写真部の先輩に振り回される日々

Chapter.1 出会い編

　ふわああ、まーじでねむすぎる……

　ふふ、このうさぎのぬいぐるみ、枕にするのに最高なんだよね。夕方の部室でするお昼寝ほど背徳的で美しいものはないな、おやすみなさい。

　…………すう、すう……むにゃむにゃ。もうこれ以上、食べられないよ……回らないお寿司最高、大トロ、うに、蟹、いくら、最高……

(ドアがノックされる音)

　……すう……え、お勘定が全部で二万円？　ええと、全部、連れの友人が払いますので。むにゃむにゃ…………

(再び、ドアがノックされる音)

　……ん、ふあああ、よく寝た。というか来客？　誰だよ、ボクの甘美な睡眠時間を奪おうとする輩は。まあこの部活、部員十人くらいだし大方予想つくけど。文句言ってやろうっと……

(椅子から立ち上がり、ドアを開く音)

　……ん、誰、キミ？　見かけない顔だね、一年生？　あー、やっぱそうなんだ、まあそうだよね、今四月だもんね。春だし数多の一年生がこの高校に入学してくる頃ですよ。

　取り敢えず名前聞いてもいい？　ふうん、なるほど、長くて覚えるのめんどいから後輩くんって呼ぶね。え、何その不満げな表情？　まあ取り敢えず入んなよ、そこにあるパイプ椅子に座っていいよ。

(二人、着席する音)

　ん、このぬいぐるみが気になる？　コイツはうさぎちゃん。この写真部のアイドル的存在だよ、突っ伏して寝たいとき枕にすると最高だよ、可愛がってあげてね。

　……え、写真に何か関係があるのかって？　いや別にないけど。物事の全てに意図や理由があると思ったら大間違いだからね、覚えとくといいよ。

　あ、もしかしてボク、名乗ってなくね？　失敬しました、二年生の室町雪歌（むろまちゆきか）って言います。よろしくー。適当に呼んで、あ、でも先輩って付けてね。ボク後輩とかいなかったから先輩って呼ばれるの夢だったんだよね、これ先輩命令だからね、ふふ。

　そんで後輩くんは、この部活――写真部に興味があるってこと？　ああ、まあそうだよね、この時期にわざわざ部室まで来るんだもんね。それじゃあ雪歌先輩が特別にレクチャーしてあげましょう。

　写真部はその名の通り、写真を撮る部活だよ。日常的な活動内容としては、撮ってきた写真を見せ合う会とか、不定期開催みんなで写真を撮りに行くイベントとか。

　あと文化祭では選び抜いた一枚を部員ごとに展示したり。熱意のある奴はフォトコンテストに出したりもしてるかな。あ、夏休みには二泊三日で合宿あり！

　ところで後輩くんは、どうしてこの部活に興味持ったの？　ああ、へえ、SNSやってんだ。フォローしてる人たちの写真を見て、自分も綺麗な写真を撮ってみたいと思った、ってことね。

　ふーん、ありがちな動機だね。……あははっ、そんなしょげた顔しないでよ、冗談だよ冗談！　半分くらい冗談！

　まあでも、素敵な動機だと思うけどね。というかきっかけなんて本当は何でもよくて、ボクとしては写真に興味持ってくれたってことが嬉しいかな。

　写真はさ、思い出を切り取って閉じ込めておくことができるんだよ。頭の中の記憶は段々と薄れていってしまうけど、写真はずっと形として残り続ける。それってすごいことじゃない？　だからボクは昔から、写真が大好きで……

　……ん、キミ何で笑ってんの？　え、室町先輩が急に真面目になるから、面白かったって……？　べ、別に真面目になんかなってないし！　キミが勝手にそう思ったってだけでしょ！　ちょ、ちょっとニヤニヤすんのやめてくれるかなあ！　なんかすっごい恥ずかしいんだけど！

　もー、キレた。今度後輩くんの奢りでお寿司ね。回らないやつ。え、お金がない？　バイトしろバイト。ボク、大トロ大好きなんだよねえ。あの口の中で蕩ける味わい、ほんと堪んないよなあ……あははっ、そんな顔しないでよ、冗談だよ、三割くらい冗談！

　ん、入部を希望したい？　この流れで？　室町先輩が面白いから、って……何それ、ボクもしかして馬鹿にされてる？　むう、あんま調子乗んなよ、後輩くん？

　まあ希望してくれること自体は嬉しいけどね、この部活人少ないからありがたい限り。それじゃー今度配られる部活動希望書に写真部って書いといて。ついでに室町雪歌先輩って人が偉大だって書いといてくれてもいいよ。

　あ、帰るんだ、もうちょっといればいいのに。ああ、友達と昇降口で待ち合わせしてるのね、まあそれならしょうがないか。さっさとそいつの元に行ってやんなよ。

　……あ、ちょっと待って、その、友達って男、それとも女？　……ああ、男なんだ、まあそうだよね、後輩くん女慣れしてなさそうだし、女友達とかいなさそうだもんね。

　ふふ、そんながっかりしないでよ、今日キミは超絶美人の異性の先輩と知り合えた訳だよ？　え、誰のことですかって……ボクだよボク！　室町雪歌張本人だよ！　全くほんとキミってナチュラルに失礼だよね、怒るぞ。

　じゃ、またねー。また会う日を楽しみにしとくよ、ばいばい！

(ドアが閉まる音)

　はー、なんか疲れた。……一人の部室、静かだなあ、寂しいなあ。ってボク、何言ってんの！？　あーもう訳わかんない、寝よ。うさぎのぬいぐるみを机の上に置いてっと。よし、おやすみなさい。

　…………むにゃむにゃ……ふふ、後輩くん、サーモンとか好きなんだね、安っちいね。すう、すう…………