黒の残響

牧瀬実那

開幕 世界の今

昔々も大昔。

時の神様は八柱の精霊にこう命じました。


――力を合わせて新しい世界を創りなさい。


命令を受けた精霊たちは力を合わせて新しい世界を作り出しました。

一見すると時の神様が創ったようなカンペキな世界。

けれど、実際にカンペキなのは見た目だけで、精霊たちが作り出した世界はすぐに虚無となってしまう脆いものでした。


どうして上手くいかないのだろう。

精霊たちは苦心し、何度も何度も世界を作り出しました。

たくさんの世界が生まれては消えていきました。

そうして最後の最後に世界樹と呼ばれる大樹を中心とした世界を生み出しました。


これまでの世界は生み出された時点で完成された世界でしたが、世界樹の世界は未熟で、自身の内に存在する生き物たちの魂が運ぶ記憶を糧にして成長していくことが特徴でした。

しかし、出来たばかりの世界は完璧ではない代わりにとてもとても不安定で、これまで以上にすぐに壊れてしまいそうな程に儚いものでした。


そこで精霊たちは、添え木をするように自分たちの半身を補助として与えることにしました。

中と外から栄養を与えて守ることで、成長を早め、安定させようとしたのです。


精霊たちの記憶のおかげで、魂の循環は安定し、世界はすくすくと成長しました。

様々な命が生まれては死に、その魂に宿った記憶を糧に世界樹は成長します。

成長すればするだけ世界はより多くの魂を生み出すことができたので、どんどん世界には命が溢れていきました。


幾度となく生命の循環を繰り返し、永い永い時を経て、ようやく世界が安定し始めた頃、それは起こりました。


とても仲の良かったはずの精霊たちが、突如戦争を起こしたのです。


誰が始まりだったのか、何が原因だったのか。今となっては知るヒトも居ません。

一つ確かに言えるのは、世界を庇護するものが居なくなってしまった、ということでした。

世界は大きくなったといっても、まだ幼児といっても差し支えない程度。

精霊という親の庇護が無くなれば、あっという間に不安定になっていきました。


それでもなんとか枯れることなく立ち続けていた世界樹でしたが、精霊たちの戦争は何年経っても終わりが見えず、更に悪いことに、世界の内で生きている命たちを脅かし続けていました。


世界樹は記憶を糧に成長する存在でした。


中でもとりわけ「楽しい」「嬉しい」といった正の感情がよりたくさんの魂を生み出すのに必要な栄養でした。長くてたくさんの思い出が詰まった魂が多ければ、世界はたくさんの栄養を得て、その輪郭を広げることができました。


しかし、戦争が長引くほど、命はすぐに死んでしまい、記憶が含んでいる感情も「かなしい」「つらい」「こわい」といった負の感情ばかりになってしまいました。

負の感情はあまり栄養が無いどこか、世界の輪郭を歪ませ、生み出す魂の量を減らす毒でもありました。

毒をたくさん食べた世界樹は、どんどん歪み、弱って、魂を生み出さなくなっていきました。世界樹が歪むと次第に世界も暗くなにかが狂ったものになっていきました。


そしてその時は急にやってきました。


ある日、弱りきった世界樹に精霊の攻撃が当たってしまったのです。

栄養不足で歪み、脆くなっていた世界樹に、世界を生み出せるような精霊の力はあまりに強大すぎました。


とても耐えられるはずもなく、とうとう世界樹は悲鳴を上げて壊れてしまいました。

核である世界樹が壊れてしまうと、それによって支えられていた世界が形を保てるはずもなく。

世界はバラバラと崩れていき、たくさんの命が次元と次元の狭間の虚無へと放り出され、消えていきました。

誰もが世界は終わってしまったのだ、と絶望しました。


けれど、世界樹は壊れてもまだ生きていました。

欠片となっても消えず、同じく砕けた世界の欠片を支え、存在を保ち続けたのです。

小さな世界に残ることができた魂たちは、かろうじて消滅を免れることができました。

しかし、それもわずかばかりの時間のように思われました。


世界樹の欠片では核としての力は足りず、精霊の加護もない状態では、どうしようもありません。

残された欠片も次第に弱まっていき、生命の循環も滞るようになってしまいました。


親たる精霊たちは行方不明のまま。


世界の全てが虚無に消えるのも時間の問題です。



――これが、現在世界に伝わるおとぎ話。

僕たちの共通認識。

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