第14話

男には引けぬ戦いというものがある。

それが今なのだ。


他人の肉を求めるなら、己の肉か命を懸けよ。ダイチ――


名言っぽく言ってみた。


しかし、それほどに肉というのは貴重だ。

栄養源だけでなく、ここでの生活の娯楽でありパートナーであり人生そのものなのだ。


ただし、俺もある程度立場はわきまえている。

世の中は弱肉強食だ。

この森は俺のモノではない。


どちらかというとやはり、この森はドラゴン、お前のものになるのだろう。

だから多少の譲歩はしてやる。


片手を突き出して、手のひらをドラゴンに見せる。

少し待つようにという意味だ。


言葉が通じるとは思えないが、交渉はしてみよう。


「ドラゴン、お前の望みはこの肉だろう?これは俺が命がけで戦い、肉を下処理し、味付けをして丁寧に焼いたものだ。所有権は俺にある。ただし、肉はまだ余分にあるから多少分けてやることはやぶさかではない。2切れやるから、それで立ち去っては貰えぬか」


串にはもともと4切れ肉をさして焼いた。

1切れは先ほど俺が幸せタイムしちゃったので、残り3切れだ。

このうちの2切れをあげるという太っ腹具合。男気見せてしまったか。


ドラゴンの目を見つめると、キラキラとこちらを見つめてくる。

「グワァッ」


俺の言葉を理解したのだろうか。

その視線にはやはり敵意はなく、木の幹の上の方で尻尾がゆさゆさと振られている。

上機嫌だ。


こいつは今上機嫌と見た。

これはもしや、交渉成立なのだろうか。ドラゴンは実は知能も高かったりするのか?


知らないが、話を反故にされる前に串から肉を一切れ取り外した。

手に持ち、ドラゴンに渡したいがあまり口に近づきすぎたら腕ごと食べられかねない。


やっぱり人間のほうがうんめーとかなったら悲劇だ。

細心の注意を払って、肉を上に緩やかな放物線を描いて投げてみた。


期待通り、ドラゴンが口を開いて余裕の反応でパクリと小さな肉を食べる。

「ピュギャッ」

嬉しそうな鳴き声の後に、ブフーッっと鼻息が俺に吹きかけれれる。

相変わらず息は臭いが、ちょっとだけかわいい。


この肉はやはりお前にもうまく感じるのか。

なんだか嬉しいぞ。ミリーにゲテモノ魚を食べさせた時のような感覚だ。


作ったものを美味しく食べてもらえるのは嬉しい。

奪われるのは嫌だが、分かち合うのは素晴らしい。


俺は続けてもう一切れ肉を投げてやった。

パクリと器用にそれも食べる。


「グルゥゥゥ」

と喉を鳴らして、目を細めて満足気である。

おいしいか、そうかそうか。それは良かった。

ただし、交渉ではここまでのはずだ。


「約束の肉はくれてやった。さあ、巣に帰るんだ。お前の巣はどこだ?無数の大木の上にもでもあるのか?かあちゃんが心配してないか?」


ゆっくりと語りかけると、満足そうに閉じられていたその大きな目が開かれる。

うるうると輝かせた目玉は、やはり興味深そうに俺をみつめ続け、再度口を開いた。


濃厚なベロチューが俺を襲う。

何度目になるのだろうか。腹のあたりから、下から上へと、顔までペロリと舐めれる。

おおっ、濃厚。

なんという粘度。


これ以上俺に唾液をつけるのをやめてくれ。

そう思っていると、また1舐め来た。


舐められ、白目になりながら俺は、ああ言葉が通じていなかったんだなと気づいた。


交渉など空しく、息を荒げながら次の肉を早くくれと言わんばかりに見つめてくる。

勝手に肉の量を交渉できたと浮かれていたが、普通に考えて魔物と言葉が通じるわけもなった。


だから、こんどはボディランゲージに訴えかけることにした。

最後の一切れを、俺は勇気を振り絞り自らの口に収めた。


はっ!

どうだ、これは俺の肉だ。

「かっはははは、もう肉はないぞ」


一瞬、ちょっとだけ空気が変わったのを感じた。

ドラゴンの目が細められ、少し吊り上がる。


息を大きく吸い込むと、辺りの木々が揺れ動き、葉が舞う。

俺の体まで少し吸い寄せられた。


「おいおい、まさか」


吸い込む動作さと、魔力が集まるのを見て悪い予感がした。

口元に高熱を感じたとき、悪い予感があたったことを察した。


ほとんど直感だったろう。首を少し、左に傾けた。

先ほどまで頭のあった場所に、レーザービームとたとえた方が良さそうな炎の光線が走り抜けた。


髪の毛をかすめた。髪の毛の焦げた、臭い匂いが鼻のあたりに漂う。

後ろの方で何やら轟音がした。


振り向くと、炎の光線に貫かれた大木たちが次々に倒れていく途中だった。

焦げたのは俺の髪だけではなかったみたいだ。


「あーら、まぁ……」


これがドラゴンってやつなのか。

正直、予想していたよりはるかに上だった。


勢いよく炎を出し過ぎたのか、ドラゴンは少しむせて、黒い煙を大量に吐き出した。

もちろん全て俺の体にかかる。相変わらずくっせ。


怒りは収まったのか、またもとの可愛らしい目になる。

良かったな、すっきりしたか?

