噂と婚約破棄

夏木

噂と婚約破棄




「ルビアン! 其方との婚約を今ここで、破棄する事を宣言する!」


 ホールに殿下の声が響きわたります。

 大変な事になりました。

 確かに噂は聞いたことがありますが、あまりにも馬鹿馬鹿しく、軽い否定だけしかしてきませんでした。ですが、まさか、それがこんなことになるなんて!

 慌ててわたくしは、皆様の視線の集まる場所へと移動します。


「其方は、嫉妬からユリアを虐めるだけではなく、階段から突き落とすという殺人未遂まで犯したそうだな!」


 あぁ! やっぱりです! 噂が原因なのですね!


「わたくしが、ユリアさんを虐めた上に、殺害未遂まで行ったと? そのような事実はありません。ただの噂です」

「その通りです!!」

「嘘です!」


 何故か否定するわたくしの声と、肯定するもう一人の声が重なりました。

 わたくしが声を張り上げたからか、皆様が通り道を作って下さいました。

 ありがとうございます。助かります。

 わたくしは、ルビアン様の隣に立ちます。


「なんだ、其方は」

「ルビアン様に虐められていると、噂されている、ユリアース男爵家次女 ギルガメッシュと申します」

「は? ギルガメッシュ? 令嬢なのにか?」

「はい。王都に居た父に生まれた子は男であるという誤報が届いたらしく……、そのまま……」


 わたくしの声は小さくなってしまいました。

 殿下もそうか、と、どこか気まずそうに返すのみです。


「その、無作法ながら、殿下に、声をかける事をお許しくださいませ。わたくしは一度たりとも、ルビアン様に虐められた事はございません! 全て誤解でございます!」

「ユリアさん」


 ルビアン様が嬉しそうにわたくしを見ます。

 いつもお世話になっているルビアン様の濡れ衣を晴らすためならこの、ユリアース・ギルガメッシュ、頑張らせて頂きます!


「は? ユリアだと?」

「はい。わたくし、名前が名前なので、ルビアン様が愛称としてそう呼んでくださいまして。今では多くの方がそう呼んでくださいます」


 それまでは、どこか嘲笑とともにギルガメッシュ令嬢と呼ばれていました。家名を切っただけの名ですか、実に女性らしい名でとても嬉しいです。

 父は父で、英雄の名前なのだからよいではないか! といわゆる逆ギレをしております。


「ええと、階段から突き落としたと先ほど殿下は仰いましたが、違います! わたくしがルビアン様を見つけて、駆け寄ろうとした時にお恥ずかしながら、足を滑らして、転げ落ちただけです。殺人未遂などとんでもない! むしろわたくしの心配をしてくださったくらいです! 一緒に医務室まで来てくださいました!」


 わたくしがそう否定すると、殿下の側近の方が前に出てきて否定します。


「信じられませんね」

「そんなっ!?」

「私達が殺人未遂かも知れない事実を調査もせずに鵜呑みにした、と? きちんと調査しました。ルビアン嬢、貴方はユリア嬢のケガについて校医に口止めしましたね? 公爵令嬢という身分を使ってまで」

「そ、それは……」


 追求されて、わたくしは息が止まりそうになりました。


「彼女は、ユリア嬢が来た事は証言してくださいました。ですがそれ以上の証言、そう例えば、どのような処置を行ったかは教えてくださいませんでした。代わりに貴方に口止めされています、と。ユリアース男爵令嬢、貴方が本当に普段からユリアと呼ばれ、そして医務室に行った事に対し、なんの後ろめたさもないのなら、何故、ルビアン嬢はそのような事をしたのでしょうね」

「そうだ。なんの問題もなければわざわざ口止めなどしなくてもいいはずだ!」

「問題があるから口を閉ざすよう命令したんだろ?」


 他の方々まで!


