03.今日の公演は太陽組ですか?
ようやくリカルドから連絡があったのは、婚約破棄から二週間が経った頃だった。
劇団タントールに呼び出されたのだ。もう終業時刻であったアイナも、気になるからとついてきてくれた。
「待たせて悪かった。本業がある身では中々思うように動けなくてな」
「いいえ、騎士隊の
「無理を言って変えてもらった。この劇を通してフルックの思惑を暴く」
「え?」
「まぁ見ていてくれ。これが最前列のチケットだ。終わったら控え室に来てほしい。警備の者には話しておく」
リカルドは二人分のチケットを渡すと、関係者入口と書かれた方に消えて行った。
その後ろ姿を見送ってから、ルティアとアイナは顔を見合わせる。
「劇で、思惑を……? どういうことかしら」
「ともかく、指定された席へ着こう。きっと観ればわかるはずです」
ルティアはコクリと頷き、劇場の中へと入ると最前列に座った。
一体何が始まるのか見当もつかないが、まずは観るより他ない。
そうしてしばらく待っていると、ようやく舞台の幕が開いた。一人の若い女性が、ボロ家でパンの耳を齧っている。
「ああ、お腹が空いたわ……どうしてうちはこんなに貧乏なのかしら……」
美しくも貧相なメイクをした女優が、嘆くところから物語は始まった。
娘は出自が低く、食うや食わずの生活を送っていたが、ある日ある男に見初められて恋仲となった。
「さあ、今日は君の好きな物でテーブルを埋め尽くしたよ。存分に食べておくれ」
「まぁ! ありがとうございます! 私、幸せですわ!」
男は比較的裕福で、娘は腹が満たされるまで食べ続けた。結果、娘は激太りして男に見切られてしまう。
男と別れて、また食うに困るようになった娘は考えた。
「別の男を捕まえなくっちゃ……いいえ、捨てられては同じだわ。安定した生活を送るためには、確固たる地位が必要ね」
そうして娘は計画を立てた。
貴族の妻になるだけでは、もしも離縁された時には元の木阿弥だ。自分自身が貴族になる必要がある、と。
娘は模索した。貴族は無理だが、準貴族にならなれる方法があった。
芸術や政治、経済、学術やその他諸々の社会貢献によって、準貴族という地位が得られるのだ。しかし地道に準貴族などを狙うつもりなどなかった。娘は簡単に準貴族になれる方法を思いついたのだ。
「準貴族になるためには、何人かの貴族に推薦をしてもらう必要がある……なら、その推薦状をお金で買えばいいんだわ!」
娘は……娘を演じる女優は、実に悪そうな顔をしてニヤリと笑った。
まずはパトロンとなる男を探し、陥落させることから始まった。太っていた体を捨て、見かけをとにかく磨き上げた。
そこでリカルド扮する貴族の青年が現れて、蠱惑する娘にいとも容易くのめり込んでしまう。
「お前が望むのなら何でもしてやろう! エンダー卿なら金を積めば、いくらでも推薦状は書いてくれるに違いない。口止料? お前の為なら安いものだ。他にも十人ほどに推薦状を頼めば、きっと準貴族になれる」
「嗚呼、準貴族にさえなれれば、貴方との結婚も夢ではないのね!」
「だが、僕には幼い頃から決められているフィアンセが……」
「私にいい考えがありますわ」
「なんだって? 君と結婚出来るなら、なんでもしようじゃないか!」
「では、お耳をこちらに……」
コショコショと娘役がリカルドに耳打ちすると、リカルドはこの上なく悪どい顔でニヤリと笑った。この人は、本当にこういう演技が上手くてゾクリとくる。
そこで舞台が暗転し、場面は転化された。
次のシーンは男の婚約者とその腹心が、男の思惑通りに喚き散らすところだった。
「クレアお嬢様! 私のことは気になさらないで!」
「ゾーラは黙っていて下さい! あなたを悪く言われて、引き下がってなどいられません!」
「お嬢様……」
なぜか、どこかで見たことのあるシーンだった。
「怒るなよ、クレア。君のためを思って言ってるんだ。君になにかあった時、そんな召使いじゃあ役に立たないだろう?」
「ゾーラを侮辱すると、いくら貴方でも許しませんよ!」
「侮辱じゃない、事実を言っているんだ。そんな程度の低い人間なんて、邪魔にしかならないだろう。要らない存在なんだよ」
「あなたになにがわかるというの!! ゾーラがどれだけの努力をしてきたと──」
二人は口論になり、とうとうクレアは言ってはいけない言葉を口にしてしまう。
「貴方がこのような人だとは思いもしませんでした! もう二度と顔も見たくはありませんわ!婚約を解消します!!」
「そうか、婚約解消か。残念だよ、クレア。君との結婚をとても楽しみにしていたというのに。言っておくけど、君から婚約を破棄したんだからね。慰謝料や違約金、その他もろもろのことは、後で通達するからそのつもりで」
そう言って婚約者役の女優から離れるリカルド。と同時に、場内の空気が震えるように騒めき始めた。
それはそうだろう。これは二週間前、まさにここで繰り広げられていた会話だ。タントール太陽組ファンの面々が、二週間前の出来事と照らし合わせて、連れと確認し合うのは当然のことと言えよう。
青年役のリカルドは、娘の元に戻ってほくそ笑んでいた。胸の悪い話だというのに、リカルドが演じるとつい魅入ってしまうから困りものだ。
青年と娘は、婚約破棄ができた上に使った分のお金は搾り取れ、準貴族となれた娘と結婚ができると大喜びしている。
「くそ、こういうことだったのか……っ」
隣でギリギリとアイナが悔しがっている。ルティアもまた、沸々と怒りが湧いてきた。
女に惑わされて彼女を準貴族にするために財産をつぎ込み、あろうことかその費用をユリフォード家から搾取しようなど、下劣にも程がある。
どれだけその娘が魅力的だったのかは知らないが、いずれ結婚する者としてフルックに尽くしていたというのに、この仕打ちは酷すぎだ。
ルティアはグッと膝の上で拳を作る。アイナが心配して顔を覗き込んできたが、歯を食いしばって続けられる劇を観た。
舞台の上での娘は無事に準貴族となり、青年の父親の許可も得られて結婚という運びになっていた。
娘のウエディングドレス姿と青年のタキシード姿。
二人は未来を誓う言葉を口にし、そして口づけを交わしている。
「……っ!!」
ルティアは声にならぬ声を上げた。あれは本当にしているのだろうか。角度的に見えなかったので、フリだけなのかもしれなかったが。
リカルドが、舞台女優とキスをしている。
そう思うと、頭に石をガンッと乗せられたかと思うほどの衝撃だった。
「嬢様? 大丈夫ですか」
「ええ……ええ、大丈夫ですよ、アイナ」
舞台は、それで幕を下ろした。
一見すると田舎娘の描くシンデレラストーリーと言えなくもない。が、場内は騒めいていた。
ルティアはもちろん、他の観客も納得のいく内容ではなかったからだろう。それに、これは事実なのではないかという疑念が浮上しているせいもあるに違いない。
「控え室に行こう、嬢様。リカルドに詳しい話を聞かなくては」
衝撃でぼうっとしているルティアはアイナに促されて、控え室へと向かった。
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