でもな、危うくこっちは死にかけたんだぞ。


げんこつの一つや二つくらわしてやりたい気分だが、あの固そうな黄金の鱗の前にそんな気はすぐに失せた。


「あっ、いいものあるな」

俺はここで良いものを思い出した。

肉はくれてやれないが、どう調理するか少し困っていた部位たちがあったのを思い出す。


内臓だ。


あれはどうやって食べればいいか悩んでいた。

小腸なんかはもつ鍋にできるが、それも日持ちしない。今日は猪鍋と決まっているからな。


「おい、こっちだ。いいものがある」

ドラゴンを呼んで注意をひいて、肉を干している格子の前に走った。


肉はくれてやれないが、睾丸はくれてやろう。

球を二つ手に持ち、ドラゴンの前に差し出す。


「これ、食うか?」


ドラゴンの目がまた輝きだした。

グルゥゥゥ、と嬉しそうに俺を舐めてくる。嬉しい時は舐めるのか。でも、臭いからやめてくれ。それと炎の光線を吐いたばかりだからか、少し熱い。


ドラゴンに食わせようとすると、その視線が火炎キノコ+に向けられていることが分かった。

こいつまさか。


「焼いて欲しいのか?」

グルゥゥゥ、はいはい。舐める舐める。


贅沢な奴め。

俺の上手な焼き具合で、睾丸もうまくしてやろうじゃないか。


串にさすとき少し背筋が凍ったが、これは食材なんだと自分に言い聞かせる。心を鬼にして刺し貫いた。


じりじりと焼いていく俺の背中をドラゴンがじっと見つめる。

今は地面に降りてきて、とぐろを巻くよう体を丸くしてこちらを見つめている。


俺の拠点でまったりされてもなー。

早く帰ってくれ。


しかし帰りそうにないので、コックと化した俺は睾丸を焼き続けるのだ。

途中、塩を振りかけようとしてやはりいらないなと戻したら鼻息を振りかけられた。


塩をかけるとペロリと背中を舐められる。コショウも振っておくかと気を利かせたら、背中にペロリ。

鼻息=不機嫌、ペロリ=上機嫌だという意思相通が取れるようになってきた。


いや、お前と仲良くなるつもりなんてないんだからねっ!

ちょっとツンデレっぽくなってしまった。


焼き終えた睾丸は、少し臭みがするが、なんともうまそうな具合に焼きあがった。

俺は串に刺した睾丸を見つめる。


……食べてみるか。

二個あるんだ。ここは分け合おうじゃないか。


一つをドラゴンに投げてやると、口を開けてパクリと食べた。

あの大きな体じゃまだまだ欲しいんだろうな。けれど、一つは俺のものだ。


焼きあがった睾丸を口に入れて、噛み千切ってみた。

意外と肉感があって触感は良い。

やはり予想通り癖のある味だが、それでも十分うまいと感じられる代物だ。


「うむうむ、精がつきそうだ」

そんな感想がこぼれた。


めちゃくちゃ美味いって訳じゃないが、通な味。

酒のみには好まれるんじゃないだろうか。疲れたときに欲しくなりそう。


後ろを振り向くと、ドラゴンのやつも満足そうだ。

しかし、その目は次のターゲットに狙いを定めている。


格子の上で干されている肉たちをまじまじと見つめる。

ったく、焼いてやるか。


「これ食べたら帰れよ」

ブフーッっと鼻息が飛んできた。

まるで通じているみたいだな。


喋り方とかの雰囲気である程度の意味を読み取っているのも知れない。


次に大腸を焼いてやることにした。


ここはうんこの通り道なだけあって、流石に臭い。

もっとも食べるのに困っていた部分だし、お前にやろう。


もしかしたら下処理した肉を食べたいのかもしれない。

魔物を仕留めるのは、こいつにとっちゃ簡単な作業なはずだ。


それでも俺の肉を求めるのは、血抜きして腸も綺麗に川で洗ったからだろうか。

旨いものを求めるのは人もドラゴンも同じという訳か。


まだまだ食い足りないだろうし、小腸、心臓、レバー、豚足、脂身の多い肉の部分を順々に火の回りで焼いていく。


しっかり食って大きくなるんやでー。とか母ちゃんみたいな気分になってきた。

焼いてる最中、あれがないので俺は後ろを振り向いてドラゴンの目を見た。


ペロリと背中を舐められる。

だよな。これがないとやる気がでねーぜ。



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