第1章-2 出会い2


 リアムは研究室の戸口に立った時、奇妙な感覚を覚えた。


 


なんだ……この感覚は。


 


 今までに嗅いだことのない匂いに当惑すると桜の花の香りのする人物とすれ違った。一瞬、眼が狼のそれに変わりそうになり、慌てた。振り返るが、その人は振り返りもせずに研究室を後にした。


 「よお、リアム。戻ったのか?」


 レナートからそう尋ねられ、「あぁ……」と気のない返事を返す。


 「今出て行ったのは……」


 「あぁ、今度うちに入る新しい研究員だ。日本から来た奴だよ。」


 微かな残り香に鼻をひくつかせて気づく。


 これは……空港で嗅いだ香り……

 そう思い立った瞬間、また眼が狼ののものに変化しそうになり、股間に熱がこもった。

 踵を返し、研究室から飛び出した。


 「おい!どうした!?」

 後ろからレナートの呼ぶ声がするが無視して、匂いの元を追った。



 頭が痛い。

 シロウは頭痛と軽い目眩を覚えた。

 緊張したからだろうか。慣れない環境に身体に疲れが出たのかも。今日はもうさっさと休んでしまおうか……。そう思い、校内をフラフラと歩いていた。


 「君!」


 誰かが呼んでいる声がするが、自分がこの異国の地で知り合いもいないわけで、呼び止められるはずもないし、と無視して歩き続ける。


 「ちょっと待ってくれ、君だよ!」


 誰かに腕を掴まれ、ビクっと体がはねる。

 「な!なんですか?」

 身構えて振り返ると体格のかなり良い、恐ろしく見目の整った男に腕を掴まれていた。緊張と驚きで息が出来なくなる。


 「君は俺の……」


 メイトだ。リアムは自分で言おうとした言葉に驚いた。そうだ、彼は俺のメイトだ。また、眼の前が白黒に変わりそうなり、股間に熱を帯びる。なんということだ。三十も過ぎるこの歳までメイトに巡り合わなかった自分にはもうメイトはいないのではないかと思っていた。それに何よりなんとなく漠然とメイトは女性だとばかり思い込んでいた。それが男性…?だと思われる、その上人狼ですらない人間だったなんて。


 振り向いた彼は小柄で中性的な見た目をしているが、均整の取れた肉体をした、美しい男性だった。突然現れた自分のメイトに冷静を装って話かける。


「いや、すまない。先程、レナート教授の部屋の前ですれ違ったね。」

「あの、手を離してください。」

 拒絶と緊張の匂いが立ち込める。

 はっとして、手を離すと、シロウは一歩後ろに下がった。


(しまった。怯えてさせている。そりゃそうか。いきなり、知らないヤツに腕を掴まれたら、驚くよな。)


「失礼。私はリアム・ギャラガーと言う。君が先程訪ねていたレナート教授はビジネスパートナーでね。」

 そう言って、右手を差し出す。


 彼は怪訝な顔をしながらも、おずおずと右手を握り返してきた。じっと見つめると顔を俯いてしまった。ふるふると震えている睫毛が庇護欲をそそる。

 それにしても、不思議な雰囲気を纏っている青年だ。いくつくらいなのだろうか。研究室に入るということは恐らく成人はしているはずだが、自分には10代の少年にしか見えない。伏せた眼を縁取る長い睫毛が可憐に揺れている。透き通るような象牙色の肌は頬に朱がさしたかと思ったのは瞬間で、今は青ざめていた。


「ミスターギャラガー、私に何か御用でしょうか?」

 発音はおかしくないが、慇懃無礼にも聞こえそうな文法通りの物言いに少しだけ苛立ちを覚えた。ただ、メイトだとわかっているのは人狼である自分だけで、彼だってメイトだといきなり言われても、ただただ訳がわからず混乱するだけだ。リアムはなるべく相手を怯えさせないように努めて優しい雰囲気を出すよう心掛けた。


「先程、レナートの研究室に来ていたようだったが、すれ違いで挨拶ができていなかったから…」

 我ながら白々しい。

「それはご丁寧にありがとうございます。失礼します。」

 そういうと一礼し、踵を返す。

「ちょっとちょっと、待ってくれ。もし時間があるならランチでもどうかな?」

 いきなり過ぎたかとは思ったが、とりあえず接点を持ちたい。彼のことが知りたい。リアムはなおも食い下がる


 シロウは焦った。


――なんなんだよ、この人は。いきなりランチとかわけわかんないよ。デカいし、なんかぐいぐいくるし、なんかぞわぞわする。


 纏っている雰囲気が顔の笑顔と対象的に威圧的だと思った。

 俺なんかしたかな?教授のビジネスパートナーとか言ってるし、どうしよう──と悩みつつも、丁重に辞退の言葉を告げる。


「も……申し訳ありませんが、少し体調が良くないので、失礼します。」

 あながち嘘でもなかった。先程の頭痛が酷くなってきており、なんだか身体も熱くなってきた。


 慣れない環境で、風邪でもひいたのだろうか。とにかく一刻も早くこの場を立ち去りたい一心だった。歩きだそうと一歩踏み出した時、目の前が旧にモノクロに変わる。


(やばい、目眩が……)


 そう思った瞬間に世界が暗転した。


「君!大丈夫か?」


 なんだこの匂いは?急に桜の匂いと甘い匂いが立ち込めたかと思ったら目の前で彼が意識を失った。慌てて抱き止め、倒れるのは阻止した。


 なんだっていうんだ?いきなり。

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