旅で剣を知る

ハタラカン

一章 故郷

私は両親を尊敬している。

勇ましく力強い父、優しくたおやかな母。

二人は各々の能力を活かして働き、嫉妬を禁じ得ないほどに愛し合い、むず痒いほどに私を愛した。

二人の生き様は隅々まで自然で合理的で、機能美とはこの夫妻を形容するためにある言葉だと思えた。


私達が住まう家は無数の木々に囲われていて、東西南北どちらを向けども緑色の深淵が穿たれている。

行ける場所と言えばいつもの水場と狩り場。あとは書庫から飛び立てる範囲まで。

人間の友などどう努力しても得られない。

何しろ私達の近くに人間そのものが存在しないのだから。

これらが窮屈な孤独にならなかったのは、両親のみならず二人の育てた私までもが自然と一体だったからだろう。

その事に気付く経験は、いつか自身も両親のようになりたいと決意させるに充分だった。


決意は旅立ちを意味していた。

両親は二人だけで私を育てあげたし、そもそも私一人で二人になるのは物理的に不可能である。

両親の庇護下に置かれている限り自立と呼べる状態にはならないし、母のような伴侶を見つけない限り夫婦にはなれない。

家を出、さらに家を囲う森を出なくてはならない。

少なくとも私と両親以外の何者かに出会うまでは。


体力の膨満を実感した歳の誕生日、私は両親に決意を打ち明けた。

途端、二人の男女はこちらが罪悪感を覚えるくらい曇り模様を示した。

この時の私は両親の表情を惜別から来るものだと考えていた。

しかし結局止められたりはせず、決意は粛々と受け入れられたのだった。


密かに準備万端整えておいたため、翌朝には家と両親に向けて手を振っていた。

母の涙が見える。

母の肩抱く父も泣いている。

再び強烈な罪悪感が湧き出してくる。

しかしここで引き返すような人間には涙に応える資格など無いのだ。

いくら私が世間知らずとは言ってもそのくらいわかる。

私は罪悪感を振り落とすべく、勢いづけて深淵へと向き直った。

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