第一章『前線の街の青年』(5)

     ※


「クソ……。なんか、頭……ぼんやりしてきたかも……」

 疲労を訴える体に鞭を打ちながら、なんとか安全そうな場所に辿り着く。

 もっとも保証はない。さきほどだって、機械生命スカヴェンジャーの気配がなさそうだと踏んで侵入した建物跡で、見事に三機の飛行型を引き当てている。貴重な弾薬を消費させられたのだ。

 この銃──《黒妖の猟犬ブラックドッグ》は、撃ち出すものが雷撃であり、厳密な意味での弾薬を実は必要としない。だが無論、撃つたびに消費されるエネルギーは何かで賄う必要があった。

 具体的なことを言えば《魔力》である。

 魔術に費やすためのエネルギー。人間や機械生命が体内に溜め込んでいるもので、このエネルギー自体は魔術師ではない者でも基本的には持っている。

 無論、それを用いて魔術を行使するためには才能と研鑽が必要不可欠だが、その過程を丸ごと無視するのが旧界遺物の恐ろしいところだ。

 定められた機能──この銃であればいかずちの射撃──以外はできないものの、魔力を与えるだけで誰が使っても一定の効果を発揮できる。魔術が苦手な俺でも、魔術を扱える。

 そういう意味では、雷を射出する銃というより、雷の魔術を放つ杖と表現するほうが、おそらく本質には近いだろう。まあ、結果だけ見れば似たようなものだが。

 なにせ、どちらにせよ弾切れは当然に起こすのだから。

「……魔力を、使いすぎてんな……」

 口に出すことで現状を噛み締めておく。どんなエネルギーも絶対に無限ではない。

 この銃は全部で三種類の術式を切り替えることが可能だが、さきほど使用した殲滅用の第二術式セカンドバレットは、単体用の第一術式ファーストバレットと比べて消費が大きい。

 強力である分、そう易々とは乱発できない切り札だということ。

 何より銃の弾切れなら単に撃てなくなるだけだが、魔力の消費は体調にも直結する。

 わずかに感じる頭痛は、もちろん激しい運動を繰り返したせいでもあるが、体内魔力の残量が少なくなっているサインでもある。このまま使いすぎると気絶しかねない。

 当然それは、この場所において死と同義だ。

 せめてこの銃に、空気中の魔素を利用できる機構でもあればよかったのだが……。

「……あるのかないのかすら、わからんからな……」

 圏外域に満ちる魔素と、人間が持っている魔力とは、本質的に同じものであるという。

 それがなぜ毒になるのかは実のところ俺も詳しく知らなかったが、原理上、この魔銃に込める弾丸は大気中の魔素で代用が利くはずだった──が、その方法がわからない。

 旧界遺物に、まさか説明書があるはずもないのだ。

 手に入れた親父も知らないだろう。便利な旧界遺物の弱点と言えば、そんなところだ。

 ないものをねだったところで仕方がない。

 俺の心が折れかけているから、楽な道を探してしまっているのだ。

 胸中で、そう自分に言い聞かせる。気を強く持とう。

 俺は親父が残したデバイスを取り出し、再びマップを起動した。

 こちらに至っては、いったい何を動力として動いているのかさえ不明だが、さて。

「結構、近くまで来られたな……あとちょっとだ」

 そう言って自分を奮い立たせる。

 ……現実逃避だ。辿り着いたところで、安定剤スタビライザーを使い切ってしまった以上は、野垂れ死ぬ以外の未来がすでにないのだと頭ではわかっている──心が受け入れていないだけ。

 親父が遺したという《面白いもの》が、俺の生還に役立つという都合のいい奇跡を祈るしかないのだ。それくらいの逃避はしていないと、頭がおかしくなりそうだった。

「今さらになって、変に冷静だよな俺も……、ふぅ。よしっ」

 パック詰めのゼリー飲料で最低限の栄養と水分補給を終わらせ、肩を回す。

 圏外域を生き残るコツは、下手に移動しないことと、一か所に留まりすぎないこと。

 矛盾はない。これは、上手く移動し続けろ、という意味なのだから。

 たとえば、さきほどの飛行型ローター機は外部の情報をカメラ越しに受信していた──要するに人間で言う《眼》によって視覚情報を得る機体だ。

 だが、違うセンサーを持つ機械もいる。

 音、温度、匂い、その他……個体差の激しい機械生命スカヴェンジャーは、似たような見た目でもまるで違う構造を取っていることがあるのだ。中には誤魔化しようのないタイプもいる。

