数時間ぶりの再会

 一歩一歩階段を登っていくと、どんどん眩しくなってくる。

 俺は目を霞めながら、慎重に足を進めていた。こんなところで滑って転んで、転げ落ちてHP全損とか話にならないからね。



 ついに最後の段差を登りきったとき、外は既に暗くなっていた。

 


「あっ、ポチさん!」



 だというのに、すぐにサラが走り寄ってくる。

 夜の帳が下りていて、女子だけでは怖かろうに。

 今までずっとここで待っていたのか、少し先にはカンテラと、紅茶の匂いが漂ってくるティーカップが置かれていた。

 こんなところでも紅茶を飲むのか、と少々呆れ、異性が近くにいるせいで硬直していた体から緊張が抜けた。何か、同性の友達みたいな感覚だろうか。俺にはそもそも友達がいないので、よく分からないが。



「だ、大丈夫でしたか!? 地下水道に入ってからかなり時間がたっていたので、心配で……。そろそろ私も装備を整えて、僅かばかりの助太刀に参ろうとしてたんです」



 マジかよ。こんな美少女を心配させて、あまつさえ命の危険に晒そうとするなんて、ポチとかいう奴最低だな。土下座でいいすか?

 影に覆われた街を見ると、相当な時間が経過しているのが分かる。

 それだけの間、自分が依頼した相手が戻ってこないのだから、心配になるのは仕方のないことだろう。

 ……いやー、申し訳ない。俺がもっと強ければ、こんなことにはならなかったんだが。



 それからしばらく、つっかえつっかえではあったが、地下水道の中であったことの話をして、黒い靄を纏っていたという話をしたら、「黒い靄を纏うというのは、強い悪魔の証なんですよ! 生きて戻るどころか、討伐してきてくださるなんて……」などという話を聞いた。

 うーん、それほど強かったか?

 確かに今まで戦ってきた相手の中では最強に近いだろうが、それでも一人で倒せるほどだからなぁ。

 もしかしたら、ソロで挑んだというので、弱体化されているのかもしれない。ワールドボスみたいな感じではなかったから、挑む人数に応じて強さが変わるとか。



 教会へ向かって歩いている最中、サラはずっと感謝の言葉を吐き続けていた。

 どうもくすぐったくて、何とか止めさせたが。

 人との関わりが薄かったので、こういうふうに褒められるというかありがたがられると、気恥ずかしいったらありゃしない。



 ここを出たのは僅か数時間前だというのに、もう懐かしさを覚えるボロボロの教会が見えたとき、別の意味で息は切れ切れだった。



『クエスト【廃教会の修復Ⅰ】をクリアしました』



 ポーンという音とともに、クエストクリアを伝える報せ。

 報酬をざっと確認すると、EXPしかなかった。一体何故だろうと思ったところで、腕を引かれた。

 彼女は満面の笑みで、教会へと招き入れる。



「言葉に出来ないくらい、ポチさんには感謝しているんですが、駄目だというので……美味しい美味しい紅茶を、ご馳走します!」



 花が咲いたように、そう言って笑うサラ。

 俺はそれに水を差すことが出来ず、せめてもということで心の中で呟いた。

 


 ……紅茶は、もういいかなぁ。

























「ん?」



 サラに右腕を掴まれながら、お邪魔した教会。

 いつもならピリピリとした感覚が襲ってくるのだが、何故かそれがない。

 少し不思議に思いつつ、「どうしたんですか?」と聞いてくる彼女に、何でもない、と吃りながら返した。



 おいおいおい、成長したわ俺。

 見たか? この自然な会話を。まるでリア充のようだろう。

 美少女に腕を掴まれながらの、この応酬よ。すまんな、陰キャ君達。俺は一足先に、次のステージ陽キャへと進ませてもらうぜ……!



 ほんとに大丈夫ですか? やっぱり、悪魔と戦ったことで何かあったんじゃ……と顔を覗き込んできたので、全力で逸らす。

 異性、近距離、覗き込みの三要素が揃って、陰キャが死なない訳無いだろ。

 お前は俺を殺そうとしているのか?



 一先ず案内されたので、椅子に座らせてもらう。

 どうやら彼女は報酬の薬草を取りに行ったらしく、姿を消してしまった。

 


 待っている間は暇なので、改めて教会の内装を見回してみる。

 やはりボロボロなので、石造りの壁には至るところにヒビがはいっている。柱も心もとなく、今にも折れてしまうんじゃないかと、不安になるくらいだ。

 俺が今座っている椅子と、教会には不釣り合いだと思うほどお洒落な机は、クロッシングの位置にある。

 それ故に天井は高く、上部には光を取り入れる部分がある。あまり詳しくないので、名前までは分からないが。

 


 薔薇窓らしきものの中心に、黒い髪を腰の辺りまで伸ばした女性が描かれている。

 おそらく、あれがイザベル様なのだろう。どことなく、神聖っぽい雰囲気を醸し出しているし。

 精巧な作りの窓ではあるが、多くの部分が欠けている。

 しかし中心の神様だけが完全に無事というのは、思わず奇跡を信じてしまいそうになった。



 じっとそれを見ていると、描かれた絵が動いた気がした。

 


 ん? と目を凝らしていたら、ばっちりと目が合ってしまった。

 驚愕に目を見開く両者。こちらは絵が動いたことに対して、あちらは存在に気が付かれたことに対してだろうか。とにかく、非常に人間らしい動きだ。

 そのまま見つめ合っていると、相手は諦めたのか、神様が降臨しているようなポーズ(分かりやすく言うと、人文字の「命」みたいな感じ。もちろんそんな砕けた感じではなく、慈悲深い笑みを浮かべていて、足はそこまで上がっていない)を止め、きちんとこちらに向き合ってきた。



 …………なんだろう、これは。



 無機物と有機物の奇跡の邂逅。

 俺の存在をポリゴンの集合体と定義するならば、それほど違いはない二人なのだが、それを言っちゃあお終いだ。

 


 もしかすると、悪魔か何かだろうか。

 そんなふうに訝しげな目を向けていると、それ・・は申し訳無さそうに口を開いた。



『あのー、私、イザベルと申す者なのですが……』



 その疲れた声を聞いた瞬間、俺は全てを悟ったような気がした。



「あぁ…………なるほど」

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