠に不幸なままだ」


「お前に指図される覚えはない。ステファンを親だと思い込んでいるような愚鈍にはな」


「何の話だ」


「俺は真実を知ってるんだ、キング。お前はステファンの犬だ。ヤツに言われて暗殺を阻止した。ヤツから頼まれて俺に近づいた。エマとかいう女を使って、クロエと俺を引き離した!」


「……もういい。うんざりだ」


 大鎌がジョージの首に掛かる。運命を完全に掛け違えた二人が舞台の上で睨み合っていた。スポットライトは、もう誰の事も照らしてはくれない。

 

 ジョージも刀を構えたその時だった。彼の口から大量の血が噴き上がったのは。血は天幕に昇ったそばから霧状にその形を変えていった。凄まじい勢いで形状の変化を続けながら膨れ上がってゆく。


 霧状の血液は、巨大なの顔となっていた。いびつな笑顔をキングに投げかける。


「ア……ア、アハハ」


 ジョージの口からはの声が漏れていた。キングの本能が激しい警鐘けいしょうを鳴らしていた。よみがえる。今すぐジョージの首をねなければ!


 一瞬のためらいが致命傷となる。この時もそうだった。首から大鎌を引き抜くのを躊躇ためらってしまったキング。そんな彼に天幕で大きな顔を形作っていた血液が、一斉に降りかかってきた。肉の焼ける匂いがして、大鎌が見るも無惨に溶けている。


 キングは、ジョージから距離を取る以外の選択肢を失っていた。大鎌の修復には身体を修復するのと同じだけ時間がかかる。


「やめろ! これは俺の身体だ!」


 舞台ではジョージがのたうち回っていた。身体の上を血液が茨の冠を形作り、高速で回転している。冠はその形をDNAの螺旋らせんに変えるやいなや、ジョージの口の中へと戻っていった。


!」


 キングは怒りのあまり、我を忘れてその目を見開いていた。


 ここで譲渡された力を使うべきか。死神ですら死ぬほどの力。人間とのハーフである僕がその能力を発動出来るのは、精々1~2回。だから魔術師はあれだけ念を押していった。


 欠損した身体で兄ヨシュアを討てるのか。優先順位を決めろ。決めるんだ、キング!


 ダメだ……ジョージをこのままにしておいたらダメだ!

 僕が彼を終わらせないと!


 キングが自らの指を食いちぎった、その時だった。ジョージの首が奇妙な方向に回転して、容貌ようぼうとなったのは。


「フ……またカ。この手デ終わらせル。どうダ、気持ちが良いカ……人間は、お前みたいなヤツを偽善者って呼ぶんだ」


 言葉の後半、顔が再びジョージのものへと戻っていた。まだわずかに残る正気が彼を苦痛に満ちた表情にさせる。ジョージの目には涙が浮かんでいた。その瞳に絶望を見たキングが頭を抱えて大声で泣き叫んだ。


「ジョージ!」


 果たして声はどこまで届いただろうか。

 

