第20話
明くる朝、俺は早めに起きて隣の木の上で寝ている貴族のお嬢さんの様子を伺った。
『植物魔法使いのレベルが上がりました』
脳内アナウンスが流れた。
なぜ!?
昨夜は木の上で過ごしたから毒キノコ+など仕掛けていない。
胞子をやたらと拡散しているが、植物成長の魔法を使用していないんだ。成長しきるにはあまりにも時間が短い。
……まさか、使い魔がやったのか?
拠点に置いてきた黒羊が魔物をやったのだろうか?その経験値が加算されたのはでは、という説が有力だ。
しかし、理由は特定できそうにもない。
まあ悪いことじゃないし、ただでもらえたならありがたく貰うだけである。
気を取り直して、少女の様子を再度観察する。
やはり相当疲れていたのだろう。
少女はまだ目覚めていない。
雨は上がり、朝日が昇りかけていた。
少女が目覚める前に、薄暗い中で俺にはやらねばならぬことがある。
パンツをはかなければならない。
パンツはできることならはきたくないのだが、少女の心にトラウマを植え付けるのはよろしくない。
昨夜保険をうって、俺は聖霊の眷属ということにしておいたが、眷属でも下半身にはキノコをぶら下げている。なにせ偽物の聖霊様と偽物の眷属様だからな。
俺のはもっぱらキノコ++サイズだろうか。……少し盛った。すまない。
辺りには巨大な葉を持つ植物が多く茂っている。
その中で適当に大きなものを二枚見繕って、下半身の前後につけた。蔦をベルト代わりに腰に巻き付けて、葉を固定する。
これで最低限のマナーは守れたのではないだろうか。上半身は仕方ない。服を作るのは大変だし、作れても着るつもりもない。信条に反することはしたくない。
俺の準備が整ったので、植物操作の魔法で大木をゆっくり揺らした。
あまり驚かせないように、しかし急ぎたい気持ちもあるので強制的に起きてもらうことにした。
森の外がどうなっているのかわからないためだ。
あまりひどいことになっていないと良いが、最悪の事態を想定するなら早めに動くのがいい気がする。
俺の微力で盗賊たちを追い払えればいいのだが……。
「あなたは?」
木の上から少女の声がした。
目を擦りながら、こちらを見下ろしている。
「昨夜、精霊から通達がきた。そなたを助けるようにとな」
「え?あなたが眷属の方ですの?」
「ああ、おれでは不満か?」
「いえ……そういうわけではなく、服をあまり着ておられませんの」
意識がはっきりしてきた彼女は、少し視線をはずしながら俺と会話する。
やはり葉っぱ二枚では心もとなかったか。
「俺は森と共に住まう者。人の作った服はあまり着たくないのだ」
「そうなのですね。すみません、変な固定概念を振りかざしちゃって」
いいんだ。そちらが正しいのだからな。
この世界に来て、日々体が逞しくなっている。
俺の引き締まった腹筋を見て喜んでいるのは、せいぜい俺くらいなものだ。
「適当な枝につかまってくれ」
彼女を下ろすためにそう伝える。
昨夜上がるときに要領は得ているので、彼女はしっかりと枝につかまった。
貴族のお嬢様を間違っても落とさないように、ゆっくりと枝を操作して地上に下ろした。
「聖霊様みたいなことできるんですね」
「眷属だからな。それと、俺達以外がいるときにあまり聖霊様の存在を口にするな」
再度注意しておいた。痛い奴として、俺まで巻き沿いは食らいたくない。
そう言うと、少女は慌てて口を塞いだ。
聖霊様(昨夜の俺)とも約束したからな。それでいい、素直でよろしい。
彼女を座らせて、燻製肉を千切って手渡す。
この森の恵みである天然肉で、しかも自家製だ。
「食ってくれ。森の恵みだ」
「……いただきます」
間があったが、許そう。大人はいちいちそういうので怒ったりはしないからな。
「あっ……美味しい」
小声でそんな言葉が聞こえてきた。
だろうな。俺が解体から丁寧に行って作った燻製肉だ。腹も減っているだろうし、うまくないわけがない。
お嬢様だから、こんな豪快に肉を手づかみで食べたことなんてなかったのだろうな。
少し恥ずかしそうにしながらも食べ進める。
お嬢様ががつがつとかぶりつけるように、視線を外してやった。
俺もゆっくりと燻製肉を食べながら、空が明るくなるのを待つ。
二人とも朝食を食べ終わったのを見計らって、俺は立ち上がって体を大きく伸ばした。
今日は大変な一日になるだろうからな。準備運動くらいはしっかりしておかないと。
キノコを露出させない程度に運動した俺は、お嬢様に声をかけた。
「俺の名はダイチ。聖霊の眷属をしていることは他の者にはくれぐれも秘密にな。君の名は?」
「私はフォーリア・ミロ。フォーリア伯爵家の長女です」
貴族のことは愚か、俺にはこの世界の1パーセントもわかっちゃいない。
フォーリア様とやらがどれほど偉い方かは存じ上げぬが、森で暮らしている俺を簡単にひねり潰せるくらいには凄いお家なのではないだろうか。
「そうか。お互いの名を知れたし、街道に向かって進むとしよう。まだ情報は欲しいが、それは歩きながらでもできる。少し長い道のりになるかもしれないが、歩けるか?」
「はい、問題ありません」
ならば良し。
おんぶすることになったら面倒だなと思っていた。
獲物を仕留めて肩に担ぐときはテンションが上がって最高なのだが、食べられないものを背負うのは勘弁願いたい。
俺が先を歩き、少女ミロが後を必死についてくる。
多少ペースを緩くしているのだが、やはりステータス上昇のせいか、少女がきつそうだ。
「歩くのがはやいか?」
「いえ、大丈夫です。爺やたちが心配ですので」
「そうか」
偉いな。
自分の身より他人を気遣えるってのは大事なことだ。
そういうことが出来ないやつは、森で、一人で暮らすのが向いている。そう、俺みたいに!
