文披31題短編集

三葉さけ

 Day6 筆



「紙を」


 短い言葉が発せられると背後の空気が動き、真白い紙が幾枚も乗せられた盆が差し出された。思案した指が一枚選び、文机にさらりと置かれる。


「墨」


 趣向を凝らした硯がずらりと並び、何種もの墨が艶々と灯りをうつす。指は迷わず、青みがかった墨のすられた硯を持ち上げた。


「筆」


 灯火の届かぬ薄暗い上から、長い長い毛髪が何本も垂らされた。ことのほか慎重に端から端まで触れ、指が一本を選び取る。どこから現れた真白い紙が毛先を残して毛髪に巻かれ、紐でくくられた。指がおもむろに、巻かれた紙を握るとするりと軸に変わる。

 どぼりと毛先を墨にひたし、ぬとりぬとりと硯でねぶった。


「今宵の筆は、なかなか良いようだ」

「それはようござんした」


 わずかばかり機嫌の良さが窺える声に、安堵したような相槌があった。



 了


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 近況ノートに挿絵おきました。

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