シュンシュンは猫

シュンシュンは猫。

 シュンシュンは猫。

 たまにうっかり人間の姿に戻ることもあるけれど、一年のほとんどは猫なのです。

 シュンシュンは猫ですが、人間と同じ学校に通っています。元々は人間だったので、クラスメイトは誰もシュンシュンのことを猫だと思っていません。

 先生も、シュンシュンが猫だからって特別扱いをしません。みんなと同じです。

 シュンシュンは算数が苦手で体育が得意な男の子です。

 給食をいっぱい食べるし、宿題はあんまり好きじゃない、どこにでもいる小学生なのです。

 

 ある日の放課後、シュンシュンは大親友のひとし、大雨、バランス、と一緒に四人で下校していました。

 その途中、シュンシュンは道の上で一匹のカエルがぼーっとしていることに気がつきました。

「ひとし、見て。カエルだ。」

 シュンシュンがそう言うと、ひとしは「本当だね。」と言って、素早くカエルを捕まえました。

「捕まえた!」

「あ、だめだよ。」

 大雨が慌ててひとしの腕を掴み、カエルを放そうとします。すると、その間ずっと考えていたバランスが、

「でも、このまま道にいるのは危ないんじゃないかな。車も来るし。」

 と言いました。

「そうだね。きっと、遠くまで来て帰れなくなったんだよ。ねえ、カエル。君の家はどこにあるの?」

 シュンシュンがカエルに尋ねると、カエルは遠くを指差しました。みんなが一斉にその方向を見ます。

「そっちだとすれば、君の家はガガガ池の中かい?」

 バランスが尋ねると、カエルはうれしそうに大きくうなずきました。

「ちょっと遠いね。」

 大雨が言います。

「うん、遠い。」

 シュンシュンも大雨と同じことを思っていました。

「けど、僕たちがここで出会ったのはきっと運命だよ。僕がこのカエルを捕まえたのはそういうことだったんだ。ねえ、大雨、シュンシュン、バランス。みんなでこのカエルをガガガ池まで送ってあげようよ。」

 ひとしの目はキラキラしています。どうやらこれから始まる冒険に胸を躍らせているようでした。


 四人はガガガ池に向かって歩きました。カエルはシュンシュンの背中にまたがって大人しくしています。

 少し進むと、小さい穴の空いたフェンスを見つけました。

「ここを通り抜ければ近道だ。」

 バランスが言います。

「けど、こんな小さい穴、シュンシュンしか通れないよ。」

 と、大雨がつぶやきました。

「だったらシュンシュンとカエルだけがここを通って僕らは遠回りをしよう。」

 バランスの提案をシュンシュンは断りました。

「だめだよ、みんなで一緒に行きたいもん。僕だけズルしたくないから。」

 その言葉を聞いて、ひとしが笑いました。

「そうだね、シュンシュンの言う通りだ。みんなで一緒に行かないと。」

 四人はフェンスをあきらめてまた歩き出しました。

 

 しばらく進むと、丘が見えてきました。この丘を越えないと、ガガガ池にはたどり着きません。ですが、この丘にはおばけが出るといううわさがありました。

「どうしよう、ここ通るの?」

 おばけが苦手な大雨はすでにおびえています。ひとしも本当はこわかったけど、大丈夫なふりをしていました。

「やだな、おばけこわいよ。」

 シュンシュンもびくびくしています。

「いいよ。僕が先頭を歩くから。」

 バランスが手をあげました。

「本当に?」

「うん。おばけは科学的に解明されていないから、僕は信じていない。だからこわくないんだ。」

 バランスを先頭にして四人は丘を登り始めました。

 丘の頂上が見えてきた頃、バランスが足を止めました。他の三人も立ち止まります。

「どうしたの、バランス?」

 シュンシュンには、バランスの足がガクガクふるえているのが見えました。

「あれ……!」

 バランスの指差した方に、背を向けた女の子が立っているのが見えました。

「お、おば、おば、おばおば、おば……」

「おばけだぁぁ!!」

 ひとし、大雨、バランスがすごいスピードで逃げて行きます。シュンシュンも一緒に逃げたかったのですが、背中にカエルを乗せているので走れませんでした。

 女の子が徐々にシュンシュンの方を向こうとしています。シュンシュンはこわくてたまりませんでしたが、足が固まって動けませんでした。

 すると、女の子の顔が見えました。

「あれ? シュンシュンだ。こんなところで何してんの?」

 それは、クラスメイトのセレステちゃんでした。

「なんだ、セレステちゃんか。おどろかさないでよ。僕はね、ガガガ池まで向かってるところなんだ。セレステちゃんは?」

「私は花飾りを作ってるんだ。この丘、あんまり人が来ないから落ち着くんだよね。」

 セレステちゃんは、編んだ花飾りをシュンシュンに見せました。

「きれいだね。」

「ありがと。そうだ、シュンシュン。これあげるよ。」

「え、いいの?」

「うん。家にも沢山あるから。」

「ありがとう」

 セレステちゃんはシュンシュンの首に花飾りをかけてあげました。

「似合ってる。」

 セレステちゃんはシュンシュンにほほえみかけました。シュンシュンはうれしくて今にも走り出しそうでした。

 シュンシュンは、同じクラスになった時からずっと、セレステちゃんのことが好きだったのです。


 ようやくひとしたちが戻って来たので、セレステちゃんも一緒にガガガ池へと向かいました。

 カエルは最後に、

「カエルが家に帰る。なんつって。ありがとよ。みんなのことは忘れねえぜ!」

 と言って、池に飛び込んで行きました。

 誰も笑いませんでした。変な空気にはなりました。


 シュンシュンはみんなに「また明日!」と言い、沈む夕焼け空の下を駆け足で家に帰りました。

「ただいま!」

「おかえり、シュンシュン。遅かったね。」

 シュンシュンのお母さんがリビングから首を伸ばしてシュンシュンを出迎えます。シュンシュンのお母さんはキリンなので、リビングのイスに座ったままでも玄関を見ることが出来るのです。

「あら、そんなに泥だらけになって。どこに行ってたの?」

「うん。あのね、迷子になったカエルをガガガ池まで帰してあげてたんだ。ひとしと、大雨と、バランスと。途中から、セレステちゃんも一緒に」

 シュンシュンのお母さんは、シュンシュンが「セレステちゃん」と言った時だけほっぺたが赤くなったことに気づいてほほえみました。

「そう。カエルを帰してあげたのはいいことだけど、あんまり無茶しちゃだめだよ。」

「はーい。」

「もうすぐお父さんも帰って来るから、先にお風呂入って。それからご飯にしましょう。」

 シュンシュンは、花飾りを大切に飾りました。


 その日の夜、シュンシュンはお父さんの隣で丸くなっていました。

「今日は冒険したんだって?」

 お父さんがシュンシュンの頭を撫でながら尋ねます。

「うん。ガガガ池まで行ったよ。」

「そうかぁ。シュンシュンはこれからもっと大きくなって、もっと遠くまで行けるようになるから、沢山の出来事や人に出会えるんだよ。それは全部大切な思い出になるんだ。」

「お父さんは、お母さんのこと、好き?」

「そりゃ、もちろん。世界一好きさ。」

「お父さん、僕ね。」

「うん。」

「セレステちゃんが好き。」

 シュンシュンは言ったそばから恥ずかしくなって「ふにゃあ」と鳴きました。

 お父さんは優しく、シュンシュンの頭を撫でました。


 明日の天気予報は晴れ。

 また冒険に行けたらいいなあ、とシュンシュンは思いました。



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シュンシュンは猫 @6nennsei

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