第5話 高校時代の元カノは変わっていなかった


こいつ松沼美月(まつぬまみづき)は、高校3年の夏前に、突然俺の目の前に現れた。


 みんなが彼氏彼女を連れているのに、一人だと行事に合わせにくいから……

 みんなに合わせて行動する時に、数がちょうど良くなるから……


 今フリーなら彼氏になれ。


 そんな、極めて一方的で、訳の分からない理由を宣言されて、付き合いが始まった。可愛かったんだよ。高校3年の男で否定なんてできないよ。



 俺はあの時、安易に引き受けたのを後になって後悔したが、健康な高校3年生の男子に、優しそうにニコっと笑うお嬢さん風の女の子からの誘いを、その後も断ることなど出来なかった。

 そのために、それからの半年間、高校3年の青春『周りの奴らは性旬だった』真っ盛りに、色気のある話は一切なく終了。


 俺は工業系大学を選択して進んだおかげで、こいつらのグループとは高校を卒業すると同時に連絡することは無くなった。


 ご存知の通り、男の高校3年くらいと言えば、サルかよって言うくらい本能が勝ってやりたい盛りだ。なにって? ナニの話だよ。


 そんな多感な時期に、松沼みたいな結構かわいい奴『ちょっと抜けた感じのお嬢さんキャラ』が彼女を公言し、周りをうろうろして腕を組んできたり、他にもスキンシップをして来るのに、手が出せない……。 

 そんな半年間の状況は本当につらかった……。 神崎一司(かんざきかずし)23歳その頃を思い出しつつむせび泣く……。


 そして、進学した工業系大学は男が多く、その環境で気楽になれた俺は、危なく勘違いで違う方向に行きそうになったし……。 うん俺はノーマルだった。


 大学を無事卒業して、春からは仕事でPCの前に張り付きだから、実際は年齢イコール彼女いない歴なんだよ。きっと……。 あの半年はノーカンだ。



 そして今、なぜか家人が留守の松沼家に上がり込み? 頭の中で略歴を説明しながら、お茶を頂いて現実逃避している…… もうすでに帰りたい。

 いや、何で上がり込んだんだおれ。


 なんだかこいつには、変なトラウマを植え付けられている気がする。

 俺は何故か松沼に『いやだ』の一言が言えない。

 はっ!、洗脳か?


 そんな事を考えている俺の目の前で、奴はにこにこしながら聞いてくる。

「それで、高校卒業してから何していたの?」

「あん? 卒業してから、大学行った。卒業した。就職して働いてる」

「いや……。 大学行ったのは知っているけれど、そうじゃなくて。大学に入ってから連絡が無くなっちゃったじゃない……」

 そう言いながら、お茶を入れる。


「……お互い様だろう」


 湯呑を俺の前に置きながら、

「そりゃあ、そうだけど……」

 とぼやく。


 ふと顔をあげて、

「いま彼女とかいるの?」

 と、さもいま思いついた風に聞いてくる。

「いねえよ」

 なぜかほっとした顔をする。

「もしかして、私からの連絡待っていてくれたとか?」

 照れた感じの笑顔。


「無いな。今日この家に来たのも、たまたまだし」

 そう言ってぶった切る。

「うー話が続かない。どうして…… なにか機嫌が悪いの?」

 それは、俺が話を切ろうとしているからだあ。


 でも一応聞いてみる。

「……どうして。私からの連絡を持つなんて言う話になるんだ?」


 えっ、当然じゃんと言う顔で、

「えっ、付き合っていたし……。 そりゃ大学入ってしばらくは忙しくて、連絡も疎遠にはなったけど、別に別れたわけじゃないし……」

 とほざく。

「付き合っていたって? あれはお友達と遊ぶための、便宜上のお付き合いじゃなかったのか?」

 と正論を言ってみる。お前が言ったことだ。


「えー、そうでも言わないと……。 一司くん私の方見てもくれなかったし」

「はぁ? 一度花火見に行っていい雰囲気だし、周りもしていたから。つっ付き合っているから良いよなと、俺がキスしようとしたら、一歩踏み込み躊躇なくもろにレバーブロー叩き込んでくれたよな」

 うっ、あの時の焼けるような痛みを思い出した。


 そう言うと、テレっとして、

「いやぁ…… はずかしいじゃん。……した事もなかったし。だから頑張ってスキンシップしたのに、手も出してくれないし……。 会っても機嫌悪そうだったし……。 大学行って少し距離が開いたら、少しは変わるかなと思ったのに、逆に連絡しにくくなっちゃって……。 就職もしたから。今日やっと来てくれたのかな? って喜んだら、営業だっていうし……」

 うん? 言っている意味が分からない。手を出そうと何回もしたぞ。すべて拒否と言う回答を貰ったが。それにあの過度とも言えるスキンシップは、高校男子にとって地獄ともいえる時間だった。餌を目の前にぶら下げて一度も与えられない地獄のようなお預けだよな。ペットでもぐれるぞ。


「……馬鹿だろお前。 便宜上のお付き合いと言われて……。 それでも一応付き合っていたんだし大丈夫かと思って……。まあ多少若さの勢いに任せてと言うのもあったけど、キスしようと思ったら殴られたんだぞ。……それもえらい腰の入ったグーパンで。 そこまで拒否されて、次に手を出したらセクハラじゃないか?」