「そうだな。何の問題もなければ口止めなどしないはずだ。ユリアース男爵令嬢、今なら私に対し偽証した事を許してやってもよい」


 殿下の言葉にわたくしはぐっと、唇を噛みました。


「……分かりました」

「いけません! ユリアさん!」


 ルビアン様の切羽詰まった声にわたくしは頭を左右に振ります。


「それはわたくしの怪我の内容が、お、おぉ、お尻に青たんという令嬢にあるまじき怪我だったからです!!」


 もうどうにでもなれ! と、ばかりにわたくしは声を張り上げました。


「ああ……ユリアさん……」


 ルビアン様が悲しむ声が聞こえました。

 わたくしの令嬢としての立場はこれできっと消えたでしょう。ですが! ルビアン様に殺人未遂などというえん罪がかけられるなんて事、見過ごせません!


「捻挫とか、か弱い令嬢らしい怪我でしたら、わたくしもルビアン様も口止めなどいたしません! ですが! お、おお、お尻に青たんなど、それこそ、お猿令嬢などという、悪評がたつおそれがある……から、だから」


 いけません、羞恥に涙が出てきました!


「だから、ル、ルビアン様は、わたくしを守るために……」

「もういいの! もういいのですよ! ユリアさん! もう十分です!」


 ルビアン様が周りの目から守るためにでしょう、わたくしを抱きしめてくれます。

 ああ、良い匂いします。でも、ルビアン様のドレス、絶対高いです。汚したら大変です!

 必死で涙を止めました。

 深呼吸し、それからルビアン様からそっと離れ、殿下達を見つめます。


「誤解を与えるような事をした事は申し訳なく思いますが、ルビアン様はわたくしのためにしてくれた事です。殺人未遂などどこにもありません。それと、わたくしがルビアン様に虐められたという噂はいくつかありましたが、全部誤解です。制服を切られた事はありません。わたくしが不注意で破いてしまった所に、たまたまルビアン様が居合わせただけです」

「たまたま居合わせただけ? それならば何故、このような噂が広まっているのでしょう?」

「分かりません。広まった経緯は分かりませんが、発端となったのは、わたくしがその事を話しているのを耳にした方が勘違いしたのかもしれない、とは思いました」

「勘違い?」

「わたくし、制服は二セットしか持っておりませんでした。洗っている間着る制服がないと嘆いていたら、ルビアン様がサイズがあわなくなったから、と、ご自身の制服を下げ渡してくださいました。わたくし、それがとても嬉しくて。なのでこの話をする時はルビアン様の名前も出ておりました。噂を知って話すことはなくなりましたし、噂をしている所に出くわした時には否定をしました。ですがどんどん広まってしまいました。ですが、もう一度証言します。わたくしはルビアン様に制服を切られた事は一度もありません」


 きっぱりと言い切りました。殿下達は顔を見合わせています。


「次に教科書への落書きですが、あれを行ったのはわたくしの弟です。中々秀逸だったのでルビアン様にお見せしたことはございます。また本人に責任をとってもらうため、わたくしの落書きだらけの教科書は領地の父へ送り、弟の教科書を買うためのお金でわたくしは新しい教科書を買いました。それから食堂の暴力騒ぎですが、蜂が入ってきたために、起こった騒ぎです。わたくしに近づいた蜂をルビアン様が咄嗟に持っていた扇子で叩き落としてくださっただけで、扇子で叩かれたということはありません。それから罵詈雑言をかけられた、とか、いじめのような厳しい事を言われたという話もありましたが、わたくしがお願いしてマナーを見てもらっただけです。わたくしのマナーは母から教わったものなので、田舎作法なのです。ああ、田舎作法と口にしているのは、わたくし達、辺境で育った者達で、ルビアン様はそのような事を口にしてはいけませんと叱ってくださる方でした」


 一度言葉を切り、殿下を中心とした側近の方々を見つめます。


「ルビアン様の悪い噂は、全て事実を曲げ、ルビアン様を貶める形で流されております! ですから殿下! もう一度真偽を確かめてくださいませ! わたくし、生徒会にルビアン様の噂の真偽を確かめくださいと嘆願書をお出ししましたが一度も事実確認をされた事はございません! もし殿下の元に調査結果が来ているのだとしたらそれは捏造の可能性もございます!」  


 殿下はわたくしを見て、側近の方に視線を向け、そして、殿下の隣にいる女性に視線を向けました。

 ……そう言えばあの方はどなたでしょう?


