第25話 婚約破棄の秘密と魔石の加工①
次の日。私はぼうっとしながら薬草園の草たちに囲まれていた。
「お……落ち着く……よかったわ、配属先がここで」
ラベンダーをくんくんと嗅いで、ふー、と息を吐く。ここで働けるように手を回してくださったお兄様には感謝しかない。
昨夜はあまり眠れなかった。
――クライド様が私がフィオナだということを内緒にしてくれるのはありがたいけれど、私は上手く立ち回れるの?
そんなことを考えていたら、朝になっていたのだ。
昨日、馬車を降りた時点では、今日はレイナルド様のアトリエに行って上級ポーションを作るはずだった。
食に興味を持つようになったら、『味1』がどんなふうに変わっていくのかを知りたくて。
もちろん、一度食事に出かけたからと言っていきなり変わるはずはないけれど、きちんと毎回ノートに記録したい。
……と思っていたのに、今の私には元気が足りなかった。
「あなた、工房付きのメイドも務めることになったんでしょう? ちょうどよかった。これお願いね」
そして、なぜか私の背後にはふんぞり返るミア様がいらっしゃる。
どうしてこんな日に限ってくるの……。
昨日、クライド様に素顔を見られてしまった私は、何となく帽子のつばを下げて顔が見えないようにする。認識阻害ポーションはきちんと飲んでいるけれど、ドキドキしてしまう。
答えない私に、ミア様はまたカゴをずいと押し付けた。
「今日はあなたが薬草園勤務の日でよかったわ。先輩には種類やレベルを見分けるために資料を持っていけって言われたけど、面倒なんだもの」
「……」
そういえば前回ミア様にこうやって採取を頼まれたとき、一番いい質のものを選んだら上の方にばれてしまったのだった。ミア様がこんなに見分けられるはずがない、って。
そのことを思い出した私は、念のため確認する。
「わ、わわ私が……採取してもよろしいのでしょうか……」
「ええ、もちろんよ。午後からの
「は……はは、はい」
私はふらふらと立ち上がってカゴを受け取りお辞儀をすると、ぱたぱたと温室へと走ったのだった。
◇◇◇
時間をかけてミア様にぴったりの薬草を採取してきた私を待っていたのは、剣呑な視線だった。
「今回もまた遅くない? あなた、本当に工房からお誘いが来るほどのメイドなの?」
「あの……一応は」
「あら、でも今回もちゃんと採取してくれたみたいね。なんだか合っている気がするわ!」
私は何も言わずにこくりと頷く。とにかく早く帰って欲しい。そこに、遠くからネイトさんの声が聞こえてくる。
「フィーネ、休憩は……ってあー! またお前か!」
「やだっ、大変。じゃあね!」
それと同時に、ミア様は駆け出す。あっという間に白いローブをひらひらさせていなくなってしまった。律義に挨拶をしていくところは憎めないと思う。
ミア様の後ろ姿を眺めていたら、ふと昨日のレストランで嗅いだ香りが脳裏によみがえった。
あの甘ったるい香りを私は知っている。知識としてはもちろんだけれど、実際にどこかで嗅いだことがある……。けれどどうしても思い出せなくて、もやもやする。
悩んでいると、足元から声がした。
「フィーネは優しすぎるんじゃないか」
「……! レイナルド、様」
私の足元にしゃがみ込んで薬草の香りを嗅いでいるのはレイナルド様だった。さっきまでは全く気配がなかったのに、いつの間に。
「今の、絶対フィーネがいるって知っていて来ているだろ、あれ」
「わ……わわわわわかっています。だ、だから私も……今日は紙に書いてあった5種類の薬草のうち、4つを間違えた上で質も最低ランクのものにしておきました。彼女が採取したと報告するのにふさわしい内容に……」
そう告げると、レイナルド様はプッと吹き出す。
「えらい。意外とちゃっかりしてるね、フィーネは。……そして、見習い錬金術師のレベルについて随分詳しいんだ?」
「あ……あの」
言葉に詰まる。そうだった。『フィーネ』はミア様の魔力量や知識について知っているはずがないのだ。
私がミア様について詳しいのは、王立アカデミーで錬金術の実技をサポートしていたからこそで。
何と答えようか戸惑っているうちにレイナルド様が立ち上がって、私に影ができた。青い輝きを帯びた髪が太陽の光を浴びてとても美しく、つい見とれてしまいそうになる。
「……フィーネ。今日の仕事は日が暮れるまで? その後、アトリエに来る?」
レイナルド様は、私が言葉に詰まったときゆっくり待ってくれる。そして、私が答えにくそうにしているときはそれ以上踏み込まない。
そんな柔らかな彼の物腰に、私はとても救われていると思う。
「できれば伺いたいのですが……」
「それなら相談したいことがあるんだ。携帯式の浄化装置の改良についてなんだけど。もう少し強力に出来ないかなって」
「! うっ……伺います……!」
この浄化装置に関して私が関わったのは魔石の加工に関してだけで。加えて、寮の狭い部屋では設計図を使った魔法道具を生成することはどうしても難しい。楽しそうなお話に、さっきまでの憂鬱が吹き飛んだ。
「そういえば、今度からクライドもアトリエに来るって。あそこでフィーネと研究をしていることを感付かれたな」
「……クライド様が」
持ち直したのは一瞬で、背中を冷たいものが流れていく。
「そう。昨日、クライドになんか言われなかった? フィーネのことを困らせてない?」
「そ……そのようなことは……あの、ハ、ハンカチを受け取っただけです」
「そっか。それならいいんだけど。……じゃあ後でね、フィーネ」
軽く微笑んで、レイナルド様は執務室へと戻って行った。
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