喋る人形

連喜

第1話 喋る人形

 俺の母は父が亡くなってから、20年近く一人暮らしだった。75まで一人で住んでいた。そのくらいになると寝たきりになっている人もいるから、かなり元気な方だったと思う。母は寂しさを紛らわせるために、長年猫を飼っていたけど、トイレの掃除なんかが大変だから、最後の猫が死んでからは飼うのをやめさせた。その頃には、年のせいもあって掃除があまりできなくなっていて、実家は玄関まで猫の尿の匂いが漂っていた。


 でも、猫がいないと母が寂しいことはわかっていたし、呆けるのが心配だったから、俺は代わりに喋る人形を持って行った。市販してるやつで、全然かわいくない。本当はアザラシの白いぬいぐるみロボットにしたかったけど、高すぎて諦めた。確か40万くらいして、俺自身欲しくなってしまったほどだった。


 皆さんも知ってると思うけど、ロボットは老人ホームなんかでも活用されていて、お年寄りのボケ防止や孤独を和らげるのに効果があるようだ。


 俺が買ったのは一万円くらいの安い物だったけど、数千通りの会話が録音されていて、話しかけると返事をしてくれるということだった。サンプル動画で人形の声を聞いてみたけど、俺はまだ元気だから全然魅力を感じなかった。こんなまやかしでも、一人で暮らしている人には癒しになるんだろうか。どちらかと言うと、馬鹿々々しかった。

 大した金額じゃないのに、母が気に入らなくて無駄になったらどうしようと、俺は心配だった。使用済みだと、ネットオークションでも売りづらいし、いらないならその場でいらないと言ってくれたらいいなぁと、渡しながら思っていた。


***


 久しぶりに、母の家に行くと相変わらず汚い部屋に住んでいた。俺は掃除は苦手だけど、部屋を片付けて掃除機をかけた。母は掃除機を持っていないから、それも俺が買ってやった。

 でも、感謝なんかされたことはない。


 ちょっと部屋が片付くと、俺は人形に電池を入れて、日付などを設定して母に渡した。母は微妙な反応だったけどとりあえず置いて帰ってきた。後日電話して聞いてみると、毎日話しかけたり、抱いて寝たりしていたらしい。その後、母は施設に入ったけど、結局、死ぬまでその人形は母のベッドにあった。かなり薄汚れて汚くなっていたけど、最期を看取ってくれた人形だから俺は引き取った。母の形見なんてほとんどないのに、その人形だけは何故か俺の手元にやって来た。





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