第66話 商業ギルドデート④

 商業ギルドでの商品登録はあっという間に終わってしまった。それは、申請に係る書類をレイナルド様が全部準備してくださった上、後ろ盾にもなってくださったからで。


 夕食を摂る為に入ったレストランで、私は深々と頭を下げた。


「何から何まで……本当にありがとうございます」

「これぐらいどうってことないよ」

「あの、次からは、」


 自分一人でここに来る、と続けようとした私に、レイナルド様は頬杖をついて仰った。


「一人で商業ギルドに行くとか、そういうのはダメだからね? いくら俺の名前があっても、女の子一人じゃ舐められることがあるかもしれない。書類の作成はいくらでも教えるけど、一人で来るのはダメ」

「はっ……はい」


 そっか。レイナルド様ほどの方になれば、わざわざ商業ギルドまで赴く必要はないのだろう。必要があれば向こうに来てもらうのが当然の方なのだ。


 それなのに私をここまで連れてきてくださった。申し訳なく思いつつ、レイナルド様の優しさに感動していると。


「フィーネは……礼もきれいだけど、考え方も貴族階級のそれだね」

「!」

「一朝一夕には手にできないものだ。だから、俺個人としては本当に素晴らしいと思う。でも、騙されないか心配だ」


 その言い方が、心底穏やかで柔らかくて。さっき、商業ギルドで自分の意見を押し切ってしまったことにドキドキしていた私の心は凪いでいく。


「レイナルド様は……何だか、過保護……ですね」

「そう? もしかしたら、弟妹がいるせいかな」

「あ……とても納得しました。だからレイナルド様は、本当にお優しくて面倒見がよいのですね……!」


 レイナルド様のごきょうだい……王子殿下と王女殿下のお顔を思い浮かべた私に、レイナルド様は拗ねたように仰った。


「……でも、そこまで言われるほどのつもりはないんだけどな」

「いいえ。私、レイナルド様には本当に感謝しています。それに、何でも知っているし、難しそうなことでも簡単にこなしてしまうし、誰にでも優しいし……、本当にすごいと思います。私がこんな風に変われたのは……レイナルド様のおかげなんです」


「あはは。すごい褒め言葉だね」

「あの、本当のことです……!」


「フィーネがそんな風にたくさん話して褒めてくれると、ぐっとくるものがあるな」

「わ、私は真面目に……!」


 けらけらと笑って真面目に取り合ってくれないレイナルド様だったけれど、急に真剣な顔をして私の耳元に唇を寄せる。ほんの少し近づいただけなのに、心臓が跳ねた。


「一つだけ間違いがあるよ、フィーネ」

「……っ、あの、……?」


「誰にでも優しい、だけは違う」


「!」


 囁き声に近いはずなのに、低く甘い響きが、いつまでも耳の中に残る。


 たぶん今私の顔は真っ赤に染まっていると思う。確かに、レイナルド様は『フィオナ』にとんでもなくお優しかった。アカデミーのトラブルを収め、原因となったエイベル様が私に近づくことがないよう、立ち回ってくださった。


 でも。レイナルド様は『フィオナ』以上に私に優しくしてくださっているように思えてしまう。そう思ったら、周囲のざわめきが聞こえなくなって、息が詰まる。


「……フィーネさ、」


 レイナルド様が何かを言いかけたところで、呆れたような声がした。


「……ねえ、何やってんの?」


 それは、遅れて合流することになっていたクライド様だった。話の続きが聞けなくて少し残念なような、ホッとしたような、不思議な気持ちに包まれる。


「……クライド。早かったな」

「うん? お腹空いてたし? ……つーか、レイナルドもフィーネちゃんも、こんな人目のあるところで、二人で顔を寄せ合って話してちゃダメじゃん?」


「も……申し訳、」


 そ……そうだった! つい、いつもと同じアトリエにいるような気持ちでお話ししていたけれど、普通にここは人目のあるレストランだった。


 周囲の気配を探ってみると、微妙に私たちに注目している人がいる気がする。当然だ。レイナルド様のお顔はよく知られているのだから。


 言葉に詰まってしまった私と面倒そうにため息をつくレイナルド様の間に、クライド様はずいと割って入り、席につく。そして、慣れた様子で自分の飲み物を注文した。


「フィーネちゃん。レイナルドは名門のご令嬢から王宮の工房勤めの錬金術師まで、幅広く人気なんだよ? それに、フィーネちゃんのほうだって、工房での評判が上がり始めてる。もっと気をつけないと」

「はっ……はい! クライド様、ご、ご心配をおかけして申し訳ございません」


 私の評判が上がり始めていることがどんなことに繋がるのかはわからないけれど、とにかく軽率な行動をとった自覚はある。申し訳なくて、頭を下げようとした私のおでこをレイナルド様が優しく支えて止めた。


「……!?」


「フィーネは何も悪くないだろう。ただ、俺がフィーネと二人で出かけたかっただけで」

「えー? 俺だってフィーネちゃんとレイナルドと出かけたかったし? 仲間外れ、これ?」

「もういい、クライドは黙れ」


 そして、クライド様の楽しげな会話の後で、レイナルド様は私に告げてきた。


「……確かに、今のは俺が悪かった。……フィーネ、ごめんな」

「いっ……いいえ、そんな! でも……私、今日はとても楽しかったです……!」


 微笑み合う私たちに、クライド様がまたため息をつく。


「ねー? そういうの。そういうのだかんね?」

「クライドもこう言ってるし、そろそろ時間も遅くなる。食事を適当に済ませたら帰ろうか」

「え? 俺今来たばっかりなんだけど?」


 レイナルド様とクライド様は本当に仲がいい。レイナルド様とのお出かけに少しだけ固くなっていた私は、緊張が解けてホッとする。


 そのうちに、テーブルの上にはたくさんの料理が運ばれてくる。


 お肉と野菜の串焼きからは、私が大好きなハーブとスパイスの香りが漂う。大きなキノコの中にチーズを詰めてベーコンで巻き炙った料理は、王宮の厨房でもよく作られている食べなれたメニューで。


「お……おいしいです。お肉も柔らかいし、ブレンドされたハーブがいい香りで……これって何のハーブを使っているのでしょうか」


「ああ、効能3のセージとケッパーが使われてるね。フルールソースで隠れてるからわかりにくいのかもしれない」

「うっわ。鑑定スキル持ち、最強すぎん?」


 私たちは料理を囲んでとても楽しい時間を過ごした。




 ――だから、このお出かけが、私の立場を変えていくことに繋がるなんて思いもしなかったのだ。

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