This is the bad time

五丁目三番地



 サイドテーブルに置かれた腕時計は4時過ぎを指していた。窓のないラブホテルからではどうにも外の様子は伺えない。肩に回された腕をそっとどかし、身支度を静かに始める。レンが去った後も皺を遺したシーツには少しの体温と昨夜の記憶が横たわっている。残る酔いと冬の気だるさが絡まって離れない。


 脱ぎ捨てたボタンダウンのシャツと細身のスラックスを拾い集め、洗面所でチェッカー柄のネクタイを締め直した。鏡には薄暗い目のティーンエイジャーがボサボサのマッシュルームカットで映っている。歯を磨きながら未だ眠る女を思い出すが、昨日の記憶は大学のサークルに行った場面で途切れた。学内で何度か見たことがあったような、無いような。さして興味も無い女を抱いて、満たされる低俗なものは生憎自分はもちあわせていない。クローゼットに唯一かけたストライプ柄のジャケットを羽織る。今では珍しいシルエットだ。分かる人だけ分かればいい。物音を殺して一万円札を残して出ていった。あの女らしき連絡先を消して、エレベーターに乗り込む。贖罪と後の面倒事の精算もついでにしておいたつもりだ。



 2月の早朝にしかない凍った空気が身を刺していく。冷たく、暗い、空っぽな空がレンの気持ちを重くした。ビートルブーツのかかとをBPM120で鳴らす。早朝の歌舞伎町は明るいせいで、性愛とゴミが混ざり合う様が丸裸になるから目のやり場もない。

コツン、コツン、カツン。尖った爪先が最高にイカす。

80年前に流行したファッションセンスで吸殻まみれの道を進む。胸ポケットで潰れたウィンストンフィルターに火をつけ、吐いた。風に乗った煙は白く、たなびいて流れた。冬のせいで吐息も白い。重くこびりつく苦味が忘れていた忘れたい夜を思い出させた。このままネットカフェに眠りに行くか、それとも女の家に転がり込むか。タバコなんか吸わなくてもいつかは死んでいく。タバコと同じ名を持つミュージシャンの彼も今はもういない。空気の冷たさは体だけでなく、昔の古傷まで抉って傷を深めているように思える。

これが神罰か。神はいないととうの昔に証明したと思っていたのに。


 AirPodsは「Love Regin O’er me」を歌う。今だけ新宿の汚い路地もイギリス、ブライトンに様変わりして、調子に乗って、踵も踊ってくれたら良いのに。


「はぁ。」


「なんで私だけって言ってくれないの。」

いつかの夜に聞いた虚しいだけの女の言葉を思い出す。思い出す必要も無くなった言葉を一生のうちに何度再生してしまうのだろうか。これだから歌舞伎町は落ち着かない。


 



 

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