助けてママー! 俺がママさ! 女主人公のママに転生したおっさんだけど、彼女があまりにかわいそうなので、ママが守ってやるぜわよ!

浅草文芸堂

第1話 俺、ママになる

「ふざけんな! なんだこのクソゲー⁉」


 主人公がラスボスを前にして負けイベントで敗れ、そのまま死んだ。

 ラスボス戦が負け確で絶対主人公が死ぬってなんなん? そんなのってある?

 主人公は封印の力を持つ少女ルーシー。

 エロい格好をしている。

 ラスボスはこの世に災厄をもたらすという巨大デーモン。

 グロい格好をしている。

 このラストバトルでデーモンを別次元に封印し、世界に平和をもたらす。

 そういう話だったはずなのに……。

 何故か、ルーシーとその仲間達の攻撃は完全に無効化されていた。

 しかもデーモンは攻撃をルーシーに集中させ、ルーシーは皆を庇うようにして死亡。

 ダメージ9999って、はあ?

 そう思う間もない。

 というのも、ルーシーが死ぬことで、遂に最後の封印の力が発動したからだ。


「なんだよ、これ……じゃあ、ルーシーは死ななきゃならなかったのかよ? 最初からそう決まってたのか? ……全然救いがねえじゃねえか!」


 こうしてデーモンは封じられ、世界は平和に……。

 生き残った他のパーティメンバー達はそれぞれ英雄として名を馳せ、その後幸せに暮らしているというエンディングに突入した。

 あとは陽キャのSNSみたいなシーンのオンパレード。


「……なんでおめーらへらへら笑って幸せいっぱいなんだよ⁉ こっちは最後、ロクな活躍もさせてもらえず殺されてんだぞ⁉ 選択肢も何にもなく、回避もできずによお⁉」


 ルーシーのお陰で助かったとニコニコ笑う連中の姿を見て、俺はキレたのだ。


 ……前にスラム街で話したみたいに、夢だった農場を手に入れて今では嫁さんに子供達、大きな犬を飼って幸せに暮らせているよ。俺みたいなヤンチャしてた奴がこんな生活を送れるなんてなあ。やっぱり死んだら負けなんだよ。でも、ありがとうルーシー!


……秘術協会の大魔導士としてハイ・タワーに登れる身分になったの。あの時は、よくそんな恥知らずな格好で封印術とかやってられるわね、母親がそういう職業だったから? とか厳しいこと言っちゃってごめん。でも、今では好きな研究三昧。これも全部ルーシーのお陰。ルーシーの分まで、私、頑張るね!


……信じられるかい、ルーシー? 君を人殺しと罵った僕が今では君を祀る神殿を任されているんだ。……いつも神に祈っているよ。だから安心して君は眠っていておくれ。あ、羨ましいからって化けて出てくれたりするなよwww君はそういう恨みがましいところあったから。ふふ、もちろん冗談さ! できるものならいつでも化けて出てきてくれ、大歓迎だからね!


「なに、お前らの中でルーシーはちょっといい思い出みたいになってんだ? ルーシー、ここまで来るのに相当ひどい目に遭ってるぞ? なのにこいつら、全然かわいそうとも言わねえし、悲しんでる様子も見せねえ……。ただただ、自分達の楽しい暮らしばっかり語りやがって……!」


 エンディングに至るまでのルーシーの不幸。

 それはまず、母親を目の前で殺されることから始まる。

 その後、冷酷な黒騎士に引き取られて虐待を受けながらの厳しい修行。

 そこで知り合った幼馴染は闇落ちしてルーシーを刺し、その後ようやく目を覚まさせたと思ったら反逆者としてルーシー自身の手で処刑させられる。

 ルーシーに命運を託した王家の連中は責任逃れの屑ぞろい。

 ルーシーの想い人となる剣士は王家の姫様といつの間にかできていて、エンディングでは姫様と赤ん坊まで作っていやがった。


「……挙句、その赤ん坊の名前はルーシーにしよう、だあ⁉ ルーシーはお前らの幸せを彩るスパイスか何かか? 自分達のバカップルぶりを見せびらかすために死んだルーシーの名前まで利用しやがって……! 死んでさえも利用されてしゃぶられ続けるルーシーが可哀そうすぎるだろ……!」


 生きる価値の本当の意味を知るRPGと銘打たれたゲーム『陰キャですけど世界救ったらみんな私のこと覚えててくれますか?』。あまりにひどいタイトルと主人公ルーシーがエロかわいかったんで思わずやってしまったが、こんなラストになるとは思わんかったぞ……⁉


「くそがよぅ……!」


 俺はゲーム画面に向かって、毒づいた。

 なんでこんなもの、徹夜してまでやっちゃったんだ。

 もっと前評判とか調べとけばよかった……!

 今日、仕事なのに……!

 ……やべ⁉ もうこんな時間じゃねえか!

 俺は、遅刻遅刻~、と口にトースト咥えてアパート2階の自室を飛び出す。

 カンカンカンカンと階段を駆け下り、ツルッ!

 あっ!

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロうわあああああーっっ!!

 どしーん! いてて……。

 ぷっぷー。ん?

 ドカーン! うぎゃああああああああああ!

