第35話 友人たちとの和解②

「ジュ……ジュリア様、ドロシー様。遅くなってしまいましたが、王立アカデミーのご卒業、おめでとうございます」


 私がお祝いの言葉を伝えると、二人は目を潤ませた。


「フィオナ様……」

「私たちは、フィオナ様からそのような言葉をいただける立場では」


 懐かしい二人の姿にアカデミー時代の想い出が蘇る。この一年間はアカデミーでのことを思うと、動悸がして手が冷たくなり、唇が震えて最後には目の前が真っ白になった。


 でも、最近はそんなことはなくて。フィーネとして薬草園で働けていること、レイナルド様やクライド様という友人ができたことが私の自信になっているのだと思う。


 だから、こうしてお二人の前に出る勇気が出た。


「……あ、あの、入学してからの二年間を一緒に楽しく過ごせたこと、私にとってはとても素敵な思い出です」


 私の言葉に、ドロシー様が一歩出る。


「私たち……ミア様からは、フィオナ様が私たち二人と距離を置きたがっていると聞いていました」

「ドロシー様の仰る通りで……私は魔法史の課題をいつもフィオナ様に教えていただいていましたし……スウィントン魔法伯家の方にとんでもない甘え方をして嫌われていたのでは、と……。ですから、ミア様に『フィオナ様のことを考えて離れてあげてほしい』と言われたとき、はっきり突っぱねることができなかったのです」


 ドロシー様、ジュリア様の仰ることは何の違和感もなく理解ができた。お二人は優しくて誠実なご令嬢方で。『スウィントン魔法伯家』の私がアカデミーの実技で何の才能も示せなくても、深く追求したり話題にしたりは絶対になかった。


 だから、ミア様から『フィオナ』がジュリア様とドロシー様を煙たがっていると聞いたら、それをそのまま受け止めて心を痛めたのだろう。


 騙すような人に出会ってこなければ、誰かを疑うことはない。


 私だって、あの日婚約破棄をされるまでは、エイベル様やミア様を含めた全員を信じ切っていたのだから。


 やっと確信が持てた私は、昨夜、寮の部屋で何度も反芻した言葉を口にする。


「ジュリア様、ドロシー様……あの。私と。わた……私とまた、お友達として仲良くしていただけませんか……!」

「もちろんですわ、フィオナ様!」

「私たちも、ずっとフィオナ様とお友達に戻りたいと思っておりました……!」


 二人の言葉に、目頭がじわりと熱くなる。


 よかった。アカデミーで私にとって大切な友人だったお二人は、私のことを同じように想ってくださっていたらしい。それが本当にうれしくて、涙が零れた。


 私たちの関係が拗れてしまったのは、婚約破棄の現場で使われた魅了の効果を持つハーブが原因ではなかった。そのずっと前から、じわじわと用意周到に仕組まれていたことが原因で。


 こうして、レイナルド様が間に入って下さらなかったら元に戻ることはなかったのだと思う。


「三人の間の誤解が解けたようですね」


 レイナルド様はそうおっしゃると、壁際で控えていたメイドに視線を送る。すると、ティーセットとお茶菓子が運ばれてきた。


 お茶なら、既に人数分サーブされている。なぜ、と首を傾げる私にクライド様がにこりと笑った。


「俺たちはここで失礼するね? 三人で久しぶりのお茶を楽しんで、っていうレイナルド殿下からの気遣いだよ」

「フィオナ嬢、気兼ねすることはありません。ゆっくりお過ごしになってください」


 私たちを満足げに見回した後、レイナルド様はクライド様を引き連れてサロンを出て行く。


 ジュリア様とドロシー様は貴族令嬢らしく、美しい淑女の礼をして見送っている。でも私は。どうしよう。きちんと、言葉でお礼を伝えたい。


 そう思ったら、一歩踏み出していた。この前のレイナルド殿下との面会では足が動かなかった私だけれど、今はあの感覚が嘘みたいに身体が軽い。


「あの」

「……フィオナ嬢? どうかされましたか」


 扉まで追いかけてきた私に、レイナルド様はとても驚いていらっしゃる。隣にいるクライド様も『大丈夫?』という感じの視線を私にくださっている。


「あの……レイナルド殿下、今日は本当にありがとうございました」

「この前、私はあなたの助けになりたいとお伝えしました。当然のことをしたまでです」

「ぜひ、お礼をさせてください。あの、」


 そうだ。刺繍入りのハンカチを送ろう。貴族令嬢からのご挨拶の品として定番のハンカチを。


「その表情が見られただけで、私は十分にお礼を受け取っています」

「!」


 そう仰るレイナルド様の声色はとんでもなく甘くて。後ろのほうで、ジュリア様とドロシー様の小さな悲鳴が聞こえる。きっと、この後はレイナルド様との関係を根掘り葉掘り聞かれることになりそう。上品なお二人だけれど、恋の話だけは別なのだ。


 耳まで真っ赤に染まってしまって言葉を紡げない私に、レイナルド様はとろけるような微笑みを浮かべて聞いてくる。


「もしお礼を、と思ってくださるのなら……次はどこかにお誘いしてもいいでしょうか」


 しまった。


 二回目で終わりにするつもりだったのに、やってしまった。

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