 それらを掻い潜るには、結局のところ蠢く機械生命の合間を縫うように移動し続けるのが、最も安全な生存方法と言えた。知識と経験と、あとは運さえあればの話にはなるが。

 場所を移るために、一歩を前へ踏み出す。

 今、俺はさきほど襲撃を受けた建物から大通り沿いに北上した先にいる。

 整然と立ち並ぶ、苔生した廃墟の陰に身を隠しながら、大通りの様子を窺っていた。

 やはり大通りに動く影はない。

「…………」

 考えてみれば奇妙だ。

 これだけ開けた場所なら、もっと何体も動いている機体を見るほうが自然だろう。

 最初は、俺の肩を刺してくれやがった多脚の大型機に、周辺の機械生命スカヴェンジャーも追いやられたものと考えていたが、あれからそれなりに時間が経っている。

「なんだ? もしかして、この通りには機械生命スカヴェンジャーたちが近づけない理由があるのか?」

 たとえば、それは文明圏に機械生命スカヴェンジャーが攻め入ってこないのと同じような。

 俺は足元へと視線を落とした。

 こんな滅びかけの世界で、それでも人類がかろうじて永らえている理由は、絶対の安全圏があるからだ。でなければ、とうに機械生命スカヴェンジャーたちに絶滅させられていたことだろう。

 大気中に魔素が存在しない人類の活動領域に、彼らは絶対に侵入してこない。

 それは星の内側を巡る魔力の流れ──地脈と呼ばれるものの働きによる《結界作用ドメインエフェクト》が理由だという。侵入どころか、外側から攻撃すらしてこないのだから不思議な話だ。

 浄化された人類圏に、汚染された悪しき機械生命スカヴェンジャーは干渉することができない──という教会の魔術師たちによるご高説の是非はともあれ、事実として父は、その理屈を応用することでかつて《開拓者の前線パイオニア=フロント》を確立している。

 この大通りに、人類圏と同じような結界作用が働いているとしたらどうだろう?

 大気中に魔素があるかないかなんてことは視覚じゃわからない。

 俺がもう少しくらい魔術に長けていれば判別する方法もあったのだろうが、魔術アレは基本的に天才だけが修めるべき技術の類いだ。努力では、生来の才能を絶対に覆せない。

 いくつか基礎魔術を習得しただけで、残りは諦めてしまっていた。

「……いっそ突っ切るか?」

 かなりの賭けだ。分がいいのか悪いのかも判然とせず、にもかかわらずチップは命。

 ただし見返りは大きい。このまままっすぐ進んだ先が目的地の塔である上、もし仮説が正しければ、戦闘どころか魔素による汚染まで回避できるのだ。

 生還の目は一気に上がる。というか、そうでもなければ生きて帰れそうにない。

「は……だったら迷う理由はない、か」

 意を決し、俺は廃墟の陰から大通りへと身を投じる。

 両足に力を込めて、俺はそのまま一気に大通りを駆け出した。

「はあ……は、ふ、ふふ、はは……っ!」

 恐ろしすぎて、一周回って笑みが零れてくる。

 テンションがおかしくなっていた。今まで何度も襲われてきたというのに、戦うよりもこうして走っているだけのほうが恐ろしく思えるなんて、なかなか新鮮な発見だ。

 そう、走っているうちにわかってくることもある。

 ──本当に何も出てこないのだ。

 これはひょっとすると、仮説が的中していたのかもしれない。

 圏外域の中に安全地帯があるとするなら、それだけでも大きな発見だろう。

 親父も、それならそうと書き残しておいてくれればよかったのに──。

「────────」

 刹那。嫌な予感が背筋を貫いた。

 。もしここが安全ならば、なぜ父はその情報を記しておかなかったのか。

 否、父は英雄と呼ばれた男だ。そんな情報を持っていれば、俺に残す以前に、最初から公開していただろう。自分ひとりで独占するような真似を、父がするとは思えない。

 ならば。少なくとも父が生きていた頃、ここはごく普通の圏外域であり。

「う、お……おぉああああぁぁっ!!」

 背筋の不快な直感に、俺は全てを委ねて前へと跳んだ。

 ──昔から、どうしてか背中側の気配には異常に敏感なのだ、俺は。

 だから直感に命を預けられたし、だからこのとき、俺の命は少しだけ永らえた。

 直後、背後で炸裂音がした。

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