変化 1
私とミコトは最近、お別れをした。
とは言っても、短かった恋人関係とお別れしただけであって、友達(推し友)関係は今後も続けて行く。
もはや
あの”推し活お泊まり会”の日から始まった恋人関係だったが、告白からストレートな求愛ではなく、その後も指一本触れられず、もちろんキスすら…。
ここだけの話、一緒にいても
だけど、なんとなくミコトといると、声の優しさやいつも肝心なところで私からすり抜けていくようなところが、夢の中に現れるお兄さんに似ている気がしていた。
何か神秘的な因果関係でもあるのかもしれないと密かに期待していたのだが、今のところ何も思い当たる節がない。あったところで、友達(推し友)に特別な感情を抱くわけにはいかない。
最近では日常だったバイト帰りの迎えも、別れたことで断った。
友達とはそこまで踏み込んだ関係じゃない方が楽だから。
今日も夜が深まった頃、バイトから帰宅する。
一人は寂しいと思いつつも、空手四段であることを無理やりお守りにし、気丈な足取りで帰路を歩む。
いつも素通りする池の前にきたところで、あることに気付く。
近くに行って池を覗くと、夜空の星たちが池に映っていて、上を見ても下を見ても星だらけな上に、月明かりが周囲の木々や若草を照らしている。
私はその幻想的な夜特有の風景に魅了された。
そんな感動的で胸熱な最中。
「今バイト帰り?」
「うわっ、誰!?」
突然聞こえるはずがない声が聞こえてきた。
「うるさいよ、まったく…」
口が悪い。一人だけ思い当たる。
「人の気配がしなかったから、話しかけられてめちゃくちゃびっくりしちゃったじゃない。…で、こんなところで何してるの?碧」
池の入り口付近に並ぶ木々の中に一本だけ大きな木があり、その木の下で
「いいだろ、なんでも。早く帰れよ」
「まったく…。わかってるよ」
星と、彦星。碧はやっぱり、星に執着しているのかもしれない。
ただ星を見ることが好きってだけなら私と同じだけれど、碧には特別哀愁が漂っているのだ。
月明かりがまた、碧の美しさに拍車をかけているのも認める。
「この空間に邪魔だから早く消えろよ」
こいつ…!本当大嫌い!
「帰る!バーカ!!」
「ああ帰れ」
悔しくて帰りの道すらまともに見えないほど泣いて、
これ以上悔しく、怒り心頭な思いを引きずりたくないと気持ちを入れ替えることしか、収める
こんな時こそ
就寝前のすべての工程を終え、今日は特に必要な癒しタイム。
いつものようにベランダに出て、思う存分空気を吸い込んだところで。
…あれ?
あることが気になり、吸い込んだ空気を勢いよく一気に鼻から吐いた。
碧は私がミコトと別れてしまったことを、きっとミコトから聞いているはずなのに、なぜさっき言及しなかったんだろう。
別れた原因は決してミコトだけが悪いわけではなく、私にも非はあったのに…。
「そこは酷すぎる碧でも、そっとしておいてくれたのかなあ…星たち」
今日も今日とて夜空を見上げ、星たちに語りかける。
昨日ミコトと別れたばかりだから、昨日のことを思い出すと、まだ胸がチクリと痛む。
威圧的でいけ好かない男・碧から花火見物時の謝罪を受けたのは数日前のことーー。
「この前はちょっと…変な感じで悪かった」
私が教室に戻る途中、先に立ち去ったはずの碧と再び遭遇したのだけれど、明らかに碧の様子が変だった。
なぜか慌てているし、進行方向とは逆に行くよう促してきた。何かを避けている感じだった。私が戸惑っていると挙げ句に…。
「変態魔がいる」
そんな突拍子もないことを言う碧を見るのは初めてだったから、吹き出しそうになった。
教室に戻るにはお互い遠回りだけど、私が一方的に話を進めていた。
「今日は放課後どっか寄って帰るの?ミコトと」
「え…ミコト?あー、多分今日は…あいつ用事があるから一緒じゃないと思う」
付き合い始めて少しの間はミコトと一緒に帰っていたが、ここ最近はお互いに友達との時間を大事にしている。
なぜそうしてるんだっけ…?
