第82話 秘密の夜③
「わ、私でしょうか……!?」
「はい。今日はあなたのお兄様の結婚式だ。幸せのおすそ分けを、ぜひ私にも」
もし、レイナルド様が踊るなら、さっき隣にいらっしゃったウェンディ様のように名家のお嬢様がぴったりだと思っていた私は固まってしまう。
そこにいていいのはフィオナでもフィーネでもない。きっと、昨夜からのもやもやの答えの一部はここにある気がする。
けれど、今日だけは――『幸せのおすそわけを』なんて言われたら、断れるはずがなかった。レイナルド様のはにかんだような微笑みを前に、差し出された手を取る。
「……私でよろしければ」
そうすると、ごく自然にレイナルド様の方へ引き寄せられた。
大広間からこの庭まで流れてくるワルツの音楽に乗って、エメライン様が贈ってくださったバラの刺繍がほどこされたドレスの裾がふわりと広がる。
スウィントン魔法伯家でダンスはきちんと習ったけれど、長く引きこもっていた私が人前で踊るのはとても久しぶり。腕を掴んだ手が震えてしまう。
そんな私の緊張をほぐすように、レイナルド様は柔らかく微笑んだ。
「大切な友人の話をしてもいいですか」
「え、ええ……もちろんです」
大切な友人、という言葉にクライド様のお顔が思い浮かんで、いつものやりとりを思い出した私はふっと息を吐けた。
「王宮での身近な友人の話なのですが」
やっぱり、これはきっとクライド様のこと。震えとドキドキが収まった私はレイナルド様のリードにあわせてゆっくりとステップを踏んでいく。
「ええ。レイナルド殿下の普段のお話、ぜひお伺いしたいですわ」
「私には、とても頼りなく見える友人がいたのです」
「!?」
違った。これは間違いなくクライド様のことじゃなかった。全力で遠慮したい話題がまさに今はじまってしまった気がする。
安堵は束の間、誰についての話なのかを瞬時に察して言葉に詰まってしまう。けれど、レイナルド様はそのまま続ける。
「会うたびに困った顔をして……でも、好きなことにはまっすぐで譲らない人だ。だから、助けてあげたいと」
「……そ、そのようなことを気になさるなんて、レレレレイナルド殿下は本当にお優しいのですね!?」
「本当に優しいのかはわかりませんよ。もしかしたら、その友人を自分の側に留めおきたい、なんてずるい感情があったのかもしれません。たとえ友人でも、優秀な人間は側に置いておきたい」
それは、このアルヴェール王国を担っていくレイナルド殿下としては当たり前のこと。王宮内でのお仕事中、真剣な表情のレイナルド様に遭遇することがある。それを思い出した私は、軽く頷いた。
フィーネとレイナルド様は今は対等な友人になれたけれど、最初はそうではなかったのだから。
レイナルド様の腕を遠慮がちに掴んだ私のステップはぎこちない。久しぶりだから……というのもあるけれど、半分以上はこの話題のせいだと思う。
申し訳なくて俯きかけると、背中にあてられた手に力がこもった。
「楽しいですね」
「!? わ、私もですわ」
「フィオナ嬢とこうして踊れるとは思ってもみませんでした」
「……わ、私もですわ……」
同じ答えしか出てこない。それなのにどうしてか本音を言えている。こんな偶然ってあるの。
私の返答にレイナルド様がくすくすと笑っている気配がする。こんなに近くにいるのに気配しかわからないのは、しっかりお顔が見られないから。
けれど、レイナルド様はそんなことは全然気にされていないご様子だった。
「最近では、もしかしたら、その友人に追い越される日がくるのかもしれない、と少し焦っています」
「!? そ、そんな」
そんなことあるはずがない。思わず大きな声をあげてしまったことに気がついて、慌てて口を噤む。でも、レイナルド様は楽しげながらもしっかりと言葉を紡ぐ。
「先を走って、友人を導いていたつもりが……彼女に頼りきりなのは私のほうだったのかもしれない」
「そんなことありませんわ。わ、私はそのご友人のことは存じ上げませんが……レイナルド殿下は特別に優秀で人望も厚くていらっしゃいます。きっと、そのご友人もレイナルド殿下を目標にされているのでは、と」
ちなみに、憧れではあるものの目標にまではできていませんけれど……!
レイナルド様は音楽に合わせて自然な仕草で私をくるりと回す。心の中で「わぁ」と声を上げかけたものの、何とか踏ん張るとレイナルド様の腕の中で視線がぶつかった。
いつも、特別な魔石のアクアマリンのように見える瞳。こんなに近くにいるのは、初めてのことのような気がする。
本当ならさらに緊張するところだったけれど、ダンスの途中という高揚感でふふっと笑ってしまう。そうしたら、レイナルド様はいつも『フィーネ』の前でする、子どものような笑顔を見せてくださった。
「本当に才能がある人間は一歩踏み出してしまえばすぐです。そんなことは当然のはずなのに、私はすっかり忘れていた。いつまでも側にいたいからだ」
「あ、あの……その方はご友人、なのですよね」
「……ああ。大切な友人です。そして、今、友人の話にかこつけてしようとしたのは、私の決意です」
「決意……?」
「はい」
さっきまで笑っていたとは思えない、意志を感じさせる声色にステップを踏んでいた足が止まってしまった。
私たちの重なった手はさらりと繋がれている。これまでになくくっついているはずなのに、些細な動揺も伝わってこない。
少し前ならさすが王太子殿下だと思っていたけれど、今では、こんなところまでレイナルド様の優しさなのだとわかる。
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