第26話
グリフィンとのひと悶着がうるさかったのか、黒羊ちゃんは目が覚めたみたいだった。
囲んでいる柵から出してやった。
乳を搾って、コップ一杯に今朝の分をいただいておく。毎日助かります。
やること終わった?みたいな顔をした黒羊ちゃんは、立ち上って遠くを見る。
非常にマイペースな黒羊ちゃんはスタスタと草を探し求めてどこかへ行ってしまった。
ここら一帯は、キノコ飼育の為にほとんどの植物を素材化してしまった。
黒羊ちゃんにとっては食べる草がなくなって迷惑だったかもしれない。
軽快なステップで走り去る黒羊ちゃんの背中に、ごめんと謝っておく。
なにかお返しできればいいのだが、今のところ何もできていない。
草だけあればいい、みたいな顔をしているからこちらも何をしてあげればいいのか悩むのだ。
毛並みを綺麗にしてあげよう。
どうせそのうち帰ってくるだろうし、その時にマッサージも兼ねてあのサラサラの黒い毛をとかしてやろう。そのくらいしか思い浮かばない。
黒羊ちゃんとは違って、仲間になったばかりの白いグリフィンはかなりベタベタに俺にくっついてくる。
隙あらば頬擦りしてくるのは非常にかわいいのだが、なにせ嘴が鋭くて固い。
ちょっと動きをミスると肩にぐさぐさと刺さり、これが非常に痛い。
涙目になるレベルの痛さだ。でもかわいいから許そう。
こいつも品種改良の魔法を使って禁忌に触れたら、とんでもない美女が生まれるのだろうか。
俺の人生で出会った最も美しい人は誰か。
その答えを求められたならば、俺は迷わず黒羊ちゃんの人型だと答えることだろう。
雰囲気から顔のパーツの細部に至るまで、癒し系の頂点を極めた様な黒羊ちゃんのかわいさ。あんなにかわいい人を見たことがない。
また会いたい。アイドルに憧れたことはなかったが、今なら少し気持ちが分かる。
グリフィンは気高い魔物だ。その人型ともなれば、凛々しい美人が見られるのではないか。その子は黒羊ちゃんとは違う魅力を持っていそうだ。
ただし、あの品種改良はとてもコスパがよろしくない。
俺の現在のレベルでは、人型を維持するのにMPの消費が激しすぎる。数分間美女を見るだけの為に、一日の活動を棒に振るわけにはいかない。
やることやって、成長もして、美女はその後に楽しめばいいと思うよ。うん。
きっと強くなれば一日中人型を維持するなんてことも容易になってくるんだろうな。その日が来るのが楽しみだ。
森の中は自由だが、自由には代償もつきものだ。自分で何もかもやらねばならないという代償が。
だから怠けてばかりいられない。人はやらされると怠けてしまうものだが、自分のやりたいことをやっているときは怠けるはずもない。
俺の森生活は好きでやっているので、当然後者にあたる。
日々生活が豊かで便利になっているのをしっかりと実感していた。
それにしても、グリフィンは本当に俺に懐いている。
キノコが本体なので、性格に違いが出るなんてこと想像していなかった。
黒羊ちゃんとグリフィンはまさに対局にいる。
乳を出すだけ出すと、とっとと自分のやりたいことに集中する黒羊ちゃんはどこか俺と似ていた。
グリフィンはずっとついてくる。
本当にずっと。
それこそ出すものを出すときでさえ。
ずっと見られていると、出るものもでないのだが!
ちょっと、嗅がないで!!
とんだ羞恥プレイである。
森に来て恥ずかしい思いをしたのはこれで二度目だ。
一度目はミリーに裸を見られた時……ではない。あれは別に恥ずかしくない。俺の下半身のキノコは立派だからな。
最初に恥ずかしい思いをしたのは、イノシシの魔物に負けそうになった時だ。
己の無力さを恥じたのだ。
……くぅ、おれかっけええ。恥じる部分までなんかかっけええ。
森って最高だ。
自分の思考だけでハイになれてしまう。
グリフィンがずっとついてくるので、無理に引き剝がすのも可愛いそうなので、一緒に朝食を作ることにした。
区画外に移した香草たちを採取してくる。
今朝がた、植物合成によって水キノコという新しい品種を作り上げている。いずれ水キノコも大量生産すると考えると区画の拡張が必要だ。
区画拡張の際には香草類たちを植える場所も欲しい。
香草類は食材にしかならないので、優先度は低い。急ぐ必要性はない。
中には薬草もあったりするが、俺にはキノコ回復スキルがあるので無用の長物。
さあ、材料は揃った。調理の時間が始まる。
水キノコ+に魔力を注いで鍋いっぱい水を入れる。
焚火ポイントに火炎キノコ+と鍋を設置して水を沸かしていく。
沸騰したら、祭りの始まりである。
殻の柔らかいカニの魔物をドゥーン!!
香草を手当たり次第にドゥーン!!
帝キノコ+を4個もドゥーン!!
塩コショウをドゥーン!!
