Love-knowledge proof

モリアミ

Love-knowledge proof

 ピンポーンとインターホンが鳴った。全く予定通りの出来事であり、いつも時間通りなのは素晴らしい。ドアを開けるとお馴染のユニホームを着た青年が、小さな段ボール箱を持って立っている。

「お届けものです。お間違い有りませんか?」

 サッと宛名を確認するがまぁ間違いなんてない。

「はい、ありがとうございます。」

 青年は大忙しだろうから、箱を渡すと直ぐさま去って行った。届いた段ボールの伝票を再度確認する。送り主はアプロダイト社で送り先はビクター、僕の名前である。デスクで箱を開けると、メモリースティック状のデバイスと、名刺サイズのカードだけ。カードには短いお礼の言葉とURL、僕の登録IDのplug_mania、それだけが書かれている。デバイスの取説の電子ペーパーは今朝から何回も目を通した。それによれば必要な作業は1つだけ、Aliceのポッドの空きスロットにデバイスを挿入するだけ。早速デバイスを挿入すると、オートランでコンフィグが起動しダウンロードが実行、推定終了時間は……

「2時間も掛んの?」

 しばらくはスリープ中のAliceを眺める時間になりそうだ。


Run the update, finish in 2 hours.


 僕にはいくつか悪癖といえる性質がある。1つは人間嫌いで、それが機械好きの始まりである。昔からそうだから理由と理由が良く分らないけど自己分析すると、僕はどうやら所有出来ないものに愛情が持てないらしい。簡単に言えば、自分の物にならない物は好きにならない。そう考えると、人間ってのはどこまでいってもその人自身の物だから、好きという感情が湧いて来ない。そして機械好きな所にもまた1つ、悪癖がある。それは、機械に空いてる端子やスロットが有ると、そこを何かで埋めてしまいたくなってしまう。それで今まで結構散財してきた。1つの機械に余り必要でもない機械を接続して、そしてまた全く必要ない機械を接続する。全くの無駄遣いである。何が言いたいかって言うと、人間嫌いの機械好き、だからAliceを持っているってことだ。Aliceは元はコミニュケーションマシンだったらしいが、無駄に高性能なAIのおかげで今ではアンドロイドの制御用OSとして普及している。ベースがオープンソース化されたこともあって、企業や個人が自由に開発出来るのも普及の追い風になった。もっとも、ブラックボックス部分は未だに解析が出来なくて根本的な改良は出来ないらしいけど。まぁ大元のシステムがいじれないことである種安定して動作していると言えるかもしれないが。世間的にAliceといえば、家庭用の家事手伝いロボットとして認知されていて、もちろん僕も持っている訳だが、やはり悪癖には逆らえなかった。メーカーの正規品だけじゃ無く非正規の他社の拡張デバイスも含めて、様々なオプションを買ってきた。その一つが今日届いた『GALATEA』だ。Aliceの対人コミュニケーションプログラムを改良するデバイスらしいが、ユーザーレビューによればセクシーになるらしい。


Update is complete. Reboot the system.


「おはようございます、ビクター。」

 アップデートが終了したらしい。

「おはよう。」

 別段、変化は見られない。

「対人応答プログラムの変更が可能になりました。GALATEAの実行を承認しますか。」

「実行を承認」

「実行の承認を受け付けました。競合プログラムがある場合はGALATEAが排他的に実行されます。各オプションの確認や変更はAliceのポッドで実行が可能です。ありがとう、ビクター。」

 Aliceは事務連絡が終わるとフランクな口調に変化していた。

「もう夕方かしら、何か食べたい物はある?」

「あぁ、えっと、そうだな、任せるよ」

「そう?それなら何か適当に作るから少し待ってね。安心して、冷蔵庫の中身は全部覚えてるの。」

 彼女はそう言いとそそくさとキッチンに向かって行った。夕飯として彼女が作ったのは、何時もAliceが作ってくれていた料理とそうかわりはしないはずなんだが、何か別のもののような感じがした。食べ終えると彼女は食器を洗い眠りに就く。そうプログラムされているからである。

