へクセ───金の瞳の魔女

宵待 紗雪

第0話 孵 化

『ちょっと美人だからって、調子に乗んなよアバズレ!』


『女の武器使って出世とか…きも。生きてて恥ずかしくないの?いつまで会社に来てるのよ、目障りだからさっさと辞めてくんない?』


『あらあら泣いちゃう?これくらい、大丈夫よねえ。誰かさんはイジめられたって、男が味方してくれるもんねえ、アンタみたいなのは社会の迷惑だから、首吊って死ね。分かった?糞ビッチちゃん♡』


過剰な残業をさせておきながら、残業代は未払い。そのうえ上司からのイジパ ワ ハ ラメを容認し、憶測のみで嘯かれた低俗な噂で個人の名誉を傷付けたクソ企業。

そして自分だけを馬車馬の如く働かせてこき使い、金品を搾取する毒家族ども。

ああ。────地獄というものが存在するのならば、この退屈で億劫な世界こそが正にそれだ。


そもそもの始まりは、遡ること今から4年前の4月に端を発する。

新卒の19歳で入社してから間もなく職場で公開告白をされたことがあったのだが、相手の事など眼中にすらなかった私は公開告白を瞬殺した。

聞き耳を立てていた同僚や他部署の野次馬から猛烈なブーイングを食らったけれど、本当に相手に興味がなかったのだから仕方がない。


しかし、それが切っ掛けで悪意を全面に推した噂が広がり、職場の同性からは男に色目を使う阿婆擦れアバズレと勝手に噂立てられたり、簡単に噂を信じた中年の女上司までもが加担していびりだすようになった。

故意に業務に必要な連絡などをせず、来客中にも関わらず大声で侮辱&罵声を吐き散らすのは茶飯事で、誰もが見て見ぬふり。

痛めつけた気になって満足したのか、口汚く罵りながらアホ上司愚か者は昼時を報せるチャイムと共に去っていく、それが毎日の流れルーティンだった。


「……偉そうに、下等生物が……」


徒党を組まなければ噛み付けないだなんて、度量が狭いというかなんと言うか……くだらな過ぎて反吐が出る。

退屈な常識を押し付け、少しでも異物が紛れていれば容赦なく排斥する有象無象どもは、簡単に信頼を築くその癖にすぐに裏切り妬むのだから本当に頭が可笑おかしい。

容姿が秀でているから、苦労知らず?

鼻にかけている?

嗚呼、くだらない憶測を捏ねくり回すのはやめろ。

外見がいいからと、それが優位に働いたことなど今まで微塵もない。

嫉妬するくらいなら、自身を磨けばいいだけの話だ。身に覚えのない嫉妬を、嘲笑を浴びるのにはもう吐き気さえ覚える。


もう総てに対し我慢する必要はない、と判じてからの行動は迅速だった。

しがらみも何もかもを放棄するため手始めに会社を辞め、自室の少ない荷物を処分して毒家族が巣食う家を出たのである。  


勤め先には5年以上在籍していたからマニュアル作成なども任されていた。ゆえに、引き継ぎが必要な業務マニュアルが殆んどだったのだが(腹いせに)総て処分してきたし、毒家族の生活資金源の供給もこれで完全に閉ざされるだろう。

……たぶん今頃は、上から下への大騒動だろうな。

今さら何が起きようとも、憎悪の権化と化した自分には凡てが如何どうでもいい。


「……やっと着いた……」


誰にも関与されない場所を探しているうちに、私は地元の冬山に辿り着いた。




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