第21話

「……彼らは?」


相変わらず人混みの激しいギルドの受付窓口付近にぽっかりと穴が開くように空いた空間が出来る。

ドサリ、と第二層から担いで運んできた先ほどの男たち三人組を窓口ロビーの床に降ろし、何かの縁か毎回俺とトバリを担当するようになった初日に対応して貰った受付嬢が絶句した様子でそう喋った。


「こいつらに襲われたから返り討ちにした」

「返り討ちって……いえ、この冒険者たちの噂は良くないので真実なのでしょうが」

「証言ならこの真実薬がある」


明るめの茶髪に小柄の姿が特徴的な受付嬢、この前対応して貰った時にリリィと言う名前を教えて貰った彼女へトバリはガラスの瓶に入った液体を見せる。


「確かにラベルには正式な真実薬です。これをどこで……あぁナディス様経由ですね」


自分で納得した様子のリリィさんは真実薬が入った瓶に付けられているラベルを見て納得した様子だった。

どうも真実薬にはその効果から違法な物も存在するそうだ。その違法な真実薬の中には毒性の高い物も含まれており、違法な真実薬の所持は処罰の対象となる。


しかし、これはナディスさん経由で頂いた正式な真実薬だ。入手ルートもしっかりしているので疑われる心配はない


「応急処置をしていただいたのはありがたいのですが、四肢を切り落とさなくても良かったのでは」

「洞窟内で集団で襲ってきたから加減が出来なかった」

(そう言う割には一瞬で決着がついていたけど……言わない方がいいだろうな)


あっけらかんと嘘をつくトバリを意外に思う一方、彼らがトバリに放った言葉は酷い物だったので同情する余地はない


「あらら、こんなに返り血がついて……他の冒険者の方々も引いてますよ」


ほら、とリリィさんが周囲を見渡さんばかりに顎で周囲を指すと三人組の冒険者に距離を置いて囲むその他人々は若干顔を青ざめた様子をしていた。

それもそのはずで、彼ら三人組には切り落とされた際に出た血が彼らの装備のいたるところに付着している。時間が経っているので赤黒くなっているが近くに居るだけで血の匂いもまだ感じる。


「容疑がかけられた冒険者は大怪我をしており、真実薬による検証がまだなのですぐには通達は出来ませんが……まぁ大丈夫だと思います」

「こんなんでいいんですか?」

「まず正式な真実薬を提出した時点で決まったようなものですからね、こういう言い方をしたらあなた方に失礼かもしれませんがナディス様やアリアナ様のお気に入りの冒険者ならどのみち無罪です」


若干非難めいた棘のある言葉に俺に返せる言葉は無い、最初はガッチガチに接していた彼女だがある程度会話を交わすとこうやって素の様子を出すことがある。

俺にとっては畏まれるぐらいならこのような対応の方が嬉しいが、偶然ギルド長が居合わせると怒られるので基本的にこのような棘のある喋り方はしない


「ギルドの方でも彼らに関する女性冒険者達からの訴えは聞いています。状況証拠が無かったので裁けませんでしたが、同じ女性として感謝申し上げます」

「いえ、俺は何もやってません……礼は彼女に言ってあげてください」


実際に成敗したのはトバリなので俺が礼を言われる筋合いはない


「悪い奴を成敗しただけ」


やるべきことをやった。そう言った様子で感謝される気は無いと言外にトバリは語っているようだった。









「そうか!お手柄じゃないか」


千里眼を習得するまでの数日間で何度もやってきた宿屋通りの特区にあるナディスさん行きつけのお店、そこで今回の件をナディスさんに報告したらどこか楽しそうな様子でナディスさんは喋った。


「今回は真実薬を用意して貰って本当にありがとうございました」

「いやいや、私としても今回の件は随分と腹が立ったからね、荒くれ者の多い冒険者の世界ではこういう話は割かし聞くことだけどやっぱり不快だからね」


今回真実薬で裁かれた冒険者の三人組の様な事件はこの冒険者の世界では良くある話だそうだ。

流石に今回の様に複数の女性冒険者が被害を受けたという事は少ないそうだが、セクハラ紛いの諍いは多く中には男性冒険者を排除しようとする過激な思想を持つ女性冒険者も居るそうだ。


「エルフの私だとこのような事は経験ないけど、人間の女性だとよく聞く話の一つだ。だからこそ女性専用の組合もある」


エルフの女性はこの都市に置いて最も証言に重きが置かれるそうだ。その様な欲が希薄なエルフの男性との諍いは無いが、肌を触れただけでも相手がエルフの女性なら有無を言わさず犯罪者になるので誰も近づかない