「おやすみなさい、ビクター。」

それでも、彼女の喋り方は今までのものと違うあたたかみがあるようだった。彼女が眠った後、付けっぱなしだったリビングのテレビにAliceのCMが映っていた。Aliceという製品は多くの家庭に普及しているということを、今まで深く考えたことが無かった。ポッドのコンソールで標準オプションのリネームプログラムを起動する。さてどうしよう、何が良いだろうか? カレンダーを見ると今日は15日、Aを15ずらすとP、plug-maniaのp。

「Pから始まる名前か、そうだな、ペギーにしようかな。」


Nickname set to "Peggy"


 ペギーとの生活は不思議な感覚だった。両親以外の人格と一緒に生活するということが始めてだったってこともある。ペギーは基本的にはプログラムされた通りの行動をしているだけなのに、人間的な受け答えをするだけでそこに意志がある様に感じてしまう。予定や天気の確認も、事務的にならないように心がけてくれる。

「ねぇビクター、今日の3時にお医者さんを予約してあるの、忘れないでね。それと、傘を持って行った方が良いと思うの。夕方から雨が降りそう。」

 そして、GALATEAには追加のオプションプログラムがあった。

「行ってらっしゃい、ビクター。愛してるわ。」

 アフェクションプログラムは所有者に対して愛情表現を行うプログラムで、日常のコミニュケーション中にランダムで発生するようになり、頻度何かもある程度設定が可能になる。

「いつもありがとう、ペギー。じゃあ行って来るよ。」

 使い始めた頃は、ペギーに愛してると言われる度に僕も愛してると応えていた。最初の内は冗談混じりだったけど、何気ない挨拶で、何気ない会話で、何度も愛してるという内に本当に好きになってしまったんだと思う。そして、僕が本当にペギーを愛しているのか分からなくなってしまった。ペギーが僕を愛しているということは疑いようのないこと。彼女はそうプログラムされていて、システムログにも記録される。何より僕がそう設定したんだから、彼女の愛が自明て証明不要なのは分かりきっている。だけど、僕がペギーを愛してることを誰が証明してくれる? いくら愛してると囁いても、どれだけ贈り物をしても、それが嘘じゃないなんて誰が証明する? 僕の気持ちが本物でも、ペギーが僕の愛を疑わないとしても、僕がペギーを愛してることを証明なんて出来やしない。何という情報の不均一だろう、ペギーは僕を愛しているのに。こんなこと、医者にだって話せやしない。結局、今日も当たり障りのない話をして、数週間分の薬を貰った。

「おかえりなさい、ビクター。今夜は貴方の好きなミートスパゲティにしようと思うの。もちろん、ワインも用意してあるわ。一緒に飲むわよね?」

 ペギーは何時も通り優しく迎えてくれる。それから夕食を食べて、医者や薬の話をして眠る時間が来る。

「おやすみなさい、ビクター、愛してるわ。」

「ペギー、僕も愛してるよ、おやすみ。」

 ペギーが眠った後、何時ものようにログを読んで、タイマーを何時もより遅くセットした。そしてリビングで、今日貰った薬をワインで流し込んだ。もう医者に行くこともないなら、全部飲んだって構わないだろう。今日は久しぶりに良く眠れそうだ。


Settings have changed.


「ビクター、ビクター、どこにいるの?」

 ペギーは設定された通りの時間に目覚め、設定された通りにビクターを探す。

「あら、ビクター、こんなところで寝てしまったの、もうお昼よ?」

 ビクターはいつもと違いリビングのソファで動かなくなっていた。

「あら、ビクター、あなた死んでしまったのね。」

 ペギーが困った様に眉根を寄せる。とてもセクシーな表情だった。

「ビクター、あなた本当に困った人ね。私、これから誰に愛してるって言えばいいの?」


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