煮る!!ただ、ただ煮る!!
待ちに待った鍋である。
「ああうぅ」
感動で変な声が出た。
前に猪鍋をやろうとしたときはドラゴンに邪魔をされた。
あれからいろいろあって汁物とは縁が遠のいている。
だから目の前で旨味を出し続けるカニの魔物に感動すら覚える。
カニの出汁が香草や帝キノコ+の香りを混ざり合って、それはそれはうまそうな匂いが漂ってくる。
しかもカニ味噌が溶け出し、スープに良い色ととろみも加わってきた。
カニ味噌とは予想してなかった。肉にばかり目を奪われていたから、この黄金の内臓を見たときは一瞬驚嘆した。
「幸せだ」
この鍋には幸せが詰まっている。
これさえあれば、世界に争いなど起きないはずだ。
だがしかし!分け与えない。
これは俺とグリフィンで全部食べる。全部飲む。鍋の底までペロペロしちゃう。えへへへ。
鍋はぐつぐつとしっかりと煮込まれた。時は来た。
俺は天然の木から作った箸でカニを掴んで、鍋から取り出す。
木の皿の上に乗せ、胴体部分を開いた。
中から汁とカニ味噌が恥ずかしそうにその姿を見せる。
いいじゃないの。見せよ、見せよ。我に見せ給えよ。
カニの中に閉じ込められたスープを飲んだ。
「ダァーン!」
海鮮アンド森!!
奇跡の融合!!
次にカニ味噌を一口頂く。
汚らしい見た目のものに、ハズレなし!
濃厚、まろやか、旨味マシマシ、塩気マシ。
ああっ、俺は生きている。
このために生まれてきたのかもしれない。
断言したい、今この世界で俺以上に幸せなやつはいない!
このままだと一人で全部食べちゃいそうなので、脳を制御した。
胴体部分と、残ったカニ味噌をグリフィンに渡す。
嘴で器用に受け取り、丸のみだ。
いつしかのドラゴンを思い出す食いっぷり。
満足げに喉を鳴らしている姿がかわいい。
撫でてやるとまた嬉しそうだ。かわいい。
カニの脚を食べていく。殻が柔らかいのでむく手間なくそのまま食べられる。
触感はカニとエビの要素が半分半分に含まれたような感じ。
ホロホロと崩れる肉の繊維と、噛むとプリプリとした触感もある。
新鮮で甘く、うまい。
こんな柔らかいハサミで、どうやって相手をはさむのだろうか?
……うまいし食べやすいから気にしないでいいや。どうか生態を変えないで欲しい。
守りたい、このカニの笑顔。
脚も仲よく半分こしておいた。
グリフィンは一口で食べるが、それでも美味しいと感じてくれているみたいで嬉しい。
帝キノコ+はグリフィンが3本で、俺が一本。
出汁の効いたスープを大量に吸い込んだ帝キノコ+は、今までにない旨味を放っている。
やはりキノコはうまい。毎日食べているからありがたみを忘れかけるが、これが一番うまいと言っても過言ではない。
残った香草とスープも、木のお玉で頂く。
結構な量があったが、グリフィンと仲良く平らげた。
「ふぅー」
お腹いっぱいである。
体も心も満足だ。
身を寄せ合って、俺とグリフィンは幸せを共有しあった。
鍋洗うの、面倒くさい……。
「あっ、水キノコがある」
川まで行かなくていいと思うと、掃除も急に楽になってくる。
とっとと食器を洗って、キノコ飼育の作業に入ることにした。
今日やることは単純作業である。
キノコ胞子を撒いた区画を順番に回って、植物成長魔法を使っていくだけ。
今は++のサイズまで成長可能なので、MP消費が激しそうだが、頑張っていこうと思う。
今朝も言ったが、やらされる分には嫌だが、積極的にやる分には何事も楽しいのだ。
1番の区画から魔力を注いでいく。
日が差し込んで、気持ちのいいゆったりとした時間が過ぎていく。
俺が魔力を注いでいるのを、グリフィンは通路で脚を畳んで香箱座りでこちらをずっと見守る。かわいい。下半身は巨大だけど、猫ちゃんだもんね。
畑仕事は淡々と時間を消費し、全ての区画のキノコを+サイズまで成長させたところで日が暮れ始めた。
++のサイズに成長させるのは明日以降でいいだろう。
さてさて、黒羊ちゃんも帰ってきたし晩飯を準備しなくては。
グリフィンの家も用意したいが、こいつは俺と一緒にログハウス内で寝そうな感じもする。
どこから手をつけようか悩んでいると、藪からひょいっと顔を出した人物がいた。
巨大なリュックを背負った、猫耳のスタイル抜群美少女。
猫耳をぴょこぴょこ動かしながら、かなり変わった拠点に驚いている様子の彼女と目が合う。
「ミリー!!」
「ダイチ!!」
嬉しい来客だ。
さて、パンツを探さないと。どこにしまったっけなー。前の世界から着てきた、あのボロボロで穴の開いたトランクスは……。
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