結婚してください?本当に? 冗談でしょう?
日向はび
第1話 出会ってしまった
彼女と出会ったのは、身分を隠してよくいくカフェの窓際の席。
豊かな黒髪を背に流した彼女。
思わずその美しい髪に目が惹かれて彼女を見たとき、俺は一瞬で恋に落ちた。
彼女はとても美しかった。瞳は琥珀色でどことなく神秘的。
目があった途端、照れたように顔を赤くして顔を伏せた。その仕草さえも、俺の心を掴んで離さない。
いつもならすぐに声をかける。婚約者はいるが、どうでもいい。気に入った女には声をかけるのが男というものだろう。ただ、彼女にはどこか気軽に声をかけてはいけない気配があった。
じっと見つめていると再び視線が交差する。そして彼女は魅惑的に微笑んだ。
「お隣いいですか」
たまらず声をかける。
彼女は一瞬驚いた顔をして、小さく頷いた。
ああ、そんな姿すら美しい。
「ここにはよく来るんですか」
俺は積極的に声をかける。
彼女はこちらを警戒しているのか、下から覗くように俺を見ていた。
ああ、その視線の虜になりそうだ。
「俺はここが行きつけでして……落ち着いた雰囲気でいいでしょう」
「……はじめて、きました。でも、たしかにいいところだと思います」
恥ずかしげに彼女が頷く。
声も美しい。透き通るような声だ。
観察すれば仕草も丁寧。きっと貴族の生まれだ。従者がいないことは気になるが、自分だってそうなのだからいいだろう。
「俺はマクセル・ガヴェレオ。よかったらすこしお話しませんか? 隣の席になった縁で」
ふふ。と彼女が笑う。
「いいですよ。ガヴェレオさん?」
「マクセルと」
「マクセルさん。……男性のお名前をお呼びするのは初めてだわ」
はにかむ彼女が可愛らしい。
俺は必死に彼女と話した。特別におしゃべりだと思われてもいけない。がっついてると思われるのもだめだ。けれど寡黙過ぎてもいけない。
ウェットに富んだ話で彼女を盛り上げながら、彼女の話を聞く。そしてやさしさや穏やかさを見せる。
こうすれば女性は自然と好意的に見てくれるのだ。
予想通り彼女はすこしずつ緊張を解いていった。
「ここのカフェオレを頼むと名前を入れてくれる人がいて……ああ、そうだ。お名前はなんて?」
自然な会話だったはずだ。
少し急いたかもしれないがきっと答えてくれる。
確信をもって言えば、彼女ははにかんだ。
「ヴァイオレット、と申します」
「レディ・ヴァイオレット。素敵なお名前だ」
本当に綺麗な名前だ。彼女の黒い髪と似合う。素敵だ。
うっとりとしていると、彼女が唐突に席をたった。
「ごめんなさい。用事があって、このあたりで……」
これはまずい。まだ家の名を聞けていない。これでは彼女とまた会うのは難しい。どうしたら……。
焦る俺。すると彼女が恥ずかしそうに言った。
「また、きます。もし会えたら、そのときにまたお話してください」
俺は興奮に立ち上がりそうになった。なんてことだ! 嬉しい! また会える!
「ぜひ!」
俺は女たちが惚れ込む笑顔で彼女に答えた。
それから俺たちは何度もカフェで出会えた。
彼女は可愛らしい顔で「奇跡ですね」などという。ああそうかもしれない。君にあえてうれしいよ。思いのまま告げればやはり嬉しそうにはにかむ。可愛らしいにもほどがある。
雪の日でも彼女にあうためにカフェへ行った。
貴族としての仕事は投げやりにして、いそいそと足を運ぶ。
婚約者が悲しむぞ。と父がいうが、聞こえない。あんな面白みもない女などしらない。名前だって呼ばない。キアラだったか。どうでもいい。
私の跡をつげ。と父がいうが、聞こえない。そんな面白みもない仕事などしない。領民など放っておけ。金さえ産めばどうでもいいじゃないか。
もうすこし貴族らしい生活を。と母がいうが、聞こえない。俺はいま何よりも貴族らしく紳士に女性と付き合っているのだ。どうしてわからない。
付き合って欲しいと言ったのは彼女だった。
家の人が厳しいから、こっそり彼女にしてくれというのだ。ああ、いじらしい。婚約者がいることは告げていなかったが、彼女には告げないといけない気がした。それで告げると彼女は泣きそうになったけれど、婚約を破棄すると言えば、申し訳なさそうにしながらも喜んでくれた。
婚約者のキアラは身分が俺より下だ。俺から婚約破棄を言えば逆らえない。俺が破棄してやったら追いすがってきた。うざい女だ。
それから二人でいろいろなところへ行った。
勉強なんて糞食らえだ。
ドレスも、宝石も、最高の食事も彼女に与えた。そのたび新鮮な喜びを見せるのが嬉しかった。ああ。可愛らしい。
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