ぼっちに人を集めろと言うのか

 私は弟子のお願いを断るほど薄情な師匠じゃないからな。とラインは鼻の穴を大きくして笑った。俺としては非常にありがたいのだが、そんな詳細を聞かずに即断即決しても良いのだろうか。いつか悪い人に騙されたりしないだろうかと心配になる。



 俺はまるで幼子でも相手にするかのように、「知らない人にはついてっちゃ駄目だよ」と言った。普通に蹴られた。それでも手加減してくれたのかあまり痛くなかったけど。



「あまり私を馬鹿にするなよ。これでもポチより歳上なんだぞ」

「……ハァ、そっすね」

「何だその反応は」



 だって純真無垢すぎるし……。

 全然納得できていませんという雰囲気を醸しながら頷いた。彼女はしばらく不満そうに腕を組んでいたが、目を瞬かせると首を傾げる。



「その戦争って私とポチだけで何とかなる規模なのか?」

「………………無理、ですかね」



 いやどうだろう。ラインが本気出したら何とかなる気もする。彼女の本気を見たことがないから、正確なことは言えないが。でもラインだったら大地とか海くらいなら割りそうじゃない? だってよ……拳聖なんだぜ?



「じゃあもっと人呼ばないとな」

「アッアッアッ」

「どうした急に」



 突然オットセイみたいな声を出した俺にラインは不思議そうに口を開いた。



「その、知り合いがですね……」

「いないって?」



 それはそうなんだけど他人に言われると、どうしてこう心に来るのだろう。普段から自分には知り合いがいないと自負して生きているのに、たまにこうやって奇襲してきやがる。これがコミュ障ぼっちの悲しい運命か。



 俺は既に風前の灯を超えて、台風の中の蝋燭のようにギリギリのプライドを守るため、その後を告げずに考えることにした。案外誰か頼れそうな人を思いつくかもしれない。



「……あ」



 そうやって腕を組む事三分。返事がないことに違和感を覚えたのであろうラインが、眼前で手を振ったり謎の踊りをしているところを無視し、思いついた。

 知り合いと言うには十分。しかし戦いに巻き込めるかというと難しい、そんな微妙な立ち位置の人。



 おやっさんである。



 錬金術をするための魔法の釜を作ってくれたイケオジ。オタクに優しい鍛冶職人さん。彼を形容する言葉は多数あるが、とにかく優しいということに尽きる。

 だって俺みたいな陰キャコミュ障に付き合ってくれるんだぜ? それだけでも現代のイエス・キリストみたいなもんだよな。自分で言うのもなんだけど。涙出てきちゃう。



「思いついたみたいだな」

「えぇ」



 ちょっと直接的な戦闘は難しいから、裏方を手伝ってもらうことになると思う。そもそも手伝ってもらえるかどうかが怪しいということからは目を逸らして。とにかく頼れる先は見つかった。やっぱり持つべきは優しい親父さんだよなぁ!



「行ってきます」



 俺はひらひらと手を振るラインに告げて邸宅を出た。目指すはいつかの工房。初めてのクエストをクリアした思い出の場所だ。

 普段通り影に徹し、誰かとぶつからないように歩く。あまりにも慣れた動き。もはや全日本陰キャ歩行選手権準優勝レベルまである。



 ということで到着したおやっさんの工房。そこは、炉の中に熱い火が燃えたぎる、まさしく鍛冶師の工房といった場所だった。何度来ても同じような感想しか生まれないのは、俺がボキャブラリーに乏しいからか、それとも人生経験が少ないせいで感受性が低いからか。



「よぉ坊主。久し振りだな」

「あっ、そっすね」



 最近濃い時間を送っているから忘れていたが、確かに彼と会うのは久しぶりかもしれない。あれ、これ菓子折りとか持ってきたほうが良かったかしら。そんなものが売ってるのか知らんけど。お金あんまり持ってないし。



「で、なにしに来たんだ?」



 おやっさんは炉の中に鉄の棒を突っ込んで、なにかを作っているようだった。皺を深く刻んだ額に汗が滲んでいる。そこから伝わる熱が俺にも及んで、ローブの下がじっとりとし始めた。

 さらりと姿勢を正して頼み込むポーズ。限りなく土下座に近いなにかである。流石にこれには彼もびっくりしたようで、目を丸くしてこちらを見ていた。



「ち、力を貸し、貸していただけないでしょうかぁ……!」

「良いぞ」



 あ、やっぱり駄目ですよね。そりゃそうだよ俺との関係は客と店主みたいなもんだしぼっちだし喋るの下手だしそんな手を貸してって言ってすぐにハイって答えてくれるなんてありえないよねって……え?



 今「良いぞ」って言った??



「え、そ、そんな簡単に……」

「なんだ俺の力は要らないのか?」

「いえいえいえとんでもない! おやっさんの力があれば千人力ですぅ!」



 もしかして俺の周りって究極の善人しかいない? 土下座っぽいことをしていたとはいえ、助けを求められてホイホイ快諾するなんて……しかも内容も聞かずに。あったけぇなぁ。ぽっかぽかだよ。その様カイロの如く。俺たち本当は親友だったのでは……? 不安になってきた。



 おやっさんに最敬礼を披露しながら手伝ってもらう内容を説明した。ちょっと戦争に手を貸してもらうだけ。もちろん正面切って戦ってもらおうなんて思っていませんよ。戦争が始まる前にアイテムとか作ってもらえたりしたらなぁ……と思って。



 なんて身振り手振りで頑張っていたところに、騒がしい闖入者が現れた。



「ハッハッハァ! 話は聞かせてもらった! 私も手伝おう!!」

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