魔除け

「まぁ、これは昔俺が冒険してたときに使ってたものなんだがな……」



 そう言いながら、肩に背負っていたカバンを机の上に置く。

 俺はどうして鍛冶師が冒険をしていたのか気になったが、それ以上にカバンが気になってガン見していた。

 見た目はよくある古びたカバン……ショルダーバッグだ。多分カメラとかを入れるやつに近い形で、皮の茶色が若干剥げている。

 まさかこの大きさで冒険に出るなんてのは不可能だろうから、四次元ポケット的なびっくり収納ができるのだろうか。プレイヤーにはアイテムボックスがあって物の持ち運びには困らないが、重量制限というか収納制限があるから無限に運べるわけではない。そんなときにこのような外付けアイテムボックスを装備するらしい。



 でもこれが装備品扱いになるのなら、もしかすると持てないんじゃないだろうか……。

 ただのアイテム扱いだったら、ショルダーバッグ程度持てるのだが、装備品となった途端にSTRが足りないせいで大岩のような重さになる。当然持ち上げられないし、そのままアイテムボックスに放り込むしか。



「一応言っとくと、これだけじゃないからな。この中に入ってるアイテム達がメインだ」



 突如発生した問題について考察していたら、おやっさんが続けて説明してくれた。

 所持金的にこのようなアイテムは変えないから、それだけでもありがたいというのに。

 この中にもお古が入ってるんすか。ちょっと申し訳ないな。装備品扱いだったら、カバンごとアイテムボックスの中に入れておこう。



 さっさと受け取れ、と放り投げられたショルダーバッグを慌てて受け止める。

 その勢いは緩やかで、また衝撃も小さかった。



 ……アイテム扱いだ!!!



 俺は歓喜した。

 これでおやっさんのプレゼントをまともに使うことができる。

 友達とかが少ないせいで、こんなふうに贈り物をしてもらった経験がない。もはや家族からすらないまである。それがダンジョンに行くというだけで、アイテムをくれたおやっさんに感謝の言葉を伝えようと、何とか唇を震わせた。



「あ、あ……ありがとう、ございます……!」

「いいってことよ。別に使ってなかったしな。こいつらも奥で眠ってるよりかは、誰かに使ってもらったほうが嬉しいだろう」



 胸の中にすっぽりと収まったショルダーバッグを肩にかけて、彼と向き合った。

「懐かしいな……」と呟いているおやっさんに、やはり感謝の念が湧き出てきて何度でもありがとうを言いたくなったが、流石にしつこいのでぐっと堪える。

 やがて俺達の間に沈黙が満ちると、着いてこいと出口の方へ向かってしまった。



 慌てて追いかけると、すでに外に出ていた彼は空を見上げていた。



「……お前に何があったのか、とは聞かない。いくら身体から悪い気配がしていても、お前が変わった訳じゃない。だから、これは俺の気持ちだ」



 そう言ってこちらを向いたおやっさんは、つかつかと歩いてきて何かを握らせてきた。



「こ、これは……?」



 手の中に収まったそれをまじまじと見て、俺は疑問を口にした。

 感触としては、固くて冷たい。銀色に鈍く光る金属のようなもので、何故か触れているだけで若干ピリピリする。鎖のようなものが付いているから、首から掛けるのだろうか。

 見た目は刃の潰された短剣が近い。

 刃の長さは十センチほどで、戦闘に用いるというよりは儀礼用っぽいものだ。



「それは俺が作った……まぁ言ってみれば魔除けだ」



 おやっさんは何処か照れくさそうに頭をかくと、そっぽを向いて呟いた。

 魔除け。

 文字通り、魔……つまり魔性のものを避けるためのもの。一種の悪魔である俺が持っていて良いものではないと思うが、頂いたものなのだから感謝して受け取ろう。

 というかピリピリするのってそれが原因かな。



 アイテムなのであればステータスがあるだろうと、魔除けをタップした。



【破魔の短剣】

 スタベンによって作られた、願いの込められた短剣。その性質は悪魔を近づけない、打ち倒すことにあり戦闘には向かない。常時悪魔種を近づきづらくするが、これを用いて攻撃を行った場合は数度で自壊する。



 ……魔除けっていうか、倒しちゃってますけど。

 何となくそっと地面に置きたくなってしまったが、これの持ち主なのでそういう訳にもいかない。

 悪魔を倒すためのアイテムを悪魔が持ってたら駄目じゃない? カモがネギを背負ってるっていうか、鍋の具材を用意して「さぁ食ってくだせぇ!」って言ってるようなもんでしょ。

 自殺アイテムやんけ。



 おやっさんは俺が悪魔――吸血鬼であることを知らないから、俺から溢れ出る悪い気配は周りから移ったものだと思っている可能性がある。

 だからそんな気配を漂わせている存在、つまり悪魔共に接触しづらくしてくれた、と。



 ありがたいなぁ。

 悪魔とかいう奴らが地下水道で戦ったようなキモいのだけなのであれば、できるだけお近づきになりたくない。クローフィがいる時点でそれは否定されるが。

 というか俺自身が悪魔なんだよな。現実世界でも闇に生きるもの陰キャだし、これ実質現実ロールプレイでは?



 はー、全く、何度ありがとうを言えば良いのか。

 返しきれない恩なのだが。これから手に入れるレアアイテムとかの大体をプレゼントすればバランス取れるかな。



 何度も何度も頭を下げて、おやっさんと別れる。

 彼は黙って歩いていく俺の姿を眺めており、腕を組んで仁王立ちをする様からは何を考えているのか読み取れなかった。

 ただ、きっとこの後の冒険に幸あらんや、とかそういうことを思ってくれていたんじゃないだろうか。何となくだが、そんな気がした。



 それに背中を押された気がして、前に出す足は当然軽くなる。

 さぁ、いざ強敵ひしめくダンジョンへ――!



「やぁやぁやぁやぁ! 私をおいて何処へ行くんだい! 妬いちゃうぞ!」



 出鼻をくじかれた。

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