 言ってやった、もう止まらん。

「それにお前は分からんだろうが……。高校3年生の健全な男子の性欲を、それも…… お前の変に偏ったスキンシップを受けて、理性で抑えるのにどれだけ俺が苦労したと思っているんだ。 機嫌も悪くなるだろ……。 手を出してくれないって…… なんだよそれ」

 たぶん俺は半分泣き顔だっただろう。


 そしたら、

「別に我慢しなくってよかったのに……。えーじゃあ、やり直そう。 神崎一司さんあなたがずっと好きです。お付き合いしてください」

 そんな事を言い出しやがった。なんだか、手を突き出してきているけど……。


 いったん頭を冷やそう。

「大学の時とか付き合った奴いないのか?」

「いないよ、連絡待っていたもの……」

 あー……。


「……。 わかった。とりあえず連絡先は交換しよう。 しばらくお付き合いのやり直しだ」

 俺は、なぜかそんな答えを返した。


 奴は満面の笑み。

「よっし。それじゃあ、とりあえず乾杯だ。飲んで会わなかった隙間を埋めるために、語り合いましょう」

 

 しまった、何だろう? 間違った気持がする。

「……まだ4時だぞ」


 はちきれんばかりの笑み。ああ、かわいいじゃないか……。

「いいの、お祝いだから。 やっぱり私たち、運命の糸がつながっているのよ」


 運命?

「……そういえば、親とかは?」

「今入院中。車の運転中にモンスターが出てきて。避けたんだけど電信柱にゴンて行っちゃったらしくて。 私も今日、午前中に病院へ検査結果を聞きに行っていたの。昼からは洗濯物をしていただけだから。今日なら時間は自由なの。ほら、そんな都合のいい日に現れるなんて、縁があるのよ」

 悪縁か腐れ縁か、それとも悪魔のいたずらか? 俺としては悪魔のいたずらに1票だ。だが、前世からの因縁だとはこの時の俺は知らなかった。


 そうして、ご機嫌な奴にビールを注がれ、久々の出会いに乾杯をした。

 


 ただまあ、そこからの話。

 酔っ払って、俺も言い過ぎたと思ったが……。


 奴が、思い出を話し始めた。

「最初にみんなと海に行ったとき、楽しかったねえ」

「ああ、周りがいちゃいちゃしていた時に、潮だまりの観察したなあ」

「ええっ、楽しかったじゃん」

「みんなの、いちゃらぶ観察か? イカ焼きはうまかった」


「イカ焼きほしいの? おつまみに作ろうか?」

 なんでそこに反応をする。まあほしいけど。

「あるなら要る」

 いそいそと部屋を出ていく松沼。


「……」

 しばらくしてその手に、イカ焼きの乗った皿、と言ってもイカ焼きではなくなぜかイカの三杯酢。まあ文句は言うまい。

「おつまみと言えば、烏賊の一夜干し。おいしいよね」


 目の前にあるこれだよな。ああ、まるの烏賊が無かったのか。

「ああ。まあそうだな」

「その後が、花火大会で……」

「ああ、お前に殴られた」

 いまだに、あの苦しみは覚えている。さっきも思い出した。


「紅葉狩りと温泉」

「ああ家族風呂のある部屋借りて、みんなで入って……。 さすがに周りをじっくり観察はできないから、俺は紅葉を見ていた……」


「あの時だって勇気を出して、後ろからだけど抱きついたのに……」

「ああ、さとりが開けそうだったよ」

 あれを我慢したのは、俺自身えらいと思う。いやこいつへの恐怖か?


「クリスマス」

「ああ連れの家に集まって、俺たち以外がほぼ乱交だった時な」

「頑張って、手をつないで……。 胸だってあてていたのに……」

「あの時は、頭の中で、覚えた英単語の確認していたな」

 ああ…… 何もかも懐かしい。


「初詣だって」

「ああ早くあの状況から脱出できるように、神様にじっくりお願いした。神様も迷惑だっただろう」

 本当に、必死で……。のちに俺の身に起こる色々は、この時頼んだ神の意趣返しかもしれないことをこの時の俺は知らなかった。


「バレンタインの時は、喜んでくれたじゃない」

「お前が何も考えずに教室で渡して来たから、あの後クラスの男達にボコられた。チョコは初めてもらったから嬉しかったけどな。義理だけど……」


「義理じゃないもん、中にちゃんと書いたでしょう」

「……書かれた文字は、固まらないうちに傾けたんだろう? じゃなければ溶けたのだろうな。赤文字だったから、ハート形のチョコに血が滴る感じになっていた。喜んで開けて中を見た瞬間、何かの儀式かと思ったよ」


「…………」


「ひどいよ……。 一司くんが好きなのは本当なのに……。 ただあの頃はいろんな事をするのが怖くて、みんなのようにイチャイチャできなかっただけなのに……」

 美月が少し涙ぐみながら、そう言うのを聞き少し反省した……。

 多少酔ってもいたし。


「そうだな…… やりなおしか」

 と言って、キスをしようとしたら

「やっぱり怖い」

 そう言って突き飛ばされ、フローリングの床に後頭部を強打した……。


 こいつやっぱりヤダ……。

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