ふるるは君を振り向かせる魔法

K.night

第1話 ふるるは君を振り向かせる魔法

ふるる。私には小さい小さい魔法が使える。


ふるる。そう唱えると、思い通りに人が振り返る魔法。





ふるる!


私は算数の教科書を立てて顔を隠しながらそう唱えた。そしたらミト君がサクラちゃんの方を振り返った。よし!これで今日4回目のミッション達成。


私はこの学校で「ハートの魔法使い」って呼ばれてるの。私にお願いすると、好きな人がこっちを見てくれるから。なんでハートなのかは知らないけど。


ふるる!


「ミト、どうした?」


「いや、なんでもないです。」


しまった、短い時間でやりすぎちゃった。ごめんね、ミト君。


この魔法は声に出さないと効き目がないけれど、誰かに聞かれてもダメなのだ。だから授業中の先生がしゃべってる時が一番いいタイミング。でもやりすぎると今日みたいに先生に怒られちゃうから気をつけなくちゃ。魔法使いも大変だ。







夏の空は雲が大きくて好き。白い線を踏みながら大きく伸びをする。


「ん~! 今日で十回は振り向かせたからね。サクラちゃん、待っててね。」


「お前さ、ちゃんと授業聞いてるの?」


「お前じゃないです~。ヒナタです~。」


「うざいうざい。」


「なによ、バカ。バーカバーカ。」


「バカじゃないです~。ユウトです~。」


「なにそれ。」


今日もユウトと一緒に学校から帰る。お隣さんだから。そして、ユウトは唯一私の魔法を知っている仲間なのだ。


「あのさ、リョウ、好きな子いるみたいだよ。」


リョウはミト君の名前だ。


「そうなんだ。」


「ヒナタの魔法も今回は効かないんじゃないの?」


「知らない。私は振り向かせてるだけだもん。サクラちゃん、ミト君と目がよく合うようになって喜んでるからいいの。」


「でもなぜか好きになるんだろ?」


「それが不思議なんだよね。なんで何度も振り向かせると好きになるのか私もよくわからない。」


「なんか、好きって適当なんだな。」


「違うよ。恋の魔法なんだよ、きっと。」


そして私はその恋の魔法使いなんだ。


「そんなもんなのかな~。」


ユウトは腕組をして先にいっちゃう。太陽が眩しいなあ。


「ふるる。」


ユウトの背中にそっと言ってみても、全然振り向かない。この魔法は、私あてにはなぜか使えないのだった。







「ヒナタ!私、ミト君に告白されちゃった!」


サクラちゃんが嬉しそうに私の手を握って、そう教えてくれたのは魔法を50回くらい使った後だった。


「ヒナタに話してよかった! やっぱりヒナタは魔法使いだね!」


嬉しそうなサクラちゃんがかわいい。


「サクラちゃーんー!」


「ミト君に呼ばれちゃった。行くね!」


そうやってウキウキとサクラちゃんはミト君のところにかけていった。ミト君とサクラちゃん、楽しそう。いいな、誰か私にも魔法使ってくれないかな、なんて。


ふるる。


こっそり言っても、やっぱりユウトは私の方を振り向かない。何話してるんだろう。楽しそうでなんか悔しい。








「ユウト、ヒナタはまた一つ、恋の魔法成功です!」


ユウトとの帰り道、私は自慢げに報告した。


「リョウ、別の子好きだったのに。」


「いいじゃん、だって二人とも幸せそうだよ?」


「そうだけど。お前、絶対に俺に魔法かけるなよ。」


「なんでよ。」


「嫌だ。誰かに好きを操られるの。」


「安心してください~。ユウトは人気ないから誰にもお願いされてません~。」


「うるさいです~。」


そういってユウトはヒナタのおでこにデコピンした。


「痛い! だから人気ないんだよ、ユウトのばーか。」


「人気とかどうでもいいし。それより人のことばっかりみてないで、ちゃんと勉強しろよ。」


「ユウト、最近よくそれ言わない? ママみたいなんだけど。」


「頭よくなったら、また同じ学校に行けるかもしれないの。」


「何それ。ってかユウトも頭よくないじゃん。」


「お前さ・・・。うっさい、バーカバーカ!」


「何よ。」


なんかちょっと本当に怒ってるじゃん。変なユウト!







