敵討ち

 宙を舞うドク。

 そして先程感じた衝撃から考えるに、きっとドクが俺のことを奴の攻撃から助けてくれたのだろう。俺は死んでもリスポーンするだけだから問題ないと言うのに、わざわざ。



「………………」



 元々ドクはこの戦いに参加してなかった。

 最初の体当たりが通用しなかった時点で戦意を喪失し、まるで映画鑑賞をするかのように墓石でふんぞり返っていたのだ。

 ならばそのまま最期まで見送ればいいのに、干渉した。



「……そりゃ、お前を恨むってのもお門違いだけどさぁ」



 俺はドクに吹き飛ばされて――手加減でもしてくれたのか、ダメージを負うことはなかった――ついていた尻もちから脱却するために手をつくと、ゆったりと起き上がる。

 ぼー、としながら空を見上げると、視界の隅にポリゴンが舞い踊っていた。

 奴の攻撃はこちらからのものは無効化されるくせに、あちらからのものは普通に当たるという理不尽なもの。おそらく、そういうことだろう。



『uaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa』



 当然ながら奴の言葉など理解できないが、翻訳すると「次はお前だ」あたりだろうか?

 やけに落ち着いた心情の中、【久遠の亡霊】の方へ目をやると、悪辣さを隠そうともせずにニタニタと笑っていた……気がした。



 俺はそれに反応することなく、手元の杖に視線を落とす。

 ロウが変身したそれは、一見ただの変哲もない杖だ。そこらへんにあるような木の棒を切り出したもので、それ自体に何らかの効果があるわけでもない。

 しかし、今は何かをこらえるかのように小刻みに振動している。もしかしたら仲間が殺されたことによる恐怖かもしれないし、もしくは怒りなのかもしれない。ただ、どちらにせよロウがこの戦いから逃げようとしていないことは確かだった。



「次は俺……それ、ほんとにそう思ってる?」



『uaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!』



 その通りだ!!! とでも吠えているのか。

 一方的なコミュニケーションしか取れないが、随分と張り切っている様子の奴に言うとしたら。



「馬鹿じゃねぇの。次はお前だよ」



 捻り潰してやる。



 ◇



 攻める、攻める、攻める。

 回避は最小限で。今も俺の頭を狙っている奴の触手らしきもの――なんか攻撃し続けていたら身体から生えてきた――を首を傾けることで躱すと、手首を返して杖を操り、それに打撃を与えた。



『uaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!?』



「…………剣とか使ってみたいなぁ」



 そしたらこいつの薄気味悪い触手を切り飛ばすことが出来るのに。



 なんて事を呟いたら、ロウがブルブルと震え始める。

 安心して、別に浮気するわけじゃないから、と眼の前の敵を放置して杖を撫でると、「じゃあ許してやるか」とでも言うかのようにその動きを止めた。



 不思議なくらい冷静だ。奴の攻撃は全て見えるし、動きは遅いのに当たる気もしない。ずっと戦い続けていたことで、動きを見切ったとかいうやつだろうか。

 相手の頭上に表示されているHPバーは残り一割ほど。対して俺のものは一ミリたりとも減っていない。

 まぁ一撃でも食らった時点でアウトだから当たり前なんだけど。



【久遠の亡霊】が魔法らしき攻撃をしてくるような事前動作を見せると、俺はそれに対処するために杖を構えた。



 空間系の能力で攻撃するにはどうしたら良いだろうか?

 よく見るのは空間を切断して、その空間に位置したものも一緒にばっさり行くやつ。もしも【久遠の亡霊】がそんな攻撃をしてきたとしたら、感知系のスキルを一つも持っていない俺では詰みだ。なのでそれはないものとする。

 


 次に考えられるのは、空間を操る能力自体を攻撃に使うのではなく、間接的に用いる、つまり――。



「今まで通りの、テレポート!」



『uaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?』



 突如後ろに現れたやつに対して、しかし動揺することなくカウンター気味の杖を叩き込む。

 これまでも何度か同じやり取りをしていると言うのに、未だに学習しないのかもろに食らった。

 まぁ学習するほどのAIを積んでないのかもしれないけど。それだったら俺が有利になるから助かるな。



「ドクは死んでも生き返る! ……よな? 大丈夫かな、不安になってきた。………………とりあえず! ドクは生き返る! だからお前に倒されたのは正直問題ない。だけど。俺なんかの仲間になってくれた奴を倒されて、我慢しろって言うのはちょっと無理があるよなぁ!?」



 空中でとどまっている【久遠の亡霊】。おそらくスタン状態にでもなったのだろう。頭上にそれらしき状態異常マークが出現していた。

 勿論その隙を見逃すことなく、俺はロウを用いて連撃を叩き込んでいく。

 一番使い慣れた攻撃手段はラインに教え込まれた「拳」だが、それについで使えるのは初期の方に使っていた「杖」だ。これは体系的に学んだことはないが、高い器用さでなんとか形になっている。



 杖をまるで剣のように見立てる。

 腹で斬って(当然切断など出来ていない)、槍のように貫いて(当然貫通など出来ていない)、杖のように殴る!(これは出来ている)



 休む暇も与えない攻撃の嵐。これまでの戦いで削れていたHPが、どんどんと砂時計の砂が落ちるように減っていく。

 亡霊だと言うのに死が怖いとでも言うのか、甲高い耳障りな声を上げて抵抗しようとする。だが俺は蹴りでもってその抵抗を抑え込み、好感度を犠牲にロウで攻撃をし続ける。

 ごめんねロウ。後で何かプレゼントするから……!



「だからお前は、これで終わりだあああああああああああああああああ!!!!!!!!」



『uaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?』



 最後、一ミリほど残ったHP。

 俺は切れかけた体力を振り絞って、奴の体の中心に杖を叩き込んだ。

 目を見開いてHPバーを睨みつける。攻撃した瞬間に停止した【久遠の亡霊】。

 両者の間に生々しい気持ちの悪い風が吹き、思わずつばを飲み込んでしまう。



 頼むから、これ以上なにかするなよ……!



 その願いが天に届いたのか、奴の身体の端がポリゴンと化していく。

 キラキラとしたそれが目に入ってきたら、不思議と全身から力が抜けてしまった。座り込んだあとに(あ、地面汚いかな)とか思ったが、別に現実じゃないからいいかと思い直した。



「ああああああああああああああ………………勝ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」



 ドク、敵は取ったぞ。

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