 一瞬の正気を狂気が奪い取る。仮面で顔を隠したジョージは、ゲラゲラと笑い出すと身体を破裂させて劇場から消えていった。


 パチンと弾けた風船のように。





 ◆





 州都市部にある高層ビルの一角、ヨシュアの執務室。そこでは相変わらず、キンドリー親子がぐったりとした顔でソファーにもたれかかっていた。


 ヨシュアが積まれたファイルを足で蹴散らす。


「いい加減、部屋に戻ったらどうです? 父さん」


「お前こそいつまでも座ってないでレイラを探す手配でもしたらどうだ。大体、トロイの分裂もお前の失態……」


 オリヴァーの止まらない嫌味にヨシュアが舌打ちをしたと同時に、天井からジョージが降ってきた。


 10万ドルはくだらないテーブルが木っ端みじんに砕け散る。二人はあまりの衝撃に言葉を失っていた。口をあんぐりとさせながら突然降ってきた男、ジョージを見ている。


 ジョージは、訳の分からない事を叫びながらひたすらにのたうち回っていた。


 これ以上はもう無理だ。顔にそう書いてあるオリヴァーが立ち上がった。彼は大理石の床に落ちていたリボルバーを拾い上げると、ジョージの頭に照準しょうじゅんを定めた。


「ア……アア」


「もういい。やはりはキングとの共同執行きょうどうしっこうにする。こんな男、飼いきれる訳がない」


「待ってください、父さん。この声、ジョージじゃないですよ」


 ヨシュアはジョージがつけている仮面に手を伸ばしていた。しかし、仮面を掴むことが出来ない。そのうち魔術師のステッキが、ジョージのふところから転がり落ちてきた。


「――……ジョージ。まさか魔術師を殺したのか?」


「ア……アハハ」


「何者なんだ、?」


 ヨシュアの言葉に反応したジョージが身体を起こした。突然スイッチが入ったロボットにしか見えない動き。首を回転させて、容貌ようぼうに変える。ヨシュアにとってはいまいましい存在でしかないエヴァの顔。しかしそれも一瞬で、すぐさま元の仮面姿に戻ってしまう。今度はいきなりスイッチが切れたかの如く、転倒していった。


 大理石の床にしこたま頭を打ち付けたジョージ。当然だが、彼は気絶していた。


「父さん、ジョージはもう我々では殺せませんよ」


「魔術師だけでなく、も連れてきたのか? 何が起きてるんだ、一体」


 ヨシュアはオリヴァーの方を向くと、肩をすくめてみせた。先代のに分からない事を私が知っている訳がない。という嫌みったらしい視線と共に。


「好きにしろ。こちらは共同執行きょうどうしっこうで話を進めるからな。私は仕事に戻るぞ、ヨシュア」


 オリヴァーはこれでも現職の知事なのである。そうでもなくても仕事がたまりにたまっている。呆れた彼が自室に戻るべくきびすを返した時だった。ヨシュアの声なき悲鳴が聞こえたのは。


 振り返ったオリヴァーが見たもの。それは、意識を取り戻したジョージにつまみ上げられている息子の姿であった。


「なんだかすごく気分が良いんですよ、オリヴァーさん。こんなに体調が良いのは久しぶりだ。なので、今からヨシュアと大統領を殺してきます」

 

 咄嗟とっさに銃を構えたオリヴァーがジョージを牽制けんせいする。


「やるなら一人でやれ。息子を置いていくんだ。さもなくば撃つ」


「大して愛してもいない息子でしょう? 成功体オウルの方が遙かに価値は上だ。違いますか、オリヴァーさん」


 お前に何が分かる。そう言いたげなリボルバーが火を放つ。あっけなく掴み取られた銃弾。ジョージは床にそれを投げ捨てると、ヨシュアを連れて姿を消していった。


 残されたオリヴァーが、大理石の床にめり込んだ銃弾を見つめて天を仰ぐ。


 とんでもない化け物が覚醒してしまった。


 彼は床に膝をつくと無意識にエヴァの名前を呼んでいた。

 




 二人はステファン大統領の私邸していを訪れていた。ジョージが指を鳴らす度にSPが弾けて血の染みとなる。


 パン!


 まただ。圧縮と破裂が入り乱れて訳が分からない。しかし、怯えた人間が死にゆく様はいくら見ていても飽きない。ヨシュアはかつて殺し回った小動物を思い出して、心を踊らせていた。

 

 自然と鼻歌が出てステップを踏んでしまう。気づいたら大統領の居室前まで来ていた。


「直接ステファンを殺しに行くのかと思ってたよ。ジョージ」


「それじゃ面白くないだろう。アイツにはたっぷりと恐怖を味わってもらわないとな」


「奇遇だなあ。私もそういった演出が好みでね。ここだよ、ステファンの居室は」


 ジョージの両目が前後左右バラバラに動いて中を探る。


「アイツはここにはいないな。地下へ逃げてる、この真下だ」


 言い終わるが早いか、ヨシュアの手を取るとそのままコンクリートに沈んでいった。

 




 ステファンは地下室で、最古参のSPと応援を待っていた。大統領をしていれば襲撃しゅうげきされる可能性もあるだろう。過去にも私邸していの壁をよじ登っていた男が逮捕されている。それにしても――ステファンとSPは首をひねっていた。


 電子機器の全てが一瞬で破壊されて、外との通信が不能になった。これだけでも国は緊急事態と見なし動き出す。そのはずなのだが、一向に連絡がない。予備の無線チャンネルも沈黙したままだ。


「大統領。こんな時に大変不謹慎で申し上げにくいのですが。テロリストというよりこれは……」


「ああ。悪魔の仕業、と言いたいのだろう」


 パン!


