第7話 魔剣グランソラス

「こんな棒切れじゃまともにダメージなんて与えられないだろうさ。けど、そこならさすがに鍛えようがないよな!」


 木刀をオークの目から引き抜き離れようとすると、敵が無茶苦茶にぶん回した腕が飛び込んで来た。

 咄嗟に木刀で防御すると粉々に砕けて俺は後方に思い切り吹き飛ばされてしまう。

 地面に落下する途中でアンジェが受け止めてくれて難を逃れた。


「アラタ様、無茶しすぎです!」


「ごめん、でも身体が勝手に動いちゃってさ」


 俺たちの前方にいるオークは潰された目を片手で押さえて生き残っている方で俺たちを睨んでいる。中途半端に傷ついた獣は危険だと親父に言われた事がある。

 その意味を今理解した。俺が半端に痛めつけたことでさらに凶暴化してしまった。こいつを殺し切る力は俺にもアンジェにも残っていない。

 攻撃の手立てがない俺たちに対し、オークは姿勢を低くして突撃の意思を示している。このままだと確実に二人ともやられる。


「ごめんアンジェ……俺が中途半端に手を出したから……」


「いいえ、そんなことはありません。アラタ様が助けに来てくれて嬉しかったです。――申し訳ありません、私のせいであなたをこのような目に遭わせてしまいました」


 お互いに謝罪する。終わりが来る前に素直な気持ちを口にすると、俺とアンジェの心が一つに溶け合うような感じがした。

 その時、彼女の胸の辺りに紅い紋章が浮かび上がった。


「なんか出たっ!?」


「これは……アラタ様……あなたは私の……マスターなのですか?」


 俺とアンジェはお互いの瞳を見つめ合い、俺の頭の中に知らない記憶が流れ込んで来た。

 気が付くと、そこはさっきまでいた公園ではなかった。真っ暗な空間で映画のフィルムの様なものが流れていき、そこにはアンジェの姿が映っている。

 これはもしかしてアンジェの記憶なのか? そこには数々の戦いの記憶が記されている。

 自らが斬った魔物の血にまみれる日々、悲しみや辛さに押し潰されそうになる日々、これがアンジェの心の奥底にある感情。

 この重く辛すぎる想いをアンジェは背負っているのか。俺は……俺に出来るのは……一緒に背負いたい……それで少しでも彼女の心の闇を晴らしてあげたい。


 俺がそう思っているとアンジェが姿を現した。両手を身体の前に添えて表情は曇っている。

 彼女の後ろでは自身の記憶のフィルムが延々と流れていた。


「知られてしまいましたね。――これが私の本当の想いです。私は全てを傷つけるため、殺めるために生まれました。今のアラタ様には私の本当の姿、私の正体が分かったはずです。醜い存在である真の私をあなたに知ってほしくは無かった。それでも、こんな私を――あなたは受け入れてくれますか?」


「今の俺に何が出来るのか、どこまでやれるのかはまだ分からない。でも、君のその重荷を一緒に背負いたいと思った。――だから、一緒に歩いて行こう。君を……俺にくれ!!」


「はい! この魔剣グランソラス……全てをあなたに委ねます。短い間になるとは思いますがよろしくお願いします。マスター」


 俺が目を開けると目の前にはアンジェがいた。胸の所に深紅の紋章を浮かばせ、不安そうなそれでいて嬉しそうな表情で俺を見ている。


「私を使ってください……アラタ様」


「いくよ、アンジェ――マテリアライズ!!」


 左腕を彼女の腰に回して抱え、右手で深紅の紋章に触れる。

 アンジェの身体が黒いオーラに包まれていき漆黒の剣へと変わった。鍔の中心部では深紅のエナジストが淡い光を放っている。

 右手に持った漆黒の剣を一振りすると斬撃が衝撃波となって接近中のオークを吹き飛ばし遥か後方にある大木へ叩き付けた。


「これが君の本当の姿、魔剣グランソラスなんだね」


『はい、その通りです。この黒く醜悪な姿こそが私の本来の姿なのです』


「醜悪? どこが? この漆黒の刀身、深紅のエナジストの輝き……すげーかっこいいし綺麗だと思うんだけどなぁ」


 俺がグランソラスを褒めるとアンジェが黙ってしまう。ただ、この状態だと彼女の考えている事がこっちに筒抜けだった。


「……照れてる?」


『照れてません! こちらの考えている事を口にするのは禁止ですよ』


 やっぱり照れてるじゃないか。普段は冷静沈着かつ思わせぶりな発言で俺を玩具のようにして楽しんでいるけど、こうしてお互いの考えが分かってしまうと余裕がないらしい。

 これは面白い発見だ。このクーデレメイド最高かよ。


『グルルルルルルルルルルルルッ! グアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 吹っ飛ばしたオークがデカい声を上げて威嚇してくる。

 さっきまでは絶対に勝てない相手のように思えたが、今の俺たちにとっては取るに足らないように見えてしまう。


「無駄に吠えてご近所迷惑だっつーの。――アンジェ、一気に決めるよ!」


『了解しました、アラタ様』


 身体の奥にある力を放出し身体中を循環させながら練り上げていくイメージをする。すると俺の身体から白と黒のオーラが立ち上り薄い膜のように身体を包み込んだ。

 

『これが魔力による防御障壁です。あのオーク程度の攻撃なら致命傷になることはありません』


「ああ……君を通して魔力の使い方や戦い方が分かる。これなら勝てる!」


 アンジェに蓄積された戦いの知識が俺に流れてくるのが分かる。実戦経験のない俺がまるで百戦錬磨の猛者になったかのような感覚になる。


『この黒いオーラは私の魔力、そして白いオーラはアラタ様自身の魔力が溢れだしたものです。今のアラタ様なら、この二つの魔力を自在に駆使することが可能なはずです』


「分かった。やってみる!!」


 脚に魔力を集中させオークに向かって跳躍すると一瞬で間合いに入る。

 グランソラスを下方から斬り上げてこん棒を打ち上げると、がら空きになった敵腹部に蹴りを入れて公園の広場の方に吹き飛ばした。


「凄いパワーだ。身体能力が桁違いに上がってる。――これが魔力か」


『その通りです。今のアラタ様の力なら素手でもあのオークを圧倒出来るでしょう。ですがここでは魔力の消耗が激しいのも事実。短期決戦がベストです』


「了解、それならこれで決めるよ!」


 グランソラスに魔力を集中すると黒いオーラが刀身を覆っていく。俺はそのままオークに向かって駆けていく。

 向こうもこん棒を構えながら俺に向かってくる。


「これで決める! 闇の闘技――無影斬むえいざんッッッ!!」


 刀身に込めた闇の魔力を斬撃波としてオーク目がけて一気に放つ。深淵の刃はこん棒ごとオークを斬り裂き闇の中に引きずり込んで消滅した。


「終わった……のか?」


『お見事です、アラタ様。私たちの勝利です』


 あれだけ苦戦した強敵が一撃で倒された現状を前に俺は呆気に取られていた。

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