残り香

「エドルフ、お前って本当にきれい好きだよなあ。俺は汚れまくりだ」


 何一つ血をあびていないエドルフをみながら、いたるところに血がついているフェルドが流暢にいう。


「これで一件落着ですね」


 そうつぶやきながら剣をしまうと、エドルフは、赤き獣の方へと近づいた。


 すると赤い獣の耳がピクッと動いた。エドルフは思わず身構える。獣は視線のみをエドルフたちのほうへと向けた。


 もう動くことができないようだ。


「オ前タチハ?」


 赤い獣はいまにも途切れそうに言葉を放つ。


「僕たちはある任務をうけてこちらへ訪れた者です」


「我々ノ征伐カ?」


「そうではありません。今回はたまたまですよ。たまたまあなたが暴走していたので止めたにすぎません。ただあなたと対峙してわかったことがあります。どうやら僕たちが探しているものに触れていたみたいですね」


 赤い獣の目が大きく見開く。やがて目をゆっくりと閉じる。



「探シ物?」


「そう探しものだ」


 フェルドが頬についた血をぬぐいながら獣のほうへと近づく。


「あんたたちはどう呼ぶか知らねえが、俺たちは“クライシス”と呼んでるやつだ」


 赤い獣は再び目を開ける。


「確カニ我ハ触レタノカモ知レヌ。ダガ、ヨクワカラヌ。タダ言エルノハ我ガ我デナクナッタ感覚ダケダ」


 声に力がなくなっていく。


「無理をしなくていい。俺たちはそれを消去するためにきたんだ」


フェルドは赤い獣を優しく撫でる。


「そうだ!ちょちょいと解決して、フロンティア名物の魚のフライを食うんだよ~」


 獣は最後の言葉に目を細める。


「フェルド。あなたは……」


 エドルフは頭を抱える。


「オカシナ小僧ダ。アレヲ消セルトハ思エンガナ」


「そんなことねえよ。俺たちは大丈夫だ。そうでなければ、俺たちはここにはいない」


 フェルドは自信満々に答える。そんなに余裕かましていいものかとエドルフは思う。


 たしかにフェルドのいうことは一理ある。


“クライシス”と呼ばれるものは強大な魔力を示している。それがよい方向で用いられるものならばよいのだが、なにせかつて世界を絶望させようとした魔王の残り香だ。とても良いものではない。ほんなもの手に入れるならば、欲望に飲まれてしまうほうが大きいのだ。


 もちろん、魔力というものは基本的にあらゆる生命体に多少なりとも備わっているものだ。それを手に入れるということは自分以外の生命体から奪い取るということになる。ゆえに容易なことではない。それをやってのけたのが魔王ギルデイであり、強大な魔力を備えることとなったとされる。それゆえに倒すことができずに封印という手段を取った。


 封印してもなおもれだす魔力はあらゆる生命体へマイナスの要素として流れ込み、あらゆる事件を引き起こしている。それを解決するために組織されたのがクライシスハンターであり、魔法騎士団のなかでもエリート中のエリート。魔王ギルデイに対抗しうる可能性のある者だと認められた魔法騎士団がなるのだ。


 フェルドもエドルフもその実力があると認められている。さすがに魔王ギルデイと戦えるとは思ってはいないが残り香ぐらいはどうにかできる自信はある。


「ソウイウコトカ」


 赤き獣が、まだ痛む体を引きずりながらも、ゆっくりと立ち上がった。


「おい! 無理するな」


 フェルドが声をかけると赤い獣がククククと笑う、


「我ノ心配力? 小僧」


「小僧じゃない。俺はフェルドだ」


「モシソレガ可能ナラバ救ッテクレ。“あれ”ニ触レタノハ我ダケデハナイ。我ガ仲間タチモ頼厶」


「わかっているさ。でも絶対にお前の仲間も助けてやるよ」


「ソウカ。ソレハ楽シミニシテイル」


 最後にそう言い残すと、赤い獣は忽然と姿を消した。


「あれ? 消えた」


「おそらく帰ったのでしょう」


 ラトラスの言葉にエドルフがそう答えた。


「こりゃあ、重大だなあ」


 フェルドは後頭部を撫でながら困惑の色を浮かべていると、エドルフがそれが仕事だとフェルドの肩をぽんと叩いた。



「ちょっと! あんたたち!」


 そのときであった。 エレナの声が背後から響き渡った。振り返ると好奇心に満ち溢れているエレナと、あきれ返っているのピスマユル、そして何が起こっているのか理解できていないようすで茫然としているラトラスの姿があった。


「あんたたちは本当は何者なの?」


 エレナの質問にフェルドとエドルフはお互いの顔を見合わせながら肩をすくめた。

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