 破裂音と共にたった今話していたSPがぺちゃんこになる。返り血を浴びたステファンは、床と一体化した最古参のSPに目をやっていた。


 代わりに立ちはだかっていたのは、黒いマントを羽織った仮面の男だった。話し方でなんとなくアジア系だと分かる。


「お目にかかるのは初めてですね、ステファン大統領。その節はキングがお世話になりました」


「……キング? あの人身売買被害にった少年の事かね」

 

「空々しい嘘はやめてください。アイツとは旧知きゅうちの仲でしょう? 俺はね、知ってるんですよ」


 ジョージがステッキのつかから仕込み刀を抜き去る。ぬらりと光る刀身を、まずは両足に突き立てた。ステファンの絶叫が地下室に響き渡る。


「最期くらい本当の事を言ってください。どうしてなんて作ったんです?」


「何の話だ。アレが出来た時、私はまだ代議士だったんだぞ。一介の地方議員に出来ることなんて限られてる」


「そういう連中が裏で世界を牛耳ってる。で何をしていたか俺は知ってるですよ。キングは人体実験の末に生まれた死神の器だ」


「なんだその陰謀論は……」


 ジョージの動きがピタリと止まる。喉の痛くなるようなひりついた空気が流れた。そして次の瞬間、刀がものすごい早さで乱舞らんぶし始めた。ステファンの身体が根こそぎスライスされてゆく。


「陰謀論だと? ふざけるな! 俺は見てきたんだ、知ってるんだぞ! これは真実だ! お前こそ悪魔だろう、ステファン!」

 

 滅多斬めったぎりにされたステファンが、床と一体化した部下の上に崩れ落ちていった。それでもまだ気が収まらなかったジョージは、人の原型を留めなくなるまで刀を振るい続けた。


「……もうとっくに死んでるよ」


 どれくらいそうしていただろうか。返り血にまみれたジョージは、細切れになった肉を刻んでいる最中であった。


「満足したかい、ジョージ」


「……ああ。もうステファンはこの世にいないんだな」


「そうだよ。おめでとう」


 ヨシュアは手を叩くと、血だまりで滑るフロアを楽しそうに歩き回った。目的を成し遂げてしまったジョージがゆらりと立ち上がる。彼は生きる目的を失っていた。


 底なし沼から、死がこちらへ来いと手招きする。


「どうでもいいけどその仮面、すごい返り血だね。私が貰っておくよ」


「あ……ああ。良いのか? すまない」


 ジョージが真っ赤に染まった魔術師の仮面を手渡す。しかと受け取ったヨシュアが心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「どうするんだい?ジョージ、君はこれから」


 仮面を長い指でくるくると回したヨシュアが尋ねる。実のところ、ジョージにはこうなるに至った記憶が殆どなかった。特にクロエと別れてからの記憶が曖昧あいまいなのを今になって初めて認識していた。


 早い話、狂気に飲み込まれていた間の記憶がないのだ。しかも、体内には奇妙な違和感がある。まるで胃がんでも出来たような。


「どうするって……クロエさえ守れたら俺はそれでいい」


 死にたいとは言えないジョージが投げやりに答える。ヨシュアのサファイアを思わせる瞳が不穏ふおんな悦びで歪んでいた。


「それならば、ジョージ。私と契約しないか。君は死神になったんだよ。は死神と仕事をするのが基本なんだ。それに……」


 思わせぶりな口調のヨシュアにジョージの表情が怪訝けげんになる。


「大統領をここまで大っぴらに殺したんだ。この国は大混乱におちいるね。君の大好きなクロエだって例外じゃない。弱者が真っ先にやられる。それは君にも分かる事だろう?」


 みるみるうちにジョージの顔が青ざめていった。


 今更、自分の犯した罪の重大さに怖じ気づくとは。素面しらふでいたら、これほど分かりやすい男もいないもんだ。私は、こんなみすぼらしいアジア人に命を取られると恐怖していたのか。バカバカしい。


 しらけ始めたヨシュアとは裏腹に、ジョージの声が上ずっていた。不安と焦燥しょうそうでたまらず震え出す。

 

「嘘だろ……俺が死神? いつそんな風になったんだ。とにかく貧血が酷くて。このままじゃ、ステファンを殺す前に死んじまうって思って……」


「大丈夫だよ、ジョージ。安心して欲しい。私と君はパートナーじゃないか。こういう時のためのなんだよ」


 仮面を顔にかざしたヨシュアが、ジョージの肩を叩きながらおどけていた。不安が依存に置き換わってゆく。瞳の色も一抹いちまつの安堵から懇願こんがんへとその色味を変化させていた。


 ヨシュアの犬、死神のジョージが誕生した瞬間であった。






 ーつづくー 


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