「依は相変わらず来夢とアイスクリーム屋に通ってんの?」
「うん。最近そこのイケメン店員くんと仲良くなってね。今度仲間集めてキャンプに行こうって話してたんだけどさ、よかったら碧とミコトも行かーー」
「無理だよ俺たちは。知らない男とはつるめない」
「わかった。じゃあ、私と来夢は参加すーー」
「あり得ない」
否定的な言葉によって、何度も
「は?」
「バカなの?彼氏がいるのに他の男とキャンプってさ、男を甘く見過ぎじゃない?」
「だから碧とミコトにもーー」
「その考えも甘いんだって。大体、なんで俺らの知らないところでお前らが仲良くなった男たちと仲良くキャンプしなきゃいけないんだよ」
「じゃあ、碧とミコトがいる時に仲良くなったらいいの?」
「…さあ」
碧はそんな
「じゃあわかった。今日の放課後、そのアイスクリーム屋さんに私たち”METEOR推し友会”で行ってみよう!」
「無理。行かない」
「アイスクリームはすっごい美味しいし、店員くんがどんなにいい子かってことがわかるはず」
「アイスクリームなんてどこも同じだし、イケメンなのは女ウケ狙って雇われてるからだろ」
まったく可愛くないヤツ!こうなったら用事があるミコトは後日参加を強要するとして、今日は碧だけでも一緒に来てもらおうと心に決める。
「決めた!これ以上碧に嫌われてもいい。今日は私たちと一緒にーー」
「今日はどこに寄って帰る?ミコトくん」
今度は碧ではなく、甘ったるい女の子の声によって会話を遮られた。
ーードコニヨッテカエル、ミコトクン??
その声は、進行方向とは逆方向(後方)から聞こえて振り向いたが、姿が見えない。
”ミコト”って名前はこの学校で他にもいたのかも…。
「今日はどこにも寄らない。ただ一緒に帰るだけだよ」
その男の子の声は、聞き覚えのあるミコトクンの声だった。
「ねぇ、碧。さっき見た変態魔って、ミコトだったんじゃない?」
「……」
無表情でもわかる。いや、否定も肯定もしないってことが、もはや肯定と受け取って間違いない。そうテレビのコメンテーターが言っていたのを思い出した。
「ミコトの用事って、そういう用事だったんだね」
「いや、それは…」
「わかってる。さっきの慌てた言動とこの遠回りが、私への配慮ってことくらい」
否定できない現状は、もう近くに迫っていた。
私と碧が歩みを止めた場所から後方を見据えていると、廊下の角を曲がってきたのはやはりミコトと、よく知らない可愛らしい女の子だった。
私と碧を視界に入れても、動揺すらしないミコトは平然と。
「やっほー」
それだけ言って、私と碧を抜かしてく。
同伴の女の子は私を見た瞬間、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。よって、イケナイことの判断はできているようだった。
私とミコトが一緒に帰らなくなったのは、特に理由を聞いたわけでもなかったが、ミコトに「放課後は別にしよう」と言われたから。
それに従ったら、来夢をぼっち帰宅させずにすむという考えに至ったから、潔く
それはきっとミコトも同じで、碧をぼっち帰宅させたくないがための配慮だと
さすがにバイト帰りの夜道は心配だからと言って迎えに来てくれていたが、それが女の子と会ったあとだったとしたら、どんな気持ちで私を迎えに来ていたのだろう。
「ミコト」
私は一度大きく深呼吸をしたあと、他の女の子と通り過ぎた”不誠実な私の彼氏”を呼び止めた。しかし、実際には女の子へのお願いだった。
「女の子、ごめん。今日は私にミコトを貸して」
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