「ねえ、ヒナタ、お願い!」


「うーん、明日から夏休みだもんな~。」


今日も私は忙しい。みんなから恋のお願いをされるから。でも明日から夏休み。一緒にいないと私の魔法、意味ないもんなぁ。ガラガラと先生が扉を開けて入ってくる。みんな慌ててそれぞれの席に戻っていった。あれ、ユウトが一緒に入ってきてる。


「皆さん、おはようございます。今日はホームルームの前に、一つみんなに伝えないといけないことがあります。」


そういって、先生はユウトの背中を押して、前にだした。珍しくユウトが下を向いている。


「実はユウト君が、夏休みの間に転校することになりました。今日がみんなと過ごす最後の日になります。」


え~!と教室が一斉にざわめいた。私は頭をガツンと叩かれたみたいにみんなの声が遠くなって、自分の呼吸する音が聞こえてきた。先生が何か話してて、ユウトも何か話してるけど全然聞こえなかった。


そこからユウトにはずっと人が集まってた。授業中にみんなでユウトにお手紙を書く時間があったけど、私は何も書けかった。チャイムがなったから、あわてて「ヒナタ」って大きく自分の名前だけ書いて出した。









「こんなところにいた。」


太陽が少し弱くなるころ、大きい荷物を抱えたユウトが帰ってきた。ユウトはちょっと目が赤かった。太陽のせいかな。


「ヒナタ、泣いてるの?」


ユウトの家の前でうずくまっていた私を、ユウトがのぞき込んできた。私はこんなに泣くの久しぶりだと思うくらいしゃっくりを上げて泣いていた。


「ユウト、ヒナタ聞いてないよ。」


「ごめんね。」


そういってユウトは私の頭をなでた。なんか優しい。こんなのユウトじゃない。


「どこに行くの?」


「また聞いてなかったの? 福岡だよ。」


「どこそこ。」


「地図で習ったじゃん。九州だよ。」


「遠いじゃん。」


「でも、頭よくなったらまた同じ学校に行けるかもって。お母さんが。」


「中学校?」


「いや、大学。」


「大学ってなあに?」


「18歳になったらいけるところ。」


「まだずっと先じゃん!」


「そうだけど・・・。」


「ユウちゃん、ヒナタちゃん?」


ユウトの家からユウトのママが出てきた。私が泣いてるのを見て、悲しそうに、


「ごめんね、黙ってて。ユウトが言わないでっていうから。でもあと1週間あるの。ヒナタちゃんたちと遊びに行く予定もあるから。」


そういった。


「お母さん、とりあえず中に入ろうよ。」


ユウトが家の中に入ろうとした。


「ふるる。」


ユウトがバッと勢いよくこっちを振り向いた。


「ヒナタ! 今俺に魔法使った?」


「使った! でも意味ないもん!」


「俺に魔法使わないっていったじゃん!」


「うるさい! ふるる!ふるる!!」


「バカ!」


そういってユウトは思い切り私を突き飛ばした。


「ユウト!」


ユウトのママが驚いて声を上げる。


「ヒナタなんて大嫌いだ!」


そういってユウトは家の中に入って行ってしまった。


「待ちなさい、ユウト!」


ワーッと私は大きい声で泣いた。


「ごめんね、ごめんね、ヒナタちゃん。」


ユウトのママがどんなに私をなだめても、ユウトは全然出てきてくれなかった。








それから毎日、ママとユウトのママがちょっとお話ししようって来てくれるけど、ユウトは来てくれない。私はずっと自分のお部屋で、ユウトに「かわいくない」って言われたウサギのぬいぐるみを抱いて、「ふるる」って言い続けた。


