第18話
「むぐぐぐぐ……難しい」
修練場を後にして、ナディスさんやトバリと一緒に夕食を食べた。宿屋通りの特区では人目を気にせず食べれるゆったりとしたエルフ御用達の個室付きの食事処もあるそうで、ミナトやトバリでは決して入店することが敵わない様な場所に、ナディスさんの付き添いとして豪華な夕食をご馳走になった。
食事の際に話した会話は、このラノンの都市へ来るまでの話や、最近冒険者界隈で広まる噂、と言いつつもそう畏まった真剣な話ではなく、誰々が希少な発掘物を掘り当てただとか、誰かがカラーズの等級に到達したただとか、他愛のない雑談を楽しみ、気がつけば北地区の外れにある宿屋へ戻ってきた。
あらゆる武器の中で比較的軽い部類の直剣でも、使われている材料は金属で出来ている。それを何時間と振り回すのは流石のトバリでも堪えたようだ。すでに彼女は疲労困憊だったようで、部屋に戻った瞬間水浴びもせずそのままベッドへダイブして、数秒後にはもう寝息が聞こえたぐらいだ。
俺も同じ部屋に居るんだがなぁ……どこか男として見られていない事に少しの不満を覚えつつも、夕食後にナディスさんから渡された魔法言語が書かれた参考書をこれでもかという量を貰い、部屋に備え付けられているテーブルに広げる。
『ゴブリンでも分かる魔法言語(火と水編)』
可愛らしい緑肌の小人の絵が描かれた表紙には人型モンスターとしては頭が悪い事で知られるゴブリンでも分かるという謳い文句を題材にした参考書がテーブルの中央に置かれる。
古来より人が生活していくうえで、火や水は欠かせない存在だ。それは冒険者であっても重要な事でこの魔法を使えるか使えないかで今後の冒険の難易度が変わるとさえ言われている。
火は単純に魔法としての攻撃性能が高い、スライムを始めとした多くのモンスターに対して有効だし、松明の代わりとして光源にもなったりするし料理にも使用するだろう
水は主に飲料水として重宝される。様々な環境が存在するダンジョン内部で、まず一番にやるべきことは水源の確保なので一番使用される魔法でもある。他にも聖属性程では無いにしても治癒効果を持った魔法が水魔法には幾つか存在していた。
だからこそ余程適性が低く無ければ人間の魔法使いは勿論、多少適性が低くてもエルフやその他種族の冒険者はまず火と水の魔法を覚える。
パラリと捲り、最初の一ページ目には本の目次と各新米魔法使いの練度に合わせた練習法が、後半のページには魔法を行使するために必要な言葉である魔法言語の単語の数々が大陸共通語の解説と共に書かれていた。
『魔法言語は火や水と言った別々の属性を持つ魔法ごとにある属性詞が存在し、どの属性の魔法言語でも使用できる共通詞らと合わせて魔法を行使できる行使文となる。』
一から学ぶ為の参考書なので、書かれている内容は分かりやすく丁寧に魔法言語の文法が書かれており、どのような感じで覚えればいいのか筆者独自ではあるものの解説していた。
『魔法には位階と呼ばれるランクが存在し、位階が上位になればなるほど使用する言語は増える。そのまま魔法言語を唱えると行使文が非常に長くなるため、腕の立つ魔法使いは余分な魔力を消費して略語と呼ばれる行使文を短くする言葉も存在する』
この略語と呼ばれるのは短い分で多くの意味を持つ言葉だそうだ。魔法言語はこれでも分かりやすくアレンジされたもので、この略語は元々あった魔法言語のオリジナルに近いそうだ。
ただこの略語はまるで絵の様な文字と言えない様な形をしている。喋り方も言い表せない物が多く今の俺には難しいと思ったのでそのページを飛ばす。
『魔法言語は単語を覚えることが習得への最大への近道だ。そこに近道はなく地道な作業になる』
そして次のページからは火魔法の属性詞が書かれた単語が並べられていた。ただ属性詞だけでは魔法を使うことは出来ない、行使文に必要な共通詞や接続詞などが書かれた本は別売りのシリーズを購入するように指示している形、ちゃっかりしているなとも思った。
次の日、昨日の疲れが全て解消され気合十分と言った形のトバリと一緒に朝食を食べ、朝早い段階からアビスの大穴の第一層に潜っていた。