 俺は突っ込んできたトラックにはねられ四肢四散して死んだ。

 

「……きて……マ……」


 誰かの声がする。

 知っている声……のはずだ。


「……起きてください、ママ。起きて……」

「ママ?」


 俺のことか⁉

 俺は目を開けた。

 俺の顔を覗き込んでいる女の子が目の前にいる。


「……大丈夫ですか、ママ? ……うなされてたけど……?」


 そういう女の子は10歳くらいの女の子だ。プラチナブロンドで華奢。前髪は目のあたりにかかっている。シンプルな服装だが清潔だ。アクセントになりそうなのはピンクの髪留めくらいか。


「……え? ルーシー?」


 俺はこの子に見覚えがあった。『陰キャですけど世界救ったらみんな私のこと覚えててくれますか?』の主人公、ルーシーの幼少期の姿そのままだ。


「……? なんですか、ママ……?」


 人見知りで恥ずかしがり屋。声も小さく伏し目がち。

 だけど、優しくてピュアな女の子だ。

 どのくらいピュアかというと、世界を救うためだと言われたら何でもしてしまうくらいピュアだ。

 例えば、ルーシーは戦いのたびにエロい衣装に変身し、仲間達や周囲が軽蔑の眼差しや好奇の目で見てくる中、顔真っ赤にしながらそれでも舞い踊る。

 それもこれも封印術を発動するための儀式だからだ。世界を救うため、デーモン達を封じるのはルーシーにしかできないこと。だから、彼女は死ぬほど恥ずかしくてもエッチな踊りを踊るのだ。

 この子が大きくなると、更におっぱいも大きくなりばるんばるん。ちょっと見、地味目の女の子がすごいエッチな体をしていて、しかも大胆ギリギリのポーズをめっちゃ恥ずかしがりながら決めてくるという、とんでもなく俺の性癖に刺さるシチュエーション決めてくるようになる。

 俺はそこに儚げな美しさを見るのだ……!

 俺があのクソゲーを手に取ってみたのは、主人公ルーシーのビジュアルに一目ぼれしたからでもある。この子が大きくなって戦闘シーンで動くようになると、ほんとすごい。封印術発動モーションはほとんどエロ3D動画みたいな……。

 ていうか、待て待て。


「え? あれ? ここは……どういうことだ?」

「……もしかして寝ぼけてますか、ママ? ……ここはわたし達のおうちですけど……? ……お祭りの準備で昨日、遅くまで起きてたんです……?」

「いや、そういうわけじゃ……え? 俺、死んだんじゃ……てまさか、転生……?」


 俺は自分の身に起こったことを思い返す。

 アパートの階段から転がり落ちたあと、道路でトラックにひかれて……朝までやっていたゲームの中に転生した?

 俺は身を起こし、辺りを窺った。

 見覚えがある。

 ここも、ここも……。

 ここ、確かにゲームの中でやったところだ!

 主人公ルーシーの住んでいた家。ベッドやタンスの配置からルーシーの母親の部屋だとわかる。

 ルーシーは母親と2人暮らしをしていて、10歳の祭りの日に転機が訪れたんだった……。


「……ん? いやそれより、ママって……?」


 俺は部屋の奥にあった鏡に目をやった。

 そこにはベッドに寄り添うルーシーの姿と、ベッドの上で上半身を起こして座っているルーシーによく似た女性が映っている。

 成長後のルーシーとそっくりだ。

 おっぱいもでかい。

 俺が手を挙げると、鏡の中の女性も手を挙げる。

 そのまま力を込めてダブルピースしてみると、鏡の中の女性もダブルピースみなぎらせた。


「……えええ⁉ 俺……ルーシーのママになってるぅ!?」

「マ、ママ⁉ ど、どうしちゃったんですか……? その喋り方、それに、お、俺……?」

「あ! いや、その……」


 やばい、ルーシーを怯えさせてしまった。

 自分の母親が真顔ダブルピース決めてたら、俺だって正気を疑う。

 でも、俺、本当に死んだのか? そして、ルーシーの母親に転生した……?

 ……まあ、いいか。

 あのまま生きていても毎日いびられ、すり潰されるだけだ。

 だったら、このゲームの世界でのんびり暮らす方がずっと生きているといえる。

 ……ルーシーの母親になってしまっているのはちょっと困りものだが。

 俺に女の振りをして生きろってことか?

 この、おほー♡おたのしみボディで?

 しかもルーシーの母親はルーシー10歳の夏祭りの日に魔獣達の襲撃に遭い、死んでしまうという人生ハードモードだぞ?

 ……ん……?


「あ、あの、ルーシー? えーと、お母さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……?」

「おかあさん……?」

「マ、ママ! ママ、ルーシーに聞きたいことがあるのよだわ」

「ええと……なんですか、ママ……?」

「ルーシーって今10歳?」

「……そうですけど……忘れちゃいました?」

「いや、確認確認。そうじゃないかなって、思ってたんだけど、一応、ね? 確認ってことで……。で、ルーシー? 今年の夏のお祭りまであと何日わよ……?」

「……え、何を言ってるんですか、ママ? 明日ですよ……? 何日も前から楽しみにしてたじゃないですか……?」


 ……マジかよ。

 ルーシー10歳の年の夏祭りの日。それがルーシー覚醒イベントの日だ。

 災厄のデーモンを信奉するデーモン崇拝者達が魔獣達を使って、王国への襲撃を開始する。この町でも、潜んでいたデーモン崇拝者達が決起して、ルーシーの母親はルーシーを庇って死亡してしまう。その光景を目の当たりにしたルーシーはそれまで秘められていた封印術の力に目覚め、魔獣達を封じ、一人生き残るのだ。

 つまり、この町の住民はルーシー以外、俺を含めて全員死ぬことになる……!

 おいおい、転生した直後に死にイベントだと?


「冗談じゃねえ……わよ!」


 ……せっかくゲーム世界へ転生したんだぞ? クソゲーではあるが、現実よりは楽しく暮らせるはずだ。こんなところで死んでたまるか!


「なんとか生き残る方法を考えなきゃ……だわ」

「ママ……?」


 俺が難しい顔をする横で、ルーシーが戸惑った表情で俺を見上げていた。


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