似た者同士
『いや、サラはいい子なんですよ。でも、ちょっと愛……というか、信仰が重いかなー、なんて』
「あぁ……」
『それでも、この世界でたった一人の信者ですからね。愛着は湧きますし、普段から見守っているんですけど……急に男の人を連れてくるじゃないですか。しかも悪魔の気配をかすかにさせる。心配になって、私の神聖な力を総動員して追い出そうとしてたんです。でも、私達の力というは信仰の量によって増加するので、ピリピリする程度しか影響がなかったんですけど』
「あぁ……」
『しかし、ポチさん。貴方はサラの依頼を受けてくださって、しかも憎き悪魔を討伐してきてくれたと言うじゃないですか。そんな恩人相手に、その様な真似をするのはいけないと思ったんです。その節は、申し訳ありませんでした』
「いえいえ」
月の明かりだけが差し込む教会の中。
お洒落な椅子に座りながら優雅に紅茶を嗜む俺は、背中に汗をダラダラ垂らしながら会話をしていた。
相手は、薔薇窓の絵……もとい、夜の女神『イザベル』様。
その女神様は、どうも人間らしさあふれる仕草で、感情を表現なさっていた。
衝撃の邂逅から早数十分。互いに名乗りあった俺達は、主にこちらが聞き役として会話を続けている。
内容は、大体サラについて。
この神様、唯一の信者が大好きなようで、
彼女について語り始めて十分ほどだが、濁流のごとく流れてくるサラの話に頭が追いつかない。
絶対に使わない知識だけがどんどん増えていく。サラが弟子入りした紅茶職人の名前とかいつ使うんだよ。
あまりの衝撃に麻痺した頭は戻らず、神様の話は右から左。
とりあえず母音のみで返答しているが、信者の話をするのが楽しいのか、にこにこと笑みを絶やさない。
イザベル様と会話したとか言ったら、殺されそうだなー、と現実逃避をする。
ちらりと彼女が消えていった方向を見てみれば、まだまだ戻ってくる気配は見えない。
であれば聞きたかったことが聞けるな、と覚悟を決めた。
「えぇ、と……イザベル様?」
『それであの子が子供のときは、それはもう可愛くて可愛くて――って、なんですか?』
ぐぇ、話を遮ってしまった。
コミュ障は会話の隙を見つけるのが不得意なのだ。
だからこうやって、たまに誰かと話してみると、失敗を重ねまくる。
しかし心折れることなく、さらなる攻撃に移った。
「その……一体、どうして、窓の中に?」
これ。これが一番聞きたかった。
どうも某狂信者の発言を思い返してみても、神様と会話できるなどという感じではなかった。
もしも直接お話が出来るとでもなれば、もう手が付けられなくなっているのではないだろうか。まるで厄介な、何かのファンのように。
『あぁ、それはもう、聞くも涙、語るも涙の……海よりも深く、山よりも高い理由がざっと数百個ありまして、話すと長くなるのですが』
真剣な表情で、こちらを見つめてくるイザベル様。
俺はごくりとつばを飲み込み、彼女が口を開くのを今か今かと待っていた。
『私がここにいる理由、それは――』
「ごくり…………」
重い雰囲気に、胃がきしむ。
人とあまり関わってこなかったせいか、このような空気に慣れていない。
だが、これは自分の質問により発生した空間だ。
責任を取るというのもあるし、単純に
イザベル様の口に集中した。
ここだけ見るとまるで変態のようだが、さっきと同じ様に、相手が喋っているのにそれを邪魔するという失敗を犯さないための行動だ。
断じて、神様だからか非常に整った顔立ちをガン見するためのものじゃないぞ。
『――まぁ、特に意味はないんですけど』
俺は真剣に、この手に持ったティーカップを投げつけようかと検討した。
ふいに茶器に視線を落とした俺に、不思議そうな顔をするイザベル(尊敬の気持ちは吹き飛んだ)。
随分と頭ハッピーな神様のようだな。ちょっと重い質問しちゃったかな、ミスったかな、と可愛らしく悩んでいた俺の純情を返して欲しい。
『強いて言うなら、サラのことをよく見るためですかね……あの子、ほぼ教会にしかいないので』
では、彼女にも話しかければいいのでは? 俺は訝しんだ。
そうすれば、多分大喜びするぞ。
そう思ってたどたどしく提案してみたら、『それは少し恥ずかしいですし……』など『それに直接話をしたら、更に信仰が激しいことに……嬉しいんですよ? 嬉しいですけどね、娘のようなものですから』などと返された。
何だこの神様。恥ずかしいだと?
おいおいおい、コミュ障なのかい嬢ちゃん!?(同類を見つけてテンションぶち上げ)
あと、シスターの信仰が信仰がー、とか言ってるけど、彼女に対する愛を比べたら、おそらくどっちもどっちだと思う。
普通、ノンストップで誰かに対して親愛の言葉を、何十分も吐けねぇよ。
『まぁ、さっきも言ったとおり、
そうなのか。
イザベルの信者って、この世界にサラしかいないんだ。
その言葉に、唯一の信者の発言が思い起こされた。
ずっと聞いていれば恐怖も湧いてくるが、十分なくらいに愛は伝わってくる。
あぁ、この人は本当にその相手を愛しているんだなぁ、尊敬しているのだなぁ、と。
しかしその神様が、自分だけしか信仰していないとなれば……きっと悲しいだろう。
こんなに暗くなるまで、俺の帰りを待っていた彼女。
神様が関わらなければ、意外とまともな言動。見た目は文句のつけようがない美少女だ。
多分近い年齢だろうし、悲しむ姿は見たくない。
前に布教されたと思うが、本当に信者になってもいいかもしれないな。
と言っても、もう信仰するという感じじゃなくて、「友達」って感じだけど。
『え、友達……ですか』
「ふぁっ」
心を読まれた!?
これが神か、と愕然とした表情を浮かべる俺に、イザベルはその動きから考えたことが分かったのか、苦笑した。
『いや、別に心を読んだ訳じゃないです。口に出てましたよ?』
……………………マジ?
思考が口から飛び出してたの? 本当ですか。
もしかしたらこれまでも考えていたことが勝手に外に出ていたのだろうか、と過去を回想して、いくつか思い当たったことがあった。
微妙な空気になってたのって、これのせいなのでは?
俺は俺をコミュ障陰キャたらしめる理由に突き当たった気がして、膝をついて絶望した。
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