「……あの、ルビアン様? 殿下の隣にいる方はどなたでしょう?」

「いいえ、わたくしも存じません。殿下、その女性をわたくし達に紹介してくださいませんか?」

「……は? 知らないだと!?」

「嘘です!」


 殿下が驚いたように口にしますし、ご令嬢が青ざめて口にしました。

 どうやら知っていて然るべき方のようです。


「え!? あっ!? もしや、五年前に隣国に嫁いだパウネリーネ様ですか!?」

「パウネリーネ様は殿下と同じ金の髪なので違いますよ」


 わたくしの言葉をルビアン様が否定してくださいました。

 殿下はわたくし達を見比べ、そして苦々しい顔で教えてくれました。


「……ガンバス男爵令嬢、ユリアナシアだ」

「ガンバス令嬢 ああ、では彼女がリアナさん……」


 納得しました。

 少々品のない方だと噂されている方ですね。


「……リアナ?」

「はい。わたくしがルビアン様からユリアと呼ばれているので。似た様なお名前の方がいるとは聞いておりました。その方はリアナさんと呼ばれている、と」

「待て、何故そうなる?」

「何故と申されましても。わたくしの方が先にユリアと皆様から呼ばれていたからです。それに、わたくしの名前はどこを切っても男性の愛称になりますから」


 ギルガメッシュですからね!


「そうなのか?」 


 殿下の視線が周りで見守っていたご令嬢に向かいます。完全に目が合ってしまったのでしょう、侯爵令嬢のサファリス様が頷いてくださいました。


「ええ。わたくしも、他の皆様もユリア令嬢と言われれば、ユリアース男爵令嬢を思い浮かべます。あの名で呼ぶのは少々お可哀想ですので。殿方はどうお呼びしているかは存じませんが」


 英雄令嬢と陰で呼ばれていることは知っています。


 

「殿下、どうにも情報が錯綜しているようなので、もう一度、噂の再調査をした方がよろしいと思います」


 ルビアン様がそう提案なされました。


「……ああ。そうだな」

「では、よろしくお願いいたします。行きましょう、ユリアさん」

「はい! ルビアン様!」


 優しく声をかけられて、わたくしは尻尾を振って後を追う犬の様に嬉々としてついていきました。

 わたくし達が輪から外れると殿下が取りなす声が聞こえてきて、賑やかなパーティーが再開しました。




 後日、わたくしはルビアン様のお屋敷に招待されました。

 流石公爵家。屋敷も大きいです。むしろこれは一つの城ですね! そして、庭園も素晴らしいです。


「あの時は本当にありがとう。ユリアさん」


 お茶会が始まり、最初の話題はお庭の事でしたが、本題とばかりにルビアン様が静かにお礼を述べました。

 結局、殿下、第三王子との婚約は無くなったそうです。

 公爵様が大層お怒りになったとかで。

 あの様な場で、あの様な事を言われたら、まぁ、怒りますよね。

 そして今度は第二王子との婚約の話が出ているそうです。

 側室の子という事もあり、第二王子は、第三王子よりも立場が下だったのですが、今後は立場が逆転するかもしれません。


「貴方のおかげで、わたくし、『破滅』しなくてすみました」

「破滅ですか? いくらなんでも大げさです」


 苦笑してしまいます。

 

「でも、わたくしとリアナさんのお話が混じっているとは思いませんでした」


 ルビアン様の悪い噂の理由はリアナさんが原因だったようです。

 リアナさんは、王子妃になる事を目論んでいたそうです。男爵家令嬢の考えることではないですよ、末恐ろしい方です。

 そんな、リアナさんとわたくし、外見の特長も少し似ているのです。

 金と取るか、黄色と取るか。みたいに、髪の色と瞳の色が少し似ているのです。

 リアナさんはご自身の髪をピンクだと口にしていましたが、わたくしはローズピンクか、オールドローズあたりでしょうか?