「レベルは低いのか?随分と体力がなさそうだが」
ステータスの件は少し聞きづらい部分ではあったが、相手は子供だ。
子供ならなんとかなるだろう、と勝手に決めつける。
「はい、私は5大魔法の使い手ではない、役立たずですので。家でも立場がなく、優しくしてくれるのは爺やくらいなものです。戦闘にも向いている魔法ではありませんので、レベルは未だに1から上がっておりません」
「聖霊から少しは事情を聞いている」
少し振り返ると、彼女は暗い顔をしていた。コンプレックスたっぷりって感じの表情だな。
貴族の家に生まれる大当たりを引いたというのに、5大魔法の使い手ではなくて地獄行きか。
どの世界でも人知れず苦労している人っているものだな。
その点、何ども繰り返すが、森は最高だ!しがらみなし。制限なし。法律なし。
「どんな魔法を使うんだ?俺も5大魔法の使い手ではないが、うまくやれている。少しならアドバイスできるかもしれない」
「わたしの魔法など……」
これは重症だ。
かなり卑屈になっているな。
仕方ない。あの手を使おう。
若い芽を摘むのは嫌いだし、若い芽が自分から閉じるのはもっと嫌いなんだ。
「聖霊様が言っておられたぞ。そなたには5大魔法にも劣らぬ魔法の才を感じたと」
「聖霊様が……!?」
ほうら、効いた。
彼女は俺を変な変態くらいにしか思っていないだろうが、聖霊様には入れあげちまっているようだ。
スーパーチャットとか投げられる世界なら、バシバシ課金しちゃうんじゃないかってくらい。一晩で心奪われちまっているよ。
「あまり家の者以外には知らせたことがないのですが、聖霊様が言うのなら……」
後ろでごくりと、唾を飲み込む音がした。
俺は知らないのだが、この世界ではかなり重たいカミングアウトになるのだろうか?
いや、彼女の環境だからこれだけ重い空気になっていると見た方がいい。
「私は、音楽の魔法使い……。5大魔法には遥か遠く及ばない魔法の使い手なのです」
そうか。
それは無理そうだな。
俺の植物魔法ってのも相当弱そうだが、音楽魔法はもう無理だ。
どう強くなるのか想像すらできやしない。
「聖霊様の見立ては間違っていなかったな。将来有望な魔法だと思うぞ」
俺は心にもないことを言った。
大人ってのは、卑怯な生き物だ。都合のいい嘘をすぐにつく。
「本当ですの!?でも、聖霊様が嘘をおっしゃるはずもないわ!……こんな私にも、まだ輝ける未来はあるって信じてもいいのかな」
「ああ、聖霊様は嘘をつかない」
汚い大人だ。俺は薄汚れちまった。
しかし、嘘を真実に変える道だってあるはずだ。
音楽の魔法だってきっと価値ある未来がある。……俺は知らんけど。
二人でしばらく歩いた。
具体的なアドバイスができず気まずい空気が流れる中、俺は早く街道についてくれと祈り続けた。
そんなことを考えていた瞬間、目の前から怒号を上げながら剣を振りかざしてくる男が二人駆け寄ってくる。
あまりの迫力に、俺は言語的コミュニケーションをとる選択肢を考慮しなかった。
植物操作の魔法。痺れキノコ+を宙に浮かせる。胞子よ、舞え!
初めての対人戦が始まった。
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