第26話 婚約破棄の秘密と魔石の加工②

 夕暮れのアトリエには幸せが満ちる。


 今日も、風に乗って厨房から流れてくる夕食の匂いと、傾いたお日様と、鮮明な草木の香りが混ざって、のんびりした至福の時間が流れ……てはいなかった。


「本当についてきたんだな。でも勤務時間外だから帰れ」

「何言ってんの。王太子殿下をこんなところで女の子と二人きりにしておくわけには行かないでしょ? ね、フィーネちゃん」

「あ……あ、あの……」

「フィーネは何も答えなくていいよ。そっちで作業してて」


 レイナルド様とクライド様の会話に、私はもうどうしたらいいのかわからない。とりあえず言われた通り、フラスコに素材を詰め込んで無心で上級ポーションを作ることにした。


 このアトリエには大釜もあるから、それを使えば大量に生成できなくもない。けれど、上級ポーションにするには大量の魔力が必要だし、何よりも全体の質を均一に保つのが大変で。今のところはフラスコを使って数回分のポーションを作ることにしている。


 熱したフラスコに私が魔力を込めるのを、少し離れた場所からクライド様が見つめているのがわかった。


「……フィーネちゃんって、本当に錬金術が得意なんだ。正直、信じられないんだけど?」

「誰にも言うなよ。フィーネの周囲を騒がしくさせたくない」

「わかってるって」


 クライド様にとっては『フィオナ』が錬金術を使っているのだから当然のことだった。


 王立アカデミーでの私は、スウィントン魔法伯家生まれとして知識には優れていたものの、実技はまるっきりダメだったので仕方がない。


 ところでこの国では、何もない場所からつくりだすのが魔法、素材を元に生成するのが錬金術とされている。


 私には魔法が使えるけれど、呪文を口にしなくては精霊は反応しない。だから魔法にはならなくて、錬金術師でいられる。


 けれど錬金術を行うとき、魔力が少し特別な反応の仕方をしている気がする。その結果、優れた生成ができる。――お兄様と検証した結果はこんな感じだった。


 私がフラスコに魔力を注ぎ終え加熱ランプの火を消すと、クライド様は感心したように言う。 


「なんか……めちゃくちゃ澄んでてきれいじゃない? 俺がよく知ってるやつとなんか違うんだけど」

「時間を置いて完成したら鑑定するけど、効果もすごいよ? 問題は味だけだよね、フィーネ?」

「ごっ……ごごごごごめんなさい……」


 そうだった。ポーションが完成したら味も鑑定してもらおう。思い出した私は研究ノートに今日のことを書き記していく。


「フィーネちゃんが作るポーションって、レイナルドが見てもレベル高いのか……」


 クライド様は驚きを通り越して何か異質なものを見るような目でこちらを凝視している気がする。お願いだから、そんな目で見るのはやめてほしいです。


 その視線を遮るようにしてレイナルド様は私の隣に座り、昨日も見た小さな箱を取り出した。


「クライドのことは気にしなくていいんだけどさ。俺はね、この浄化装置を改良したくて」

「き……きき、昨日のレストランで使っていたものですよね。た、確かに、より効果を強力にできたら便利ですね……」

「水晶の粉やハーブはいいとして、問題は魔石だ。より大きな動力源として使えるよう、さらに強力な加工をする必要がある」

「あ……」


 確かに、この魔石の加工は割と大変だった。魔力を注いでも注いでも無尽蔵に吸収されて消えて行ってしまうのだ。


 ほかの魔法道具に使われる魔石ではそんなことにならないので、単純に浄化との相性が悪いのだという結論に達した。それで、私は中に魔法で核のようなものをつくり、そこに魔力を注いだのだったけれど……。


「で……できなくはない気がしますが……」


 濃い紫色の魔石を指でつまんで、私は夕日に透かす。たぶん、核を大きくすれば魔力はさらに注ぎ込める。それに、鑑定スキル持ちのレイナルド様がこの魔石の加工方法に気がついていないということは、魔法を使ってもばれない。


 問題はこの魔石の加工をしたのが私だとわかってしまうことだけ。けれど、いわゆる特効薬扱いのポーションを作っていたのが私だと知っているレイナルド様は、何か察している気がする。


「フィーネなら加工ができる?」

「あ……あの」

「これ、依頼先の人も誰が加工したか教えてくれなかったんだよね」


 あ、これは絶対に感付いていらっしゃる。


 どうしようか迷っていると、離れた場所で私たちの会話を見守っていたクライド様が近づいてきた。


「そういえば、これってレイナルドがどっかの錬金術師ギルドに開発を依頼した魔法道具だっけ」

「ああ。ちょうど去年の今頃だな。昨日のレストランのことを考えても、もっと流通させるべきだと思う」


 ……去年の今頃。そういえばそうだった。表情を曇らせた私には気がつかずに、レイナルド様は私に向けて教えてくださる。


「俺たちはその頃王立アカデミーに通っていたんだけど、そこで大きなトラブルがあったんだ。それをきっかけに開発を依頼した」

「お、王立アカデミーでトラブル……でしょうか」


 胸の奥がすうっと冷えていく感覚に、私は手をぎゅっと握った。


 同時に、昨日覚えた違和感が蘇る。


 ――そうだ。どうして私はあの甘ったるい香りを知識としてしか思い出さなかったのだろう。


 私は、あの甘さを人がたくさんいるところで嗅いだことがある。だって、あの香りは。


「そう。誰かがアカデミーで魅了の効果を持つハーブを焚いたんだ」

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