第四十二話 金井秀人は思いを馳せる
十二月二十三日。午後十一時半。
秀人は、侵入した一軒家の窓から、洋平達の様子を観察していた。
布団の中で裸になり、愛し合う二人。
あと三十分ほどで、洋平達を確保するために警察が動き出す。その作戦の全容を、秀人は三橋から聞いていた。
作戦開始は、十二月二十四日の午前零時ちょうど。
作戦開始一時間前。洋平達が
そんな離れた場所に人員を配置するのは、警察側が、洋平を超能力者だと認識しているからだ。レーダーを使える洋平に、動きを察知されないため。十五メートル以上という距離を守りながら、コンビニ周辺を刑事や超隊員で包囲する。
作戦開始四十分前。コンビニ周囲に配置された刑事達や超隊員が、自分達が定位置についたことを報告し合う。連絡に使用するスマートフォンでは、通常の通話アプリは使用しない。セキュリティが徹底された通信アプリを使用する。
作戦開始三十分前。コンビニに突入する二人の超隊員が、互いの位置関係を確認し合う。突入するのは、前原正義と
正義に関する情報は、以前、三橋から聞いていた。洋平が超能力者だという推測を警察内で発言した超隊員。
五味の情報も三橋から得ている。ずいぶんと傲慢な男らしい。超能力という稀少な資質がある自分に、選民意識を持っているのだろう。
二人はこの時点で、同じ場所にはいない。万が一、洋平に存在を気付かれた場合、別々に接近した方が混乱させられるだろうという発想からだ。
配置された刑事や超隊員の居場所は、現時点で、秀人のレーダーの範囲からも外れている。秀人も、彼等の動きを察知できていない。だが、三橋からリークされた情報から、彼等がこれからどう動くのかは分かっている。
今から十分後に、前原と五味は、建物内の構造を最終チェックする。洋平達が住み着いているコンビニは、二階が住居部分になっている。
一階のコンビニ部分には「STAFF ONLY」と書かれ、営業時は関係者以外立ち入り禁止になっていた部屋がある。その部屋は一階の廊下に通じており、廊下の奥に階段がある。階段を登ると、すぐ正面に二階のトイレや浴室、洗面所。登った階段を左側からUターンするように、廊下が走っている。階段の近くの部屋がリビングダイニング。奥にあるのが、寝室。部屋の出入り口は、どちらも襖。
警察側は、リビングダイニングか寝室のどちらかに洋平達がいると推測しているようだ。
警察は、この建物のオーナーから鍵を受け取っていた。
オーナーは、コンビニの建物の管理を、どこの管理会社にも委託していなかったという。金がかかるから、と。だから洋平達は、今まで誰にも気付かれることなく、コンビニに住み続けることができた。
コンビニ一階部分の玄関の鍵は、正義と五味の二人が持っている。
午後十一時三十五分になった。
警察側の作戦開始まで、あと二十五分。
コンビニの二階の寝室にいる二人は、事を終えて抱き合っていた。
暗くて、秀人からは、二人が影のようにしか見えない。それでも分かる。洋平や美咲の気持ちが。
二人は、幸せそうだった。互いに想い合い、求め合い、触れ合い、愛し合っている。
自分を愛してくれる人が、すぐ側にいる。自分の愛している人が、すぐ側にいる。それは、二人の今までの人生にはなかったもの。求め続けても手に入らなかったもの。
今、ようやく手に入れられた幸せ。
けれど、その幸せも、あと少しで終わる。
警察側の作戦開始まで、あと二十一分。
二人の幸せは、あと一時間も経たずに終わる。
失われる。
奪われる。
あの二人に、幸せな未来なんてない。
けれど、もしも。
秀人の頭の中に、ひとつの考えが浮かんだ。
もしも、あの二人が、ずっと一緒にいられるとすれば。
今と同じような幸せと言えなくとも、二人で寄り添い合い、生きていけるとすれば。
そうなるためには……。
自分の頭に浮かんだ考えに、秀人は苦笑した。嘲笑、と言ってもいい。
──何を考えてるんだろうね、俺は。
自分は、そんな人間ではない。そんな人間ではなくなった、と言うべきか。
秀人は、父親が最後に残した手紙の内容を思い出した。
父が、マスコミ各社に送った手紙。
『秀人は、優しい子でした。逮捕される前に、私は、秀人に頼まれて、何度も捨て猫や捨て犬の里親探しをしたことがあるのです』
そんな感情なんて、今の自分には、もうない。
人の命など軽い。警察の作戦開始により洋平が死ぬことになっても、何とも思わない。人の命など、綿毛のように軽いのだから。洋平の命も、例外ではない。
『お父さん、お母さん、この子を助けてあげて。ひとりぼっちにしないで。僕にはお父さんもお母さんもいるけど、この子には、お父さんもお母さんもいないんだよ』
父の手紙の内容。
確かに父にそう言ったことを、秀人は覚えている。
あれは、事故に遭って瀕死になっている仔猫を拾ったときだ。死にかけている仔猫を抱いて、父に訴えた。腕に抱えた仔猫を──小さな命を、助けたくて。
父は、最後の手紙で、自分の無念とともに秀人の優しさを記していた。
父の知る秀人は、もう、この世にはいないのに。
幼い頃の自分は、もう……。
警察側の作戦開始まで、あと十九分。
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