ナディスさんとの修行は夕方から数時間だ。ナディスさんも一流の冒険者なので俺やトバリ以上に忙しい、中にはナディスさんを指名したクエストも存在するようで場合によっては修行を付けられない日もあると言われた。
そんな中で俺とトバリは第一層の街道と呼ばれる。ラノンの都市とダンジョン内に存在する街モーヴを繋ぐ一本のダンジョン街道と呼ばれる整備された道を少し進みモンスターが出没するエリアへと向かった。
『我は魔力を10消費し、火の弾を生み出す』
行使する魔法は昨日ナディスさんが修練場で唱えた魔法言語の意味を参考書で調べながら多少変化を加えた物だ。流石に最初に覚える初級魔法の最初の部分と言うだけあって覚える量は少なく、火の球と喋る部分をより攻撃寄りにした弾に変更して目の前に対峙するモンスターに放つ。
群竜と呼ばれる青紫色の蛇の様な肌に真っ赤な鶏冠の様な物が特徴的な魔物、常に複数で行動しその二足で大地に立つ脚力はとてもすばしっこい、大きさは子犬サイズぐらいの小さな小型の竜だ。そんな魔物達が数十匹という大きな集団を気が付かれることなく発見できたので、先制攻撃として覚えたばかりの〈
キラリと赤色の十字に輝いた魔法が、群竜の集団の先頭地点に着弾し、扇状に広がるように周囲が炎に包まれ、瞬く間にその周辺は焼け野原になっていた。
「……ミナト様、流石にやりすぎなのでは?」
ジーっと細目で覗いてくるトバリに俺は思わず額に汗を浮かべる。
「いや、これでも初級魔法だったんだ。多少消費した魔力量が多かったかもしれないけど……」
「この光景が多少で済みますか?群竜は全部炭化していますし、周囲も焼け野原です。流石ミナト様と褒めるべきなのでしょうか……」
そう言われるとウッと思わず口から出かかった言い訳がのどの途中で詰まる。実際にトバリが言うように辺り一帯は草木一本すら残らない焼け野原になっており、相手をしていた群竜は全身を真っ黒な炭となっている。
これでは素材を剥ぎ取るどころか魔石すら入手できないだろう
「魔法はピンチな時以外は使用するのをやめておこうか」
「はい、現状では火力がありすぎて魔物の原型をとどめていませんので」
現状収支は赤字の状態なので、ただえさえ希少な収入源が炭となって消えてしまうのは避けたいことだ。
「レベル3か、最初は上がりやすいとはいえ二日目でレベルが3まで上がったのか」
どこか感心している様子のナディスさんと昨日と同じように修練場に来ている。
「覚えたばかりの魔法で消し飛ばしちゃって……それも理由かなと」
「……ちなみに何を使ったんだい?」
「火球です」
「ミナト様は一発の火の球で、群竜を7匹程消し炭にしておりました」
本当?と信じられないといった様子でナディスさんが俺に聞いてくるが本当だ。少なくとも込めた魔力も使用した魔法単語も火球のハズだ。
「火球の魔法を行使して群竜を炭化させた挙句周辺を焼け野原かどんなに魔力を込めても火球の魔法ならそこまで強大にはならないはずなんだけど」
火球の魔法は使い勝手の良い魔法だが、初級魔法の中でも一番最初に覚える基本的な魔法の為、どんなに熟練者が使ったとしても出せる威力の限界はある。念のために使用した魔法言語をナディスさんに教えても多少の威力増加があったとしても火球として認識されるとの事だ。
『我は魔力を10消費し、火の弾を生み出す』
俺がダンジョン内で使用した魔法をナディスさんは唱える。その動作には淀みは無く、素人から見ても美しい動作によって生み出された燃え盛る火の球が、弾となって用意された人形に直撃する。
激しい火炎が人形を包み込み、数秒燃やした後消え去った。
その防具には煤けたように焦げてはいるものの周囲に影響は特にない
「うん、少なくともこの魔法言語の行使文が間違っていたと言う訳では無さそうだ。と言うとミナトの特殊技能が変化を起こしているのかな?」
〈
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