その反動なのか、人間の女性冒険者に対して高圧的な態度を取る男性冒険者は多い、女性に対して高圧的な対応を取るので有名なのは獣人だが、彼らは男が強く女は護る者だという考えが強いのでどこか紳士的な対応をするのだが、人間の男性は少々事情が違うようだった。


「そう言うのもあって異性同士で組むパーティーはやっかみをうけるのかもね、女性主義者からしても良い目では見られないかもしれない」


女性主義者とはあのカーメリア国の白人至上主義のように女性が男性の上に立つという思想を持つ女尊男卑を是とした女性冒険者達を指す。


「この都市では多いんですか?」

「多いね、他の都市にも居るそうだけど一番多いのはラノンかな」


だからトバリとパーティーを組む俺に気を付けなよ?とナディスさんは言うが、知らぬ所で因縁を付けられるのがこれ程厄介だとは思うのは初めてだ。


「とはいっても異性同士で組む冒険者は多いし、女性主義者の冒険者は全体で見れば全然少ない、君が女性に対して酷い仕打ちをするなら別だけど」

「では彼らは?」

「どうだろうねぇ、彼らが事を起こしたのは念写技能を得てから増えたそうだから、その内粛清されたんじゃないかな?」


彼らとは俺とトバリを襲ってきた三人組の冒険者の事だ。話を聞けば彼らがこのような女性冒険者を狙った犯行は仲間の冒険者がレベルアップで念写技能を習得したことが切っ掛けだという

それはつい最近の事のようで、立て続けに被害が報告されていたそうだ。その為、遠くない内にはギルドから何かしらの罰則を受けていただろうし、その前に女性主義者の冒険者達から粛清を受けていた可能性もあったそうだ。


「……怖いですね女性って」

「私とトバリの前でそれを言うのかい?だったらより一層彼女を大事にしてあげな」

「……はい」


横で俺とナディスさんの会話を聞いていたトバリは特に口を挟む様子は無く、テーブルに置かれた食事を黙々と食べていた。


(女性主義者か、念の為に調べておいた方が良いかもな)


弱い立場である人間の女性冒険者を守る。その心意気は良いと思うが話を聞くに中々に過激な思想を持つそうだ。無論トバリやナディスさん以外に縁のない女性に対して酷い事をするつもりは毛頭ないが気を付けるに越したことはないだろう


「ところで――――「ナディス?」」


新たな話題に転換しようとナディスさんが喋ろうとした瞬間、彼女の言葉を遮るように女性の声が入る。

ここは特区内でしかも秘匿性の高い個室付きのお店だこのように第三者が入り込むことはまず無い


ただそれをできる人物は



「あ、アリアナ……どうしたんだい?」


俺とトバリ以外の人物対しては毅然とした態度で接することの多いナディスさんが珍しく狼狽えた様子で喋る。

その相手は前に会った時よりもどこか着飾った様子のシスターのアリアナさんだった。


「アリアナ様?」


黙々とテーブルに置かれていた料理を口へ運んでいたトバリの手が止まる。行儀よく持っていたナイフとフォークを置き近くに置いてあるナプキンで口を拭き、突然現れたシスターに驚いた様子で見ていた。


「お久しぶりですミナト様……トバリさんも今回は大変だったでしょう?」


ニコリと俺とトバリを見た後に部屋の主人であるナディスさんに有無を言わせず。従業員から椅子を運ばせその席に座る。

その対応は慈しみを浮かべるシスターとした雰囲気ではなく、俺がよく知るような高圧的なエルフの立ち振る舞いだった。


「急な訪問をお許しくださいミナト様……そしてナディス?あなた今回何をしたのか分かっているのよね?」


俺とトバリと違い、冷や汗が泊まらない様子のナディスさんを見るシスターの雰囲気はとても冷ややかで威圧感を放つものだった。


「……寒い?」


シスターの正面の席に居たトバリが疑問を浮かべたようにそう喋る。その直後にテーブルを漂うようにシスターからひんやりとした冷たい空気が肌を撫でる。


「ほ、ほらアリアナ……その魔力オーラを閉まってよミナトも困ってるしさ」

「ミナト様、でしょ?あなたが古い仕来りを嫌っているのは分かっているけどエルフある以上ミナト様に無礼を働くのはどうなのかしら?」


宥めようとしたナディスさんの説得する言葉はどこか外れていたようで、シスターの怒気は更に力を増す。冷気も更に強まり周辺の空気が白く輝く

パチパチとシスターの目の前に置かれた料理の野菜は凍ってしまい隣に置かれていた飲み物も完全に氷結と化していた。


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