第65話 商業ギルドデート③
アトリエに到着した私は、レイナルド様に向かって頭を下げる。
「レイナルド様。も……申し訳……ありません。私が、迂闊に声をかけたばかりに」
「ううん。フィーネはそんなこと気にしなくていいんだよ」
「でも、あの」
察するに、レイナルド様はあのポーションの生成者が誰なのかを伏せておきたかったのだと思う。それなのに……。
加えて、私はレイナルド様にドキドキしてきちんと会話ができなかったことへのフォローまでさせてしまった。
レイナルド様は王太子殿下なのだ。人目に付く場所で私から話しかけてはいけないことぐらい、いつもはわかっているのに。
凹んでいる私に視線を合わせて、レイナルド様は優しく微笑んだ。
「それよりも……今日のドレス、すごく似合ってるね」
「!? ドッ……ド、ドレスでしょうか……?」
「うん。クライドにすら見せるのがもったいないぐらいだよ」
「……あの、あの……」
「いつもの薬草園の制服や見習い錬金術師の制服もいいけど、とても綺麗だ」
私の失態の話をしていたはずなのに、どうしてこんな話題になったのだろう。
それに、まずフィオナでさえこんな褒め言葉を受けたことはない。ううん、もしかしたらあったかもしれないけれど、それはエスコートをする上での常識的で上品な挨拶がわりの言葉で。
こんな風に真っ直ぐに子どもみたいな言葉で褒められると、頬が熱を持っていく。お世辞だとわかっているのに、うれしさで心が弾んでいるのを隠せなくなる。
そんな私にはおかまいなしに、レイナルド様は続けた。
「約束は夕方からだったけど、もう今から出かけようか」
「えっ? あの、クライド様も一緒に、って」
「適当にどこかで合流すればいいよ。それよりも、フィーネと二人で歩きたいんだけど」
「!」
あまりにも自然に言葉を紡ぐレイナルド様に、私がびっくりしていると。
「……っていうのは、自分勝手すぎるかな?」
気遣うように、でも悪戯っぽく聞いてくる姿を見ると、私はただぶんぶんと頷くしかできなかった。
ということで、私とレイナルド様は約束の時間を待たずに街にやってきていた。
「わ、私……商業ギルドって初めて来ました……!」
初めて訪れる商業ギルドは、想像していたよりもずっと大きかった。レンガ造りの三階建ての建物に、たくさんの人々が溢れていて活気がある。
一階は手続きの内容ごとに分けられた窓口が複数あり、順番待ちの人々が楽しそうに話し込んでいた。
スウィントン魔法伯家のアトリエで私が作っていたポーションは、全部お兄様が裏ルートで流通させてくれていた。だから、こういう場所に来るのは初めてで緊張してしまう。
きょろきょろしていると、背の高い赤毛の男性が話しかけてきた。もちろんレイナルド様に、だった。
「レイ。こっちの個室を使うといい」
「ああ、助かる。……フィーネ、こちらへ」
「は、はいっ!」
ドキドキしながら後をついていくと、二階にある個室に案内された。レイナルド様と男性は楽しげに話し込んでいる。きっと親しい関係……なのだろうな。
レイナルド様はアトリエや錬金術工房だけではなく、商業ギルドやもっとほかの場所にも出入りしているのだろう。それは、家に閉じこもっていた私にはもちろん、きっとアカデミーに通うような貴族令嬢たちには未知の世界で。
月並みな言葉だけれど、自分の地位のほかにいろいろなことを両立させているレイナルド様って、本当にすごいと思う。
赤毛の男性は、私に「ギルド員のジャンだ」と人懐っこい笑顔で挨拶してから、レイナルド様に向き直った。
「魔力空気清浄機の登録、か。レイ、また面白いものを考えたな」
「今回、考えて開発したのはこちらのフィーネ嬢だ。登録は彼女の名前で頼む。後見には俺が」
「書類にはそう書いてあるが……これ、本当に素材とレシピを預けて生産するのか? レイナルドの名前があればすぐに流通させることはできそうだが……正直、もったいないんじゃないか」
「この魔法道具に関しては、利益や研究コストのことは考えずに行きたい。それに勝算もある」
二人の会話に、私は身を縮こまらせる。ジャンさんが言うことはもっともだった。
需要があると確定したわけではないのに、商業ギルド経由でレシピを流通させてしまうのは良くないことだ。
価値が確定していないので利益にならないだけでなく、研究の成果を人に極めて安値で売り渡してしまう結果になりうるし、そしてそれは錬金術師の価値自体を下げることにも繋がる。
……でも。私は勇気を出して口を開く。
「あ……あの。ジャンさん。この魔法道具は、人々の生活に根づくことでこそ本当の効果を発揮すると思うんです」
「確かに、流通したら便利で多くの人が助かる魔法道具だ。しかし……君はまだ研究を始めたばかりなんだろう? もう少し考えた方がいい」
「ジャン」
間に入ろうとしたレイナルド様を遮って、ジャンさんは続ける。
「サンプルとして添付してある魔石の質は、鑑定スキル持ちのレイの折り紙付きだ。研究の成果としては素晴らしいが、いつでもこんなにいい商品ができるわけじゃない。この偶然できた傑作のレシピを安易に売り渡したら絶対に後悔すると思うぞ。それに、周囲に及ぼす影響も考えるべきだ」
暗に、他の錬金術師のためにも安易に技術を安売りしないでほしい、というジャンさんの気持ちはよくわかるし、その通りだと思う。
けれど、私にも譲れないものがある。
「あの、私は……これをたくさんの人に使っていただくことを念頭に置いてつくりました。人々の命を守る知識や研究の結果は、たとえ無償でやり取りされたとしても錬金術師の価値の低下にはつながらない……いいえ、むしろ高めることになるのではないでしょうか」
私の反論に、ジャンさんは少し驚いた様子だった。
「この魔力空気清浄機は君の唯一の傑作になるかもしれない。それでも、そんな風に思えるか?」
「はい。ど、どんなにいいものを作っても、誰かの役に立てないと意味がありませんから」
何とか言い切ると、ジャンさんとレイナルド様の顔色が変わる。ジャンさんは感心したように頷き、レイナルド様はいつものように優しく笑ってくれた。
「商業ギルド職員、ジャン・アンブラー。ということで、この書類を受け取ってくれるね?」
「ああ。……これは参ったな」
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