第78話 ローナさんのお手伝い⑤

 一瞬、視界が白くなった。


 白さは一瞬では終わらなかった。チラチラと視界を邪魔してくる光を認識するのと同時に、無邪気に私の加工を褒めてくださるクライド様の声が遠ざかる感じがする。急に身体から力が抜けて、立っていられない。


 そうだ……! すっかり忘れていたけれど、これは光魔法なのだった……!


 前に、アトリエで光魔法を使ってみた時のことを思い出す。光魔法は特別な魔力の消費の仕方をするもののようで、私はあの時、顔色が真っ青になってしまったのだった。きっと、今の私はその時と同じような顔をしている気がする……!


 加えて、皆の注目がこちらに集まりつつあることにも気が付く。どうしよう。ドキドキして呼吸が早くなっていく。


 そんな私を救ってくださったのは、意外な方で。


「……これを」


 あまりの身体の重さに耐えきれず作業机に手をついた私に、椅子が差し出された。反射的にその腕を辿って顔を見ると、そこには気まずそうな顔をしたデイモンさんがいらっしゃった。


「あの、デイモン、さん……?」

「……すごいな。難しい加工を一回で……。随分修行してきたんだろう」

「あの、いえ、あの、」


「悪かったよ。何のことかわからないと思うが……本当にすまなかった。この言葉だけは受け取ってほしい」

「……!」


 このアトリエにいる皆は、きっと「別室で加工したい」と言った私をデイモンさんが引き止めたことへの謝罪と受け取っていると思う。


 けれど、私にはわかる。これは保管庫に閉じ込めたことへの謝罪だ。


 不思議と怒りは湧かない。そんなことよりも、同じ錬金術師としての力を認めてもらえたことへの喜びの方が大きくて、私はただこくこくと頷くしかなかった。


 そのうちに、デイモンさんの後ろの同僚の皆様は青白くなった私の顔に気がついて、少しずつざわざわし始める。


「あの子の顔……魔力が少ないのか」

「だよね。だってアカデミーにいなかったもん。魔力が多い貴族の出じゃないんでしょ」

「魔力が少なくてもあんな加工を……!」

「ローナさんのサポートに指名されるのは当たり前だな。誰だよ、初め無視したの」


 いろいろな勘違いが組み合わさって、なぜか私を称賛する声が広がっていく。待ってどうしてなの……!


 予想外すぎる事態に、椅子に座ったまま俯きかける私へ、レイナルド様が振り返って誇らしげな笑みを見せた。


「同じ錬金術師だ。フィーネにどんな知識と技量と経験があるのかは、言葉をつくすよりもたったひと目見せるほうが圧倒的、か」

「……レイナルド様……」

「これ、ローナに渡してくる」


 そうして、加工を終えたばかりのシルバーウルフの爪を生成中のローナさんのところまで届けてくれた。ありがたい、と力の入らない足を恨めしく見つめる私に、数歩で戻ったレイナルド様は紫色の小瓶を取り出した。


「フィーネ、これを」

「持ち歩いてたのかよ」


 すかさず入れられたクライド様の突っ込みとともに現れたのは、魔力を回復させるポーションだった。厳密に言うと、私のは魔力切れではない。魔力が猛スピードで消費されたため、一時的にフラついているだけだ。


 魔力量に優れた人間なら、きっと使い慣れればこんな症状は出にくくなる。


 けれど、皆の視線が私に集まっている。この場を切り抜けるために、私は紫色の小瓶に入ったポーションをごくごくと飲んだ。


「! あ、おいしいです」

「俺が生成したポーション、フィーネが飲むのは初めてか」

「……!? レイナルド様が!?」


 この部屋がさらにざわついたのは気がつかなかったことにしたいです……!


 最後に加える予定だった素材・シルバーウルフの爪の準備ができたので、メインの作業机ではローナさんの生成が終盤に差し掛かる。


 魔法道具を形作る砂が魔力に煌めいて、幻想的な光景を生み出していた。やっぱり、錬金術ってきれい……!


 皆に混ざってぼうっとそれを見つめる私に、レイナルド様がそっと耳打ちをしてくる。


「フィーネ。さっきまで何か生成してた?」

「……!」


 レイナルド様は、本来私がこれくらいでは魔力切れを起こさないことを知っている。だから不思議に思っているのだろう。けれど、何と答えるべきなのか思い浮かばなくて。


 優しくも何かを探るようなレイナルド様の視線に捉われないようにしながら、私は無言で微笑んだのだった。




 いろいろなことがあったけれど、私が初めてサポートを頼まれたローナさんの新しい魔法道具は完成した。


 翌日、私はその『浮遊式の踏み台』を使って一番に棚の高いところから素材を取る権利を得られた。


 最初だけ少し怖かったけれど、乗り心地は抜群に良くて。細かいところまで研究を重ねたローナさんの試作品に関われたことが本当に幸せに思えた。


 ちなみにミア様は私から踏み台を奪うと、とても楽しそうに乗りこなしていらっしゃった。


 ――とにかく、その適応力の高さを見習いたい。

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