第4話 人生で初めて女の子を家にあげました

「アラタ様、私のせいでお金を使わせてしまい申し訳ありませんでした」


「そんなこと気にしなくていいですよ。部屋に着いたら夕飯にしましょう」


 コンビニを出て数分後、ようやく我が家に到着した。二階建てアパートの二〇一号室が俺の部屋だ。

 階段を上がってドアの前までやって来た。


「ここが俺の部屋です。ちょっと狭いので窮屈かもしれないです」


「そんな……休ませていただくだけでもありがたいです」


 鍵を差し込んだ時、俺は大事なことに気が付いた。特に客が来る予定もない男の一人暮らしの部屋。

 そこには様々な物が無秩序に散乱している。俺の記憶が正しければエロ漫画とかも置きっぱなしだったはずだ。


「……アンジェリカさん、少しだけここで待っていてもらっていいですか?」


「はい、分かりました」


 急いで部屋の中に入ると案の定、女性には見せられない雑誌などがヤバいページ全開で置いてある。


「やべっ!」


 それらをまとめて押入れの奥にぶっこんでとりあえず体裁を整える。一般向けな漫画は棚にしまったし、エロ系のものは押入れの奥に封印したので大丈夫なはずだ。

 なんか無性に暑いと思ったらエアコンを入れるのを忘れていた。スイッチを入れると冷たい風が吹いてきて心地いい。これでお客様を招く準備が整った。


「お待たせしました。どうぞ」


「お邪魔します」


 靴を脱いで主な生活の場である六畳の寝室へ彼女を通す。この限られた空間にベッド、テレビ、小さい棚、テーブルが置かれている。


「ここに座ってテレビでも観ていてください」


 テーブルの近くに座ってもらいテレビをつけて俺は夕飯の準備を始める。準備と言っても弁当を電子レンジに入れただけだが。

 数分後テーブルの上にはミートソーススパゲッティ、大盛りカレー、サラダが並べられていた。


「いただきます」


「……いただきます」


 俺が勢いよくカレーを頬張っていくと、それを確認したアンジェリカさんがスパゲッティを食べ始める。

 一口食べると彼女は大きく目を開き驚いていた。


「凄いですね。料理が完成した状態でお店で陳列されていて、それを自宅であの〝魔道具〟のような物に入れると数分で出来立ての状態で出て来る。こちらの世界は私がいた世界よりも文明レベルが進んでいるみたいですね」


 そう言うと彼女は小さな口で食べ進めていく。俺もお腹が空いていたのと女性と何を話せばいいのか分からない事もあって黙々と食べていった。

 夕食が終わり一息ついていると俺はさっき話に出て来た魔道具について訊いてみた。

 逆に彼女からもエアコンやテレビなどの機械について質問があり、お互いに分かる範囲で説明していった。


 その結果分かったのは、彼女のいた世界『ソルシエル』にも冷蔵庫やコンロのようなものがあるということだった。

 どうやら生活水準はそれほどこちら側と大きな違いはないらしい。

 その中で大きく異なるのは魔道具を動かす動力源の存在だ。『ソルシエル』ではマナの結晶である魔石というものがある。


 魔石は大気中のマナが長い時間をかけて凝縮結晶化するか魔物の体内で生成される。

 その魔石に術式を付与し魔力発生装置及び増幅器となったのが〝エナジスト〟なのだそうだ。

 そのエナジストが魔道具の動力となっており、魔道具に組み込まれる事で『ソルシエル』の人々の生活を支えるエネルギー源になっている。こちらの世界でいうなら電気のようなものだろう。


 大抵のエナジストは使い続けると、いずれ内部のエネルギーが尽きて消滅してしまう。

 そのため、エナジストの材料となる魔石を常に供給できるように魔物を狩る者たちがいる。

 その者たちは〝冒険者〟と呼ばれ、魔物と戦う以外にも『ダンジョン』と呼ばれる危険な地域に入り貴重なアイテムを手に入れ生計を立てている。


「ダンジョンに入ったり魔物を倒す冒険者か。男のロマンだなぁ」


「魔物は常に発生し続けていますから彼等の存在は重要です。特にここ数年では魔人と呼ばれる凶悪な存在が次々に現れていて、魔物の発生件数も爆発的に多くなっているので尚更です」


「それは大変な話ですね」


 時計を見ると既に日付が変わっていた。話をしながらまったりしている間にこんな時間になってしまったようだ。


「疲れたしそろそろ寝ないと。――お風呂の使い方を教えます」


「はい、ありがとうございます」


 着替えとして俺のTシャツとハーフパンツを渡し、彼女は浴室へと向かって行った。

 俺は寝室で漫画を読んだりテレビを観たりしているのだが、内容が全く頭の中に入って来ない。

 今、うちの風呂場で女の子が入浴しているという事実で気が気じゃない。年齢イコール彼女いない歴の俺にこんな場面が訪れるとは――。

 

 お風呂場の方でドアが開く音が聞こえ、しばらくしてからアンジェリカさんが戻って来た。濡れた長い髪をサイドで纏め上げ、白磁の肌が桜色に染まっている。

 そして彼女が着ているのは俺の部屋着だ。彼女は胸が大変立派なので、きつくならないようにゆったり目のものを貸したのだがサイズは大丈夫のようだ。


「お風呂お先にありがとうございました。物凄くさっぱりしました」


 アンジェリカさんは戦っていた時とは別人のような柔らかい笑みを見せてくれる。 

 その微笑みに見惚れていると彼女が不思議そうな顔をしていたので、俺は我に返って入浴の準備を始めた。


「それじゃ、お風呂に入ってきます。アンジェリカさんは先にベッドで休んでいてください。俺は床に布団を敷いて寝るので。それと暇だったら、漫画があるので読んでみてください。――それじゃ!」


「何から何までありがとうございます。それでは、そちらにある書物を少し読ませていただきます」


 気恥ずかしさのあまりに俺は逃げるように浴室に向かった。何てこった。住み慣れた俺の部屋だと言うのに、女の子が一人いるだけで別物の空間になってしまった。

 浴室に入ると、ついさっきまでアンジェリカさんが裸でここにいた事を意識してしまい心臓の鼓動が早くなる。

 女性を家にあげるという行為は俺が思っていた以上に敷居が高いものだったらしい。

 例えるならRPG開始直後にろくにレベルを上げないまま中ボスに戦いを挑むようなものだ。

 今の俺はそれぐらい精神的に余裕がない。

 とりあえず少しでも自分を落ち着かせるために試行錯誤した結果、俺が寝室に戻ってきたのは一時間後のことだった。

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