キャベツ
私学生
キャベツ(本文)
キャベツ
ワンルーム。12/24日。心臓の血管のあたりに、熱が籠った。私の頭と身体に提灯が入ったみたいに、ほのかに光る。
わけもないな。
祝日ムードに侵食されたのか、奇妙な想像がぽつぽつ頭に浮かんできていた。
飴玉模様は人の殺人衝動を駆り立て、毎日殺意を覚えるようになって、でも雨が降るからなんだか、殺したい相手と距離が縮まらない、らしい。多分脳の箪笥から色々混ぜ合わせた嘘。
自分が突然誰かに一目ぼれしたときのこと。細い細い通路があっちのほうまで続いている。周りを見回せば全部赤色の壁。あの人と撃ち合って、赤色の海へ落ちていく私。多分嘘。もしかしたら私はそこの住人かも?
そういえば夢ってどうせ、今日想像したものの中からブレンドされるのか、そう考えると布団から逃げたくなった。けれど、風邪のせいか衝動が反転して、布団ですっぽりと自分を覆った。布団星人を志す少年少女になったつもりだった。
発熱を抑え込むためか、体温が脇から布団へと、逃げていく。また鼻をティッシュで覆い、あれを出したら、捨てた。捨てる。未練なく、捨ててしまう。そうやって、自分からはみ出た体液を処分することが、私を脱力させていた。クリスマス・イブ。私、郡上由美からはガスが抜けていたのだ。街はクリスマスムードでぱんぱんに膨らんでいるのになあ。その喜びは、本物なのか、なんてことを思った。
顔さえ知らずにいるキリスト様を祝う偽善のすすめ、クリスマスってそうでしょうよ。また、くしゃみが私を鼻から濡らす。
つま先さえも体の異常を示している。けれど、歩いて、執念と衝動に従って、水を断たれた28日目のような感覚で、台所まで、貞子のごとく歩いた。水を温めることにした。キャベツも食べよう。冷蔵庫から取り出し、水洗いをする。鼻の先のほうに意識がつんのめっては、電車で体が前後に動くときのように、すっと意識は格納される。水洗いに向けていた意識が、突然私の考え事や、悪寒や唾液の粘り具合や怠さに向く、キャベツを何回も流しに落としては、拾ってまた洗っていた。
当初の水を温めるという用事を忘れ、没頭により頭は水を欲することが一周したのか黙り込み、さあおかしくなってきた。因果関係があるのかは分からないが、郡上美紀こと私の母親の、小麦粉を溶かしたように不明瞭な言葉を、思い出した。
「キャベツはほぐすけん、ええね。」
少し前、キャベツの重要さを知った。分かりやすく、キャッチ―で、他のホウレンソウやアスパラと一線を画す見た目をし、味には無駄がない。それらの優越感に酔ったような、敷居の高い雰囲気もしない。ふよふよ漂う感じの色だ。染色体の単位から、私のもつれを直してくれる、みたいな。
クリスマス・イブの集会の音が耳に入った。いつくしみ深き、ともなるイエスは…讃美歌。確かに私の心に滑り込むようだった。
でもなんだか喉を通らなくて、滑り込まれる自分はいやで、窓を閉じた。もう一度台所を見た時に、キャベツの塊は消えていた。緑が消えた台所は、廃れた気がした。
「食べすぎはなんでもよくないし、これくらいで」母親は讃美歌が嫌いだったな、そう思い出す。突然の急死のときに、台所にはキャベツがなかった。
「ちょっとぶつからないと、つまらない」祖母はそう言ってキャベツの可食部分を9割がたゴミ箱に投げ入れた。爽快な放物線と、飛び散るキャベツの匂いに私はたじろいだのを覚えている。
風邪がクリスマス・イブを殺した気がした。私が手に残っていた、1割のキャベツを、齧った。風邪と私の一日の軌跡や影が、食物繊維で絡まって。また記憶の一つになって、私を次の健常な一日へと送るのだろう。
段々と体が想像や一日との、縁や現在地が外れて、どこかに放り出される。
なんだか怖いな。布団星人はそうして、明日を手に入れる夜の旅に出る。
キャベツ 私学生 @watashihagakusei
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