ユウトのおうちと私のおうちは、同じ形をしている。この壁の奥に、ユウトのお部屋がある。ユウトが絶対いる。


「ふるる。ふるる。」


ダメだ、また涙が出てきた。


神様なんで? 私、いっぱいみんなの好きを叶えたよ? 一回くらい、私の好きを叶えてよ。


「ふるる! ふるる!!」


もしかして、バチが当たったのかなぁ。ユウトも言ってた。好きって、私が勝手に何かしちゃだめだったのかな。


「うー・・・。」


「ヒナ、入るわよ。」


私の泣き声を聞いて、ママが入ってきた。もう私、ずっと泣いてる。


「ヒナ、明日ユウト君と一緒にお出かけしましょう。ね?」


私を抱きしめてママはそういってくれるけど、


「ユウトが迎えに来てくれなきゃイヤだ。」


「ユウト君もユウト君のママが絶対連れてくるって約束してくれてるから。」


「う~・・・。」


そんなんじゃ嫌だ。会いに来てよ。私のことを好きになってよ。








結局次の日、ユウトも私も部屋から出てこなくて、そのままユウトの引っ越しの日になってしまった。


「ヒナ! 本当にもうしばらく会えないんだから、出て挨拶しなさい。」


ママが部屋の外から呼んでる。知ってるよ。家の下に大きいトラック来てるもん。時々ユウトが出てくるのが見えた。


「ふるる。」


もう声がかすれていた。そしたら、ユウトがこっちを見てくれた。慌てて身を乗り出すと、ユウトはふいっと顔をそらした。


やっぱりダメなんだ。私に魔法は使えない。好きになってもらえないんだ。トラックの後ろの扉が閉まった。本当にもう行っちゃうんだ。


「ユウト!」


私は大きい声で叫んだ。ユウトは驚いた顔して振り向いた。私はウサギのぬいぐるみを投げて、家から飛び出した。


「ユウト! ユウト! ユウト!!」


下に行って声の限り叫んだ。ユウトは振り向いてくれていた。ユウトに思い切り手を伸ばす。


「何?」


ユウトの黄色いTシャツを握りしめていった。


「行かないでよ! 大好き!!」


ああ、私今、鼻水も出てる。最悪だ。


「ユウト! ユウト! 大好き!」


でも、止まらなかった。


「大好き!」


ユウトの手がワタワタと宙を舞っている。


「え、ヒナタ、俺に魔法かけた?」


「どんな魔法よ!」


「えっと、俺がヒナタを好きになる魔法。」


「かけてないよ! かけたくてもかけられないんだもん! 魔法はヒナタにだけはつかえないんだもん!」


「じゃあ、俺には魔法使ってないんだ?」


「使ってないよ。使えないんだもん!」


「なんだ、そっかー。」


ユウトがふにゃっと嬉しそうに笑った。こんな笑顔みたことなかった。そのままユウトは私の手を握って抱きしめてきた。


「俺もヒナタ大好き!」


目の前でユウトの柔らかい髪の毛がキラキラした。ユウトの声が耳元で聞こえた。私は驚いてユウトから離れた。


「今なんていった?」


「もう言わない。」


「噓でしょ? 大好きっていった?」


「聞こえてるじゃん。最悪。」


ユウトがそっけなく向こうを向いた。気づけば、ユウトのママとパパがいて、振り返ったら私のママもいた。なんか、ユウト、顔を赤くして怒ってる。


「・・・ユウト?」


「・・・なんだよ。」


真っ赤な顔してユウトが振り向いてくれた。


「ってかさ、魔法とか使わなくても名前呼ばれたら振り向くじゃん。」


「そっか。そうだね。」


「名前、たくさん呼ばれたら、好きになるのかも。」


「嘘! ユウトもう遠くにいっちゃうじゃん! 名前呼べないじゃん!」


「いや、俺はその、もう好きですので。 ああ!もう、お父さん、お母さんあっち行って!!」


ユウトがお父さんとお母さんを車に乗り込ませている。真っ赤な顔。ユウトってこんな顔もするんだ。私まだ、全然ユウトのことわかってないんだ。まだ、たくさん知りたい。


「ヒナタ!」


「はい!」


「手紙は書く! お前も書け!」


「はい!」


「・・・また会おうな。」


「うん、会おうね。絶対だよ。」


おでこ、こつんとぶつけ合った。そうやってしばらく泣いてたけど、結局、ユウトは車に乗って行っちゃった。



ユウト、ユウト、ユウト。


ふるる、より、君の名前の方が魔法。私の声が君に届く。君が振り返ってくれる。そのことの方がずっと魔法なんだって、夏の青空に小さく見えなくなった君に私は今、教えてもらった。

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