第10話 宿屋、聖剣の鞘
アンジェとのアホなやり取りをしている間に俺たちの番がやって来た。アンジェが身分証明用プレートを見せると門番たちが驚いていた。
「『ゴシック』の方でしたか! こんな所に珍しいですね、どうぞお入りください。お連れの方もどうぞ」
アンジェのプレートを確認すると割とすんなり通してもらえた。彼女の付属品扱いである俺も特に問題無く一緒にいけたのでちょっと拍子抜けである。
「意外とセキュリティ甘くないか? アンジェはともかく俺なんて身分証明のものなんて一切持っていないのに素通りだったよ」
「それは私が『ゴシック』に所属するメイドであったというのが大きかったと思います。そこの関係者であるなら問題はないと判断されたのでしょう。通常ならもっと調べられると思いますよ」
「なるほど。そう言えば、その『ゴシック』っていうのは何なの? アンジェはそこの一員のようだけど」
「そう言えば言っていませんでしたね。『ゴシック』はメイドを育成し派遣する会社といった所でしょうか。私は数年前、封印から目覚めた際に『ゴシック』の現代表であるクレアに保護され、メイド道を叩き込まれたのです」
アンジェは自らの胸に手を置き懐かしむように説明してくれた。つまりアンジェは世間的に信用のあるメイドの会社の社員ということか。
それにしても新しく気になるワードが出て来た。封印から目覚めたとはどういうことなのだろうか。
剣に変身した彼女と意識を共有した時に彼女の記憶が流れ込んできたが、それは断片的でピースがほとんど埋まっていないパズルのようなものだ。
メイドさんの会社に勤めているということも知らなかったし、俺はアンジェのことをまだ何も知らないんだと思い知らされる。
「どうかされました? 何か気になる事でも?」
「いや……俺はまだアンジェの事をよく知らないんだなって思ってさ」
そうこぼすとアンジェはふふっと微笑みを見せる。いつもの悪戯っぽい笑みだ。
「私たちは知り合って間もないのですから当たり前です。それに男性が女性の全貌を理解するのは不可能だと思いますよ。だって女は秘密主義ですから。自分の胸の内を全て晒すことなんてしません」
「そうなんだ……へぇ、勉強になります」
女性ってそういうものなのだろうか。母さんや姉ちゃんもそんな感じ? うーん、女の人って良く分からない。
「ちなみに私のスリーサイズは上から、きゅう――」
「いきなり暴露!? さっき女性は秘密主義って言ったばかりじゃないか」
「ですから胸の内と言ったじゃありませんか。それなので胸の外側についてお教えしようかと」
「そう言う話だったの!? それでもスリーサイズはトップシークレットでしょうよ!」
またアンジェの掌の上で踊らされてしまった。こんなやり取りをしつつ『マリク』の中を歩いて行く。
宿場町というだけあって旅人をターゲットにした酒場や宿屋が沢山ある。
道具屋でアンジェが採取した薬草類を買い取ってもらうと今夜泊まる宿屋を探して町中を散策する。
様々な店があったが、ふと気になったことがあったのでアンジェに訊ねてみる事にした。
「あのさ、アンジェ。この町には武器屋ってないのかな? 道具屋や防具屋はあったんだけど武器屋が一軒も見当たらなくて。魔物と戦うのに武器は必需品のはずなのに、それを売る店が全くないのっておかしくない?」
「そう言えば、アラタ様が呼んでいた漫画ではそうでしたね。分かりました。宿屋が決まりましたら武器関連について説明します。――さて、この宿屋は如何でしょうか。夕食朝食付きでこの値段は中々リーズナブルだと思います」
店の出入り口の看板によると、この宿屋の名前は『聖剣の鞘』というらしい。宿泊費用は一泊三千ゴールドと書かれている。貨幣の価値は円とほぼ同じらしいので、一泊約三千円……二人で六千円。
確かにこの内容でこの値段は今の俺たちにとってありがたい価格設定だ。
「他の宿屋と比べて値段とサービス内容もいいし、ここがいいと思う」
意見が一致し店の中に入ると雰囲気は木造建築特有の温かみのあるものだった。一階にはいくつかテーブルと椅子が置かれている。食事はそこで食べるみたいだ。
壁に書いてある説明文を読むと二階が宿泊客用の部屋になっているらしい。
アンジェが宿屋の受付に置いてあるベルを鳴らすと「はぁ~い」と奥から女性の声が聞こえ、それからすぐに声の主が出て来た。
赤いミディアムの長さの髪、赤い瞳の優しい目をした綺麗な女性だ。服の上からでもはっきり分かるほど素晴らしいボディラインをしている。
恐らくアンジェと同等クラス。こんな美人な上に暴力的な身体をした女性が次から次へと現れるなんて――異世界って凄い。
「……ルシア?」
「アンジェちゃん!?」
顔を合わせるなりお互いの名前を口にする二人。ルシアと呼ばれた宿屋の人は見るからに驚いている反応をするが、アンジェも珍しく感情が表情に出ている。
二人が時間が止まったように動かないでいると奥から別の女性が出て来た。見た所三十代から四十代くらいの大柄の女性だ。
「どうしたんだい、ルシア。素っ頓狂な声を上げて……あんたの知り合いかい?」
「あ、はい……マーサさん。私の古い友人で……」
「メイドのアンジェリカと申します。こちらの宿屋に宿泊したいのですがお部屋は空いていますか?」
最初は俺たちを怪しむように見ていたマーサさんだったが、俺たちが客だと分かると途端に笑顔になった。
一瞬どうなるかとひやひやしたが面倒ごとにならなくて済みそうだ。
「部屋なら一室だけ空いているけどそれでいいかい?」
「それで構いません。最初からそのつもりでしたし」
そんな話は初耳だ。二日続けて女子と同じ部屋で寝るなんて、俺の人生どうなってるんだ。というか異世界に来ちゃった時点でどうなるも何もないか。
「アンジェ、同じ部屋というのはまずいんじゃないの?」
「何故ですか? 既に一緒に同じ部屋で寝た仲ではないですか」
「そうなのアンジェちゃん!? それってつまり……」
ルシアと呼ばれたお姉さんが顔を真っ赤にしている。ただしその目は
アンジェは一度俺を見ると「ふぅ」と溜息を吐いてから説明を始めた。
「一応アピールはしたのですが、もうちょっとというところでこの方が日和ってしまったので未遂に終わりました」
アンジェはやれやれという感じで両手をひらひらさせている。彼女の言っている事はまごうこと無き事実なのだが、そこまで言わなくてもいいんじゃないだろうか。
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