第1章-5 出会い5
服を着替えて、部屋の外に出ると、長い廊下が続いていた。廊下の先に人影が見える。
いっそ逃げてしまおうかと思ったが、携帯も財布も家の鍵も無しに、外に出てもいいことはない。
とりあえず、人影のある方へ歩き出す。廊下を見渡すととても豪華な作りであることに気がついた。
いったい此処はどこなのだろう。
行き着いた先は広く明るいリビングのような場所だった。バーカウンター、大きなダイニング、ソファセットと大型テレビモニター。全面のガラス張りの窓からは広がる街の景色が一望できる。なんという豪華な作りだろう。
「こっちにおいで。お茶でもいれよう。それともコーヒーがいいかな?」
そこにはラフな服を着た、リアム・ギャラガーが立っていた。シロウは入り口から一歩も動かない。
「そう身構えないでくれよ。ほら、おいで。」
そう優しく言われると何故か自分でもわからないが従ってしまいたくなる心地がして、シロウは驚いた。
しぶしぶ近づく。
「ソファの方がいいだろう。あっちに座ろう。」
シロウはソファの端のほうにちょこんと腰掛けた。コーヒーとハーブティーのいい香りがしてくる。かちゃりと食器の置かれる音に肩をびくりとする。
「そんなに身構えないでくれ。」
そんなことを言われてもとシロウは困惑した。
「そんなに端に座らずにこっちに置いで。」
そう優しく声をかけられて、あまりの声の優しさに少し緊張が和らぐ。
「触れてもいいだろうか?」
シロウはまた身を固くした。
まるで手負の獣のようだとリアムは思った。無理もない。手負ではないものの、訳も変わらず、知らない場所で裸に剥かれてベッドで目を覚したのかと思えば、よく知りもしない人間と密室で二人きりなのだ。
ただただ優しくして、甘やかしたい。可愛がって縋りつかせたい。そんな欲望がむくむくと芽生える自分に、リアムははっとして、シロウを見つめた。
俯いて小さく肩震わせる彼を抱きしめたい気持ちをグッと堪えて、優しく背中に手を置く。
シロウは背に回された手に驚きはしたが、あまりにも優しく触れてくるその手の温かさに、身を預けたくなる心地がして、そんな自分に一瞬怯む。
「飲むか?」
差し出されたハーブティーを受け取り、呆然と眺めた。
「ここはどこ?」
その聞き方がとても幼く感じられ、リアムの胸をぎゅっと締め付ける。
「順番に説明しよう。大学で倒れたことは覚えているか?」
こくりと頷く。
そうだ。お世話になる研究室に挨拶にいった帰りに具合が悪くなって倒れたのだったと思いいたる。
シロウははっとする。
「あの!携帯!!俺の携帯は?」
櫻子から連絡があるはずだった。
あれからどのくらい経ったのだろうか。電話に出なくて心配しているのではないかと焦りで頭がいっぱいになる。
「ちょっと待ってて」
そう言うと、リアムは立ち上がり、部屋を出て、シロウの荷物を持って、すぐに戻ってきた。
シロウはカバンを漁り、携帯を取り出す。電源が切れているのか画面が暗い。
「充電がきれているのか。急ぎの連絡でも?」
リアムは思いの外、自分が詰問するような声色になってしまったことに気づき、慌てる。
「姉とあの日の夜に連絡をする約束でした。連絡取れなくて、心配している…きっと」
姉……という言葉に安堵し、いまだ恐慌の中にいるシロウ手から携帯取り上げ、立ち上がる。
「充電して、電源が入ったら連絡しなさい。いいね?」
「はい」
素直に頷く彼の背中に再び手を戻し、優しく慰めるように撫でる。
「充電している間、俺の話を聞いてもらえるかな?」
そう言うとリアムはシロウの真横に座り、顔を自分の方に向けさせた。
綺麗な青みがかったグレーをした瞳をもつ、端正な顔に覗き込まれ、シロウは居た堪れない気持ちになり、顔だけ逸らす。
淡い茶の瞳ををすっと逸らされ、不満な気持ちになるが、努めて優しく声をかけた。
「君は倒れた後、随分と熱が出て、全く起きないものだから心配したんだ。もう、大丈夫かな?」
言われてみれば、熱も全身にあった痛みと倦怠感すっかり治まっている。ただ、さまざまなな感覚が鋭敏になった気がしていた。
「人狼……という言葉を知っているか?」
そう尋ねられても、シロウには御伽噺か映画やドラマの中の話でしかない。どう返事をしたものか。
シロウの思案をみてとり、先を続けた。
「人狼、狼男。そういった者は存在していてね。普通の人には存在は秘匿されているんだが、見せた通りに自分のように人狼は存在している。」
シロウ瞳が驚きに見開く。
(そうだ。この人、狼に変わっていた!)
シロウばっとソファから立ち上がり、リアムとの距離を取るように後退さる。
「またか……。少しは落ち着いてくれ。危害は加えないし、襲わない。仮に襲ったり食べたりするなら君が寝ている間に済ますよ。」
そんな恐ろしいことを言われて、はいそうですね。と納得できるか!とシロウは心の中で叫んだ。
「ほら、おいで。座ってお茶でも飲んで、落ち着きなさい。」
何故かその言葉に従ってしまいたくなる感覚に心の中で葛藤するが、確かに突っ立ってても何も進まないかと思い返して、またソファの同じ場所に戻る。
ソファに戻ると再び身体を相手の方に向かせられ、今度は両手を繋がれた。もう、逃げられない。
「落ち着いて聞いて。君自身もどうやら人狼のようだ。」
言われた言葉は頭を殴られたような衝撃だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます