悪役

 二日目の夜。

 窮地に陥っていた。



 死んでしまうかもしれない。

 俺は全力で逃走しながら、過去の自分を恨む。



 ――木人間ですか? 余裕ですよ(笑)。負ける姿が想像できませんね。



 とか思っていた過去の俺。申し訳ないが死んでくれ。

【反撃】を使って調子に乗っていたのだが、木人間が強くなってきて戦闘時間が長期化。

 体力が尽きて相手の攻撃がかすり始めてしまい、それだけでHPが半分持ってかれた。



「……ッ」



 シュッ、と音を立てて唸る拳を上体をそらして躱し、カウンターでサマーソルトキックをお見舞いする。

【反撃】の発動条件が揃い、普段の俺では信じられない威力が出た。



「うばあぁぁぁぁぁぁあ!!?」



 痛みに悶える木人間。

 気のせいか、強くなるに連れて知恵も上がっているように見える。

 こちらを睨みつける穴の奥には、まだできたばかりの頭脳が覗いている……ような気が。



 喋り方も上手くなっているような気がするし、最終的には話し出すんじゃないか? あいつ。



「――喰らえ!」



 伝家の宝刀、爆発ポーション。

 属性相性は知らないが、あいつにはこれが滅法効く。

 ぶつかれば最後、大炎上してさようならさ。



 全身の力を利用して、ポーションを投擲する。

 それは空気を切りながら放物線を描き、回避しようとしていた木人間に直撃した。

 馬鹿め、俺が素直に投げると思ったか?

 偏差撃ちもとい偏差投げをするに決まっているじゃないか!



「フハハハハハハハ! 勝ったな、風呂入ってくる!」



「うぼぁぁおぁおぁおあぁあおあぉあ!」



 炎上する木人間を見ながら、哄笑する俺。

 一見するとこちら側が悪役のように見えるかもしれないが、それは気のせいだ。

 こちらが正義、俺こそが正義なのだ。

 


「……ん?」



 戦争終了を確信し、そろそろティータイムにでもしようかと紅茶を出現させていると、木人間が普段とは違う挙動をし始めた。

 まるで火を消そうとでも言うかのように、体を地面に擦り付ける。

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。

 あまりにもその勢いが強くて、砂埃が舞う。



 もくもくもく。



 ついには木人間の姿が見えなくなってしまった。

 そして俺はそんな光景を見て、思わず“あのセリフ”を呟いてしまう。



「――やったか?」



「うぼぉぉぉぉおおおおぉぉぉぁああああああああああ!!!!!!」



「ですよねー!?」



 当然のことながら、奴は生きていた。

 正確には、『生存フラグ』を立ててしまったので生き返ったのだろう。

 いや、あってるか知らないけど。多分そうでしょ(適当)。



 黒焦げになってはいるものの、未だ健在な木人間。

 しかし俺にはわかる。あれは強がり的なやつだ。

 その証拠に、彼奴のHPバーは残り僅かしかない。

 最後の力を振り絞って、こちらを倒そうとしているのだろう。



「無駄無駄無駄ァ! 貴様はここで死ぬ運命さだめなのだよぉ!」



 爆発ポーションを出現させます。

 投げます。

 当たります。

 爆発します。

 ポリゴンになります。



「勝ったッ! 第三部完!」



 クハハハハハハハハハハハハハハ!



「……なんだろうな、私にはポチのほうが悪いように見えるよ。ほら、見てみな。精霊が泣いてる……」



「きゅー…………」



「しくしくしくしく。ひっく、酷いです……」



「……その、何だ、ごめんな? でもあと一ヶ月位我慢してくれ」



「……………………」



 何かラインたちが話しているが、興奮している俺の耳には一切入らなかった。
























 一週間目。

 修行を開始してから、既に七日が経過した。

 俺は日に日に強くなる木人間を相手にしながら、自分の技術が急激な勢いで習熟していくのを自覚していた。



「……て、やぁ!」



 木人間の拳を躱し、脇に抱える。

 そのまま投げようとするが、当然俺のステータスではこいつを持ち上げることもできない。

 なので、相手の勢いを利用して転ばせ、地面に叩きつけた。



「……うぼぁ!」



 大きく音を立てて地面に埋まる木人間。

 ちょっと前まではここまでじゃなかったのだが、最近ステータスの上昇が激しく、【反撃】に上乗せされるステータスまでもが強化され、攻撃の破壊力が上がっていた。



「そのまま火葬!」



 俺はアイテムボックスから爆発ポーションを取り出し、ポイッと放り投げた。



 爆発。

 炎上。

 ポリゴン化。



 もう随分と繰り返した作業だ。

 既に俺は職人の域に達しつつある。

 将来の夢は人間国宝です。吸血鬼だけど。



「はぁ……はぁ……、やっと勝てた……!」



 疲れた体を癒やすため、地面に大の字になって寝転んだ。

 実はあの戦い、四十分以上続いていたのだ。

 少しでも攻撃がかすったら死ぬという緊張感の中、強敵と戦い続ける。

 それは思っていたよりも体力というかエネルギー的なものを随分と消費するようで、もう動けそうにない。



 あの木人間、最近は俺の技術を盗み始めやがった。



 始めは「ん?」と思う程度だったんだ。

 だが、戦うにつれて奴の拳や蹴りにキレが増し始めた。

 よくよく観察してみれば、あの攻撃の仕方はラインのものによく似ている。 

 つまりは、彼女の弟子である俺から盗んだものなのだ。



 そのせいで、こちらが勝っていたのは技術だけなのに、それすらも差が縮んでいる。

 まだギリギリ勝ててはいるが、今後はかなり厳しいものになるだろう。

 技術は弱い奴が強い奴に勝つために練習するものなのに、強い奴が技術を習得するなよ!



「お疲れポチ。尻尾食べる?」



「……食べ、ます…………」



 こちらに歩きよってきたラインの言葉に、息切れしつつ返答する。

 少し前までは「尻尾など……」と思っていたのだが、実はあれを食べることによって体力の回復がほんのちょっと早くなることがわかったのだ。

 震える足を叱咤しながら、なんとか立ち上がると、俺は楽しそうに尻尾を引きずる師匠を追う。



 ……おうおう、楽しそうに鼻歌なんか歌っちゃってさ。

 弟子が苦しんでいる姿を見るのがそんなに楽しいのか? この鬼畜ロリめ!



 尻尾をモグモグしながら、俺はラインを睨みつけた。



 ◇



 ザワザワ。



 精霊の木が揺れる。

 最近はゲーム内が昼のときはログアウト……もしくはラインと駄弁ったり(一方的)修行したり(一方的)し、夜ログインして木人間と戦うという生活をしている。

 これが昼夜逆転って奴ですか……吸血鬼っぽいですね!



 さっきあいつを倒してから結構時間が立っている。

 既にインターバルは終了し、そろそろ木人間が現れる頃だろう。

 俺は油断なく構え、いつ奴が出現しても良いように集中した。



 ザワザワザワ。

 ――ザワッ!



「来た……!」



「……ド、ドーモ”、ボチ、ザン”…………」



「キェェェェェェェェェェェェェアァァァァァァァァァシャァベェッタァァァァァァァァァ!!」



 俺は気絶した。

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