幕間 鷲尾 葵は見ている
ついにこの時が来た。森羅中学校の入学式。この学校に行くためにはとても大変な中学受験に受からないといけない。国語、数学、理科、社会の四科目の筆記試験に、集団面接がある。試験の難しさと、合格率から全国レベルの進学校と言われているすごい学校だ。それに、私は合格した。思えばずっと辛かった。小学校で唯一いた友達の遊びの誘いを、ずっと断って、塾に通って、勉強して、勉強して、勉強して。気付いたらその子は私と話してくれなくなっていた。それからはずっと孤独だった。塾に通う他の人たちはピリピリしていたし、家ではパパとママは私の将来のことで、ずっと喧嘩していた。でも私は耐えきった。本当はママは私を1組で合格させたかったみたいだけど(1組、2組、3組の順番で頭がいいらしい)、3組で合格した私を褒めてくれた。頭をなでてくれたのだ。いつも私に触ろうとしないのに、この時は頭をなでてくれた。努力は報われるのだ。塾の先生の言っていたことは正しかったんだ。
「次は大学受験に向かって頑張ってね。葵は私の子供なんだから、〇〇大学レベルじゃないと、ママ許さないから」
「....うんっ!」
私は大好きな魔法少女のパジャマのはじをギュッと握りしめながら、精一杯口を横に広げて笑った。
塾でやったみたいに、この学校の人たちを押しのけて良い成績を取らないといけない。そして、いい大学に入って、大企業に入って、ママにいっぱいほめられるんだ。もっといっぱい頑張ったらいつも仕事のパパも、私といっぱい遊んでくれるかな。
一人で、中学校の駐車場に降りた。きっと私より頭がいい人がたくさんいるんだろう。怖い。怖いけど、私は頑張れる。私は努力できる。一歩、私は森羅中学校の学び舎に向かって踏み出した。みんなをにらみつける勢いでゆっくり歩いて行く。だけど、その歩みはすぐ止まってしまった。
「すごい綺麗...」
思わず声に出してしまった。長くて黒くてキラキラしてて、まるで天の川みたいな髪の毛をたなびかせながら、一人の少女が私の横を通り過ぎていくのを見てしまった。しゅっとした眉に、大きくて黒い目、すごく綺麗で小さな鼻、ぷっくりした唇、肌は雪みたいに白い。まるで魔法少女みたい。私は彼女から目が離れなくなってしまった。私も...私もあんなにかわいかったらなあ。無意識に自分の鼻に手を当ててしまう。私の鼻の真ん中は少し出っ張っている。鷲鼻と言うらしい。ママは特に私の鼻が嫌いみたいで顔を合わせるといつもその事を口にする。さっきまで、私はこの制服が着れるということがちょっとした誇りだったが、彼女を見ると自分の制服がすごくみすぼらしく思えてきた。同じ制服なのに、着る人が違うだけでこうも変わるんだ。悲しくなって、目をそらそうと思った瞬間。いきなり彼女は持っていた通学用のカバンを投げ捨て、勢いよく飛び出していった。走っていった先を目で追うと、小さな子供が駐車場から道路に飛び出ようとしていた。すごい必死になって彼女は子供を追いかけて止めようとしている。だけど、だけどこのままじゃ間に合わない!私は何もできず、ずっと固まったままだった。目すら閉じることもできない。
「あぶないッ」
彼女は声をあげて死に物狂いで手を伸ばそうとしているのが分かる。だけど、それでも間に合わない。誰か助けて!心の中でそう叫んだら、横からふっと、同じ制服を着た茶髪の女の子が少年を受け止めたのが見えた。良かった、と思った直後にあのすごく綺麗な少女が、コケるのを見てしまった。大変だ!いっぱい血が出てる。でも、彼女は怪我なんかおかまいなしと言った感じだ。小さな男の子を見て、安心しきった笑顔を浮かべている。すごい、本当に魔法少女だ。どんなにつらくても、傷ついても人に優しくできて、そして笑顔なんだ。ほんとはすごく痛いはずなのに。私は彼女の笑顔を見た瞬間、どうしようもない感情が胸をぐちゃぐちゃにした。
「そこの君!大丈夫かい?!」
警察のような服を着たおじさんが彼女の元に走り寄る。彼女はそのおじさんに対しても優しい笑顔で話している。それを見て、私は心がすごくズキズキした。私が彼女を助けていたら、彼女は私に笑顔を向けてくれたのに。どうして私の足は一歩も動かないんだろう。そうこうしているうちに、彼女はどこかへ運ばれていった。すごく心配だが、魔法少女は絶対負けないのを私は知っている。だから絶対大丈夫なはずだ。大丈夫。絶対絶対絶対。
中学校の校舎に入って、先生の人の指示に従って、教室に入る。自分の席を見つけて、座る。ずっと心は不安でいっぱいで、だけどそれは急に終わりを告げた。
ガラリ。
包帯でぐるぐる巻きの彼女が現れた。目には眼帯を付けている。生きていたという安心感と、同じクラスだったという衝撃で私の脳みそはすごく混乱していた。と、同時にこれは運命なんだと完全に理解した。彼女は自分の席を黒板に貼られてある紙に確認した後、窓際の後ろから3番目の席に座った。ひじをついて、窓の景色を眺めている。まるで偉い人が描いた絵のようだ。なんて美しいんだろう。見ているだけで幸せすぎて死んじゃいそうだ。だけど、私の幸せは長くは続かなかった。
一人の男子が教室に入ってくると、急に彼女がそわそわしだすのが分かった。分かってしまった。その男子は彼女のとなりに座ると、なんと二人は話し始めてしまった!小学校が一緒だったんだろうか。私は彼女が男子と楽しそうにしゃべるのを見て、すごく綺麗だなと思うと同時に、ズキズキがさっきよりひどくなっていった。だけど、すぐに知らない先生がやってきて、私の天国と地獄が終わった。
みんなで体育館に行って、そしたら1組と2組の人たちもいた。みんなで入場してそれぞれの席に座った。すごく残念なことに彼女が座っている席が全く見えない。仕方ないから式に集中することにする。その途中で私は新入生代表の人が、先ほどの子供の暴走を止めた人だと分かった。あの茶髪を一目見たらなかなか忘れないなと思った。
式が終わると、みんなで教室に戻って担任の先生と副担任の先生の挨拶とお話があった。一番後ろの席からずっと彼女を見ていたら、お話はもう終わっていた。新しい教科書を配られて、名前を書いたが彼女の方を見ながら書いたのでほんの少し字がゆがんでしまった。でもそれが良いと思いもした。
今日はこれで解散らしい。彼女に話しかけようと思ったが、見ているだけで体が動かない。すると、彼女は例の男子と少し話して教室から出て行ってしまった。一緒に写真を撮るらしい。心の奥でマグマがぐつぐつと煮えたぎるような気持ちを抱えながら、教室にたくさん人がいる今しかないと思い、彼女の席に歩いて行って、右上に貼られた名前を確認する。
いぬやまだ、はちや。犬山田、八夜。犬山田八夜さん。犬山田八夜さん!
「ふふ...」
私は心の中で彼女の名前を何度も叫びながら、彼女の座った椅子にごく自然に座る。まだ犬山田さんの温もりが残っているという事実に、私の脳はしびれるような快楽にひたる。指の腹で机をそっとなでながら、今までなかった欲望の現れを私はただただ肯定し続けた。
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