 瞳の色もリアナさんがエメラルドグリーンだとすると、わたくしはオリーブグリーンです。

 桃色頭に緑の目。と大ざっぱに言えば、どちらにも当てはまるのです。

 そして、不幸というか不運といいますか。

 男性が呼ぶユリア令嬢と女性が口にするユリア令嬢はまったくの別人だったのです。

 男性が呼ぶユリア令嬢というのはユリアナシアさんで、女性が呼ぶユリア令嬢はわたくし、……ギルガメッシュだったのです。

 そのせいもあり、生徒会の皆様はわたくしの所には情報収集には来ず、ユリアナシアさんの所にだけ聞きに行ったそうです。

 そうそう、階段から突き落とされた。というのも自作自演だったそうです。

 ちなみにケガは捻挫だったそうです!! 自作自演で捻挫! わたくしは青たんでしたのに!

 い、いえ、これは私怨ですね。

 校医の先生はわたくしがユリアと呼ばれている事を知っていたので、生徒会の方が「ユリア嬢のケガの状態を知りたい」というお言葉にわたくしだと思ったそうです。

 悲しい行き違いです。泣けてきました。

 ちなみに、わたくしの縁談は当然のようにございません。

 きっと陰で青たん令嬢と呼ばれているのでしょう……。


「ねぇ、ユリアさん。ユリアさんは領地に戻るのよね?」

「はい。月末には帰路につきます」

「では、公爵領を通って帰省いたしませんか?」

「公爵領をですか?」

「ええ、わたくしも領地に帰ろうと思っているのだけど、長旅になるでしょう? 一緒に帰れると楽しいと思うの。ユリアさんにとっては少し遠回りになってしまいますが」

「よろしいのですか?」

「ええ、ぜひ」


 ニコニコと優しい笑みを浮かべているルビアン様。

 ……甘えてしまったのは言うまでもありません。



 そして、その後何故か、ルビアン様のお兄様に見初められてしまいました。

 あの、わたくし、男爵令嬢ですよ!? 公爵家に嫁入りとか無理ですよ!?

 次男だから関係ないという事は絶対にないと思うのです!




 どうやら、わたくし、ユリアナシアさんのかわりに、とんでもない玉の輿に乗ることになりそうです。

 







 □■□■□■□



 あとがき。


 公爵令嬢は転生者。

 ギルガメッシュはモブ。

 ただ、公爵令嬢が勘違いしちゃって、ユリアさんと呼んだ事により、妙な補正がかかった。

 ギルガメッシュ令嬢が池に落ちて、制服破いちゃった場面に立ち会ったせいで、フラグがたったと半泣き。少しでもフォローしようと制服を調して贈呈。

 でもある日、ギルガメッシュと似たような女性が攻略対象の周りにうろちょろしているのを見て、困惑。

 断罪イベントで断罪される内容がギルガメッシュとの間にちょいちょい起こるが、ギルガメッシュ自体は自分に懐いている上に噂を否定。

 やがて強制力とでもいうか、断罪される内容が妙な形でギルガメッシュとの間に起こっている事を知り、自分の運命はギルガメッシュが握っている! と、気づき、ギルガメッシュの周りをルビアンがうろちょろ。おかげで断罪イベントの内容がお笑いか、問題ない形で終了。

 婚約破棄は行われたが、ギルガメッシュが自分の側に立って否定してくれたおかげで何の問題も無く、むしろ浮気男と別れられて大満足な結果に。

 


 あと、青あざよりも青たんの方がおまぬけっぽくって、そっちにしました。


□■□■□■□

以上が後書き含めてpixivにてオリジナルで公開していた内容となります。

一応テーマが婚約破棄なので、タグは「恋愛」にしたけど、恋愛? って気がしてならない。

ラブコメの方がまだそれっぽいのだろうか?

でも、それもちょっと違う気がしますが、一応、